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「クラミどうしたの、こんなむさい所に?」
「まだ話しは終わってないぞ!」
ギルドの奥からソフィアが落ち武者を従えて、クラミの元へと歩いてくる。
「おはようございます、ソフィアさん」
「ソフィアね。それより昨日言ってた冒険者になるって本気だったの?」
ソフィアと挨拶を交わすと落ち武者が鬼の形相で割り込んでくる。
「いい加減に人の事を無視するのは止めろ!」
「まぁまぁ落ち着きなさい。ギルドマスター」
落ち武者はこのギルドのトップの人間、ギルドマスターだった。そんな落ち武者マスターの背に手を当てて宥める執事。
「これはこれは、男爵様様じゃないですか。 こんな早い時間にどうかなされましたか?」
「昨日連絡した件ですよ。こちらのお嬢様、クラミ様を冒険者登録して貰いましょうか。因みにブレ家の推薦状も一筆認めてもらってます」
執事の言葉にクラミを見る落ち武者。それに対してソフィアが視線を遮るように立ち、口を開く。
「卑しい目でクラミを見るな!」
「見てねえよ! 見てるけど……見てねえよ! そもそもお前この子と知り合いか?」
「さっき話した貴族のお嬢様だよ……ハゲ」
「いえ、私は貴族じゃ「ハゲじゃねえよ! ハゲだけど……ハゲじゃねえよ!」」
落ち武者がクラミの言葉に被せるように叫び、睨み付け、口を開く。
「まぁーギルドに登録するのは良いですが、まずは腕を見せて貰いましょうか」
「模擬戦するなら私が相手になるよ。クラミ裏の修練所に行くよ」
ソフィアが元気よく手を上げて答える。何故かノリノリのようだ。
執事も止める気など、さらさら無い。「ささ、行きますよ」と言いながら、ニコニコ顔で落ち武者の腰に手を回して一緒に歩き出す。怒っているせいで――きっと怒っているから顔が赤い落ち武者。
その気持ちわ……二人から距離をとり喋りながら歩く。
「ねぇ~クラミ。本当は貴族だったの?」
「いえいえいえ、平民です。はい。ただ、リトス様の所でご厄介になってまして……」
その言葉に驚愕するソフィア。一平民が街の領主、しかも『ブレ家』に厄介になる。そこらの貴族にすら出来ない事をやってのけるクラミに。
リトスはほかの貴族からは低く見られているが、平民からは、特にこの街の人間からしたら、あの若さでしかも女という性別で、伯爵の位を奪い返し、女伯爵に叙任した――畏怖の念を込める存在。そんなこと知らないクラミは口を開いていく。
「何時までも甘える訳にはいきませんので、冒険者になって稼ごうかと」
「そ、そっか。偉いんだねクラミ。でも、冒険者って危険だから向いてないと思うんだよね……」
喋りながらギルドから出て、建物の壁沿いを歩くと、ギルドの裏手に広い空き地がある。そこに執事と落ち武者が立っていた。
「そふぃあ……修練所ってここ?」
「そうだよ? 広くて周りにはモンスターとか、人間が居ないから安全だよ」
「…………だよね」
力なく肯定するクラミ。修練所と言うイメージとかなり違う。いや、クラミ自身、修練所のイメージがあるわけではないが……しかし、この空き地は予想外である。
もし市壁の外で剣を振る練習でもしていれば、何時モンスターに襲われるか判らない。それに街中で武器を振るうなんて、もっての外である。だからこその空き地である。が、しかしもうちょっと、せめて建物の中に在る。そんな感じなら――。
「クラミ、そろそろ準備は良いかな?」
クラミは渋い顔で修練所に対して葛藤していると、いつの間にかソフィアと5メートルほど離れて対峙していた。クラミは右手に全長1メートルの木製の長剣。幅広の刀身を持つ広刃剣――ブロードソードだ。
対するソフィアは、全長30センチメートルの二刀の木製短剣を逆手で持っていた。
「お嬢ちゃん準備は良いかな?」
「だ、大丈夫です」
「それでは始め!」
緊張しつつも、ソフィアに怪我をさせないように力を抜くクラミ。
落ち武者の声が響き、腰を落とし体を真正面に、両手で握ったブロードソードの剣先をソフィアに向けて対峙する。
リーチ差で言えば圧倒的にクラミの方が有利だが、いざ戦い始めると一方的な展開だった。
ソフィアを見ていたらいつの間にかに、目の前に居た。と、認識すればすでにその場所には居らず、すれ違いざまに短剣の刃を腕に擦り付けてくる。
「そこまでだ! 男爵様、こりゃー駄目ですな」
「ふむ、相手のお嬢さんの腕が良すぎたのでは?」
余りの出来事に呆然となるクラミ。落ち武者と執事が何か言っているが頭に入ってこなかった。
「ねぇークラミ、冒険者って危険なんだよ」
後ろからの声に我に返りソフィアの顔を見ると、険のある表情で淡々と語る。
「モンスターは勿論のこと、女性冒険者にとって同業者も時には敵になるんだから」
「どう言うことですか?」
「一緒に行動して油断したところ捕まり、辱めを受け奴隷商に売られる。なんてことも……クラミの容姿なら尚のこと」
ソフィアとの実力差に忸怩たる思いに苛まれ、話しを聞けば、気持ちが沈むクラミ。
今まで法秩序の元で人としての尊厳が守られて生きてきたが、この世界ではいとも容易く踏みにじられる。脳裏に浮かぶ草原に打ち棄てられた亡骸。
だが、そんな世界で生きている人々。
(俺はどうする? ビビって引きこもるか? 冒険者は危険だと教えてくれるソフィアさんは、冒険者として生きている。男の俺が逃げるか……無いだろ。それだけは無いだろ!)
