3-1
薄暗い部屋のベッドの上でクラミは微睡みの中、重たい瞼をゆっくりと上げると、リトスの寝顔が目に映る。
クラミの手が不意に動き、リトスの頬を撫でる。ハリのある弾力を楽しむかのように撫でるうちに、段々と瞼が重くなり目閉じる。と、同時に頬を撫でる手に手が添えられ挨拶される。
「おはよ、クラミ」
「へ?」
突然の声に返事ができず、間抜けな声を漏らす。
「お・は・よ」
「おはようございます……リトス様」
「うん」
クラミは朝の挨拶をし、意識が覚醒するにつれて自分の行いに、セクハラ行為に対して悶絶するが、リトスは柔らかな笑顔を見せて起き上がる。
それに釣られるようにクラミも上半身を起したところで、リトスが口を開く。
「もう少し、眠っていてもいいのよ? 私は、朝のトレーニングがあるから」
「あ、おれ……私も、日課のトレーニングを、第一城壁沿いを走ってこようかと」
「そうなの? 私は、庭園で剣を振り回してくるわね」
リトスはそう言うと、クラミに抱きつき部屋から出て行く。リトスの抱擁に激しく動悸する心臓を押さえるように、片手を胸に置き、鼻で深呼吸する。胸一杯に入ってくる空気に、リトスの甘い残り香。それにより、ますます鼓動は激しく、意識は混乱するクラミ。
これ以上この場所に居るのは危険と判断し、走りながら煩悩を払う為さっさと着替える。ネグリジェを脱ぎ、一糸纏わぬ姿となり、昨日購入した麻でできた白のタンクトップを着て、何かの革で作られた黒のホットパンツ擬きとニーハイブーツを履く。着替え終わり、立ち上がった際に服の中に入った髪が気持ち悪く、それを片手で取り出そうと悪戦苦闘だ。その姿が不意に目に入った全身鏡に映る。
(なんて言うか、品が無いな……もっと優雅な感じが……あれか!)
クラミは鏡の正面に立つと、両手を首裏に回し、一気に天高く手を持ち上げれば、艶のある黒髪も舞うように服の中から飛び出し、静かに落ちる。
それを見ながら、「アジエンス……」などと意味不明な独り言をもらし、ぼさぼさの髪を掴みながら考える。
(邪魔だなこれ、鋏とか、切れるものないし、何かで結ぶか?)
周りを見渡し、近くの机の上に無造作に置かれた赤いリボンを取り、髪を一束に括り、気合いを入れるために両頬を叩きながら部屋を出る。
「どこやねん。出口どこやねん」
クラミは、エセ関西弁を吐きながら出口を探し彷徨うと、前からメイドが歩いてくる。
「おはようございます。クラミ様」
「あ、おはようございます。あの出ぐ、玄関ってどこですか?」
「ご案内いたします。それと、その髪……少々お待ち下さい」
メイドがクラミの、ぼさぼさのまま束ねられた髪を手ぐしで綺麗に溶かし、後頭部で一纏めに――ポニーテールにしてくれる。それに対してお礼を言うと
「クラミ様、綺麗な髪を大切にして下さい」
ばつの悪そうな顔でメイドの後を追うクラミ。無事外に出られた事にお礼を言い、庭園でストレッチをする。一通り熟すと、門に向けて歩きながら、軽く腕を伸ばしたり、両手を胸の前で祈るように組み、内側に捻り、空に向けて手の平を突き出す。丁度その辺りで、門番から挨拶される。
「クラミ様おはようございます……」
顔じゃ無くてクラミのお腹を見ながら挨拶する門番。白のタンクトップは丈が短く、伸びをすれば雪のように白い素肌に、可愛らしいおへそが見えるが、クラミが知る由も無く挨拶を返しメインストリートを歩く。
余談であるが門番の仕事、特に夜から朝の時間帯の仕事は不人気であったが、この日を境に人気職になったとか、ならんとか。
赤レンガの道の先に第一城壁の門が見えてくる。そこから壁沿いにポニーテールを左右に振りながら走り出す。朝の澄んだ空気を吸い込み空を見上げれば、薄暗い色から、濃い青のグラデーションに変わり、その先には日が昇り始め、山吹色に空を染め、雲を赤く焼いていく。
朝焼けの景色を堪能し汗もかいたので、城に戻り門番に挨拶すると目を見開き、口をあんぐり開け、わなわなと震え出す。次第に目はギラつき、食い入るようにクラミの胸元を凝視する。
「ど、どうしたんです?」
「あ……ありがとうございますぅぅぅ!!」
元気すぎる挨拶――元い、絶叫に、引き気味に立ち去るクラミ。困惑したまま庭園を歩いていると、リトスが剣を振っていた。
動きやすい黒の薄手の上着にパンツスタイルで、両手で剣握り振り下ろし、剣を返し肘を立て防ぐような動作後、斜めに空を切り裂く。延々と止まること無くタダひたすらに――その動きは、見えない何かと戦い続けるように、鬼気迫る表情で――
リトスと目が合うと、突如その動きは止まり笑顔でクラミの元へと歩み寄る。
「お帰りなさい、クラ……」
「ただいま。リトス様って、どうかなされましたか?」
クラミの姿を見て固まるリトス。不思議に思いながら見つめていると、リトスは困ったように口を開く。
「クラミ、今の自分の姿……そのわかっているんですか?」
「どういうことですか?」
リトスの問いかけに首をかしげ、自分の姿を確認すると、白いタンクトップは汗で張り付き、体のラインが浮き彫りとなり、二つの丘の頂には桜色が見える。
(昨日も、同じ事があったな……)
今は女の体だが心は男のクラミにとって、胸を見られるぐらい平気なので堂々と立っていたのだが、そのスタンスが気にくわないのか、リトスは叱り「下着を取ってくる」と、言い残し城の中へと消える。
「初めて……リトス様に怒られたな」
独り言を漏らし、心の中で謝罪するクラミであった。
本当に余談であるが、朝の門番の仕事は大人気になり、殴り合に発展したとか。




