2-3 ②
「クラミ嬢もご一緒で宜しいのですかな? 少々退屈な話しになると思うのだが……」
顎髭を撫でるカケドの言葉を聞き、リトスはクラミへと視線を向ける。
元々、この場所に居ることが場違いだと考えるクラミにとって渡りに船である。がしかし、彼女の目的である、明日行なわれる顕彰式についてまだ何も聞いていない。
その事を怖ず怖ずと手を上げながら言う。
「あの、明日のことを聞きたいのですが……」
「あら……バレてしまったのね。ドリフォロス、クラミを部屋へ案内するついでに簡単に説明もお願い」
「かしこまりました」
執事がクラミの元へ歩み寄ると、彼女は立ち上がり周囲の人達を見渡してぺこりと頭を下げる。
「クラミ、また後でね」
微笑むリトスに再度会釈をして、食堂の出口へと案内する執事について行く。その後ろには、ソフィアが追従し、食堂のドアを閉める際に深々と頭を下げる。
クラミ達が出て行ったドアを見つめるリトスは、椅子の肘掛けに右手を置き、頬杖をついて口を開く。
「まるで厄介者払い……ね」
そう言いながら、カケドに視線を向ける。
その表情は目尻を吊り上げて不機嫌という感情を前面に出していた。
「そうですな。どこの馬の骨ともわからない彼女のことを用心して事欠かさない」
好々爺といった表情でさらりと口にするカケド。
それに対してリトスは右手の握り拳を、テーブルへと叩き付ける衝動を抑えつつ言う。
「彼女はこの街の恩人よ」
静かな声だが、怒りを抑えきれずに少しだけ震えている。
「随分と肩入れをしますな」
「ゴブリン・『将軍』、『 王 』を討伐し、誘拐された領民を救った彼女を……クラミの何を疑うって言うのかしら?」
努めて冷静に、けれどクラミの事を貶されたことに対して、ここまで心を乱す自分自身に困惑するリトス。クラミは自分にとって何なのか? 妹――家族? それとも――ふいにクラミとソフィアの二人がキスをする場面を思い出す。
重いため息をゆっくりと吐きだし、リトスは頭を左右に振る。余計な雑念を振り払うかのように。
そんな彼女を見て、カケドは熱いお茶を一口啜り、少し間を置いて言う。
「ブレ家は大きくなりすぎたのだよ女伯爵様。東の穀倉地帯に特産の油。西の森の魔物から取れるモンスターコアに素材。南の鉱山からの鉱石。それに北の港街の貿易品。それらの利権を欲して――」
カケドの声を遮る様にリトスがテーブルに拳を叩き付ける。
「クラミを! 叔父上……アレと一緒だというのか!」
堰を切ったように声を荒らげるリトス。彼女の最愛の両親は、欲に目が眩んだ弟に暗殺されたのだ。
そんな奴と同一視されたことが許せず、感情を露わにした。
豹変したリトスを見てカケドは苦虫を噛み潰した表情となる。彼女のことを思って言っているのだが、踏んではならない、未だに引き摺っている地雷を踏んでしまったことに対して。
重い空気が漂うなか、一言も喋っていなかったカロスが口を開く。
「落ち着きなさいリトス。こいつの言い方は確かに悪かったが、それもこれも全てはブレ家の為――いや。リトス、お前の幸せを願っての事なのだよ」
優しく言い聞かせるカロスの態度に、段々と落ち着きを取り戻したリトスは、自分の取った行動に恥じ入り、視線を床へと落とす。
「お前も、ドリフォロスが居るのだから心配はいらんだろ」
半目でカケドを睨むと、バツの悪そうな顔で顎髭を弄り出す。
そうこうしていると食堂のドアが開き、執事のドリフォロスが入ってきた。
「これは……何かあったのですか?」
何とも言えない雰囲気にドリフォロスが困惑気味に口を開くと、カロスがため息を吐いて言う。
「まぁ、なんだ。後で説明するとして――リトス」
不意に名前を呼ばれ、肩を強ばらせるリトス。今の彼女は年相応の少女のそれだ。
「クラミ嬢の所へ行って頭を冷やしてきなさい」
「ですが……」
「今から、この爺さんに説教をするのだが、一緒にされたいのならここに残っても――」
「そうね、少し頭を冷やしてくる……冷やしてきます」
そう言うなり足早に食堂を後にするリトス。
彼女が出て行ったの確認すると、カロスはカケドに視線を向けて大きなため息を零した。