そっと目を閉じるクラミ。体の奥底から沸き上がる感情――初めてゴブリンと戦ったときと同じ今までの自分に無かった思い。この世界が自分の矜持を汚してくる。そう思うと怒りがこみ上げてくる。
自分の胸元を掴み握りつぶし静かに目を開けソフィアに話しかける。
「ソフィア、もう一回だけお願いできますか」
「……手加減なしだよ」
まるで別人のように、打って変わったクラミの雰囲気に警戒するソフィア。二刀の短剣を逆手で持ち、剣先を下に向けファイティングポーズをとり、短剣で防御するように構えた。
対するクラミは片手で剣を持つ。元々武術の類いなど一度もしたことないクラミ。それなのに、剣術の真似事しても無駄だと悟り、自分の一番信用できる物――筋肉、すなわち力に頼ることにした。
そんな二人を見て、ギルドマスターが開始の合図を叫ぶ。
先に仕掛けたのはクラミだ。ソフィア目掛けて全力で駆ける。走りながら剣を横一文字で振る。
それを見て落胆のため息を漏らすギルドマスター。ソフィアも特に避けるわけでもなく、右手の短剣でそれを防ぐ――
「え?」
防ぐと同時に短剣を握っていた手に衝撃が走る。何があったか判らず棒立ちで手を見れば、握っていたはずの剣が無くなっていた。次第に手が痺れ始め、今現在の自分の状況を思い出す。クラミと模擬戦の途中であることを。が、しかし遅かった。
ソフィアの肩に剣が置かれていた。
「ソフィアさん……手加減なしでお願いします」
「う、うん。ごめんね、ちょっと舐めすぎていたよ」
そう言うとバックステップで離れ、左手の短剣を握りしめ、腰を深々と落とし、クラミを睨み付ける。
それを確認すると走り出すクラミ。大地を力一杯蹴り、ソフィアに迫るが、その姿すでに無くなっていた。クラミは闇雲に剣を振り、見えないソフィアを近づかせないようにする。
端から見れば子供の遊戯だ。しかし、先ほどの腕だけの力で振った剣の一撃がソフィアの攻撃を阻む。腕だけの力で振った一撃なら特に警戒する必要はない。現に先ほどギルドマスターも落胆し、ソフィアも受けにまわっ他のだ。
そもそも剣に限らず、武術において回転、つまり捻りは攻撃する上で重要な要素だ。膝を捻り、腰を回し、上半身を捻り、体の全体重を乗せることにより必殺の一撃に昇華する。
しかしクラミの一撃は重かった。ソフィア自身が油断したこともあるが、あの華奢な体からは想像できない程の力を持っている。
(肉体強化を使えるのか……まさか魔法使いだったとはね。でも自分だけが使えるとは思っちゃいないよねクラミ?)
ソフィアは徐々にスピードを上げていく。それに対してクラミはなすすべ無く、剣をでたらめに振る事しかできなかった。どんなに意気込んでも圧倒的な実力の差の前には無に等しい。
三度目の模擬戦を開始して10秒足らずでクラミの首筋に短剣の刃が触れ、終わりを告げる。




