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四月いっぱいまで休むとか言って、もう九月ですよ。
旧暦の四月いっぱいでした。なんて言い訳もできないです。
食堂へと入ってきたリトスは何時もならクラミの向かいに座るのだが、今は別の客人が座っているため、彼らの後ろを横切り、上座に腰を下ろすと、彼女は辺りを見渡して口を開く。
「久しぶりね、カロスおじさまに、カケドおじさま」
目を細めて微笑むリトスに、カロスと呼ばれるオリキオの領主は頭を下げて「お久しぶりですリトス様」
と、挨拶をし、その隣に座るリマニの領主カケドは「また一段とお美しくなられましたな、リトス様」と、微笑む。
「身内の集まりなのだから何時も通りの呼び方でいいわよ。それよりもクラミとずいぶん親しそうに話していたけど、自己紹介はもう済んだのかしら?」
その問いに、カケドは立派に蓄えられた顎髭を右手で撫でながら言う。
「これは、これは……うっかりしていましたな、オリキオの」
「カロスィナトス・プラニトゥ・オリキオ。オリキオの街を治めている。それと、リトスの後ろに立っている執事の兄だ」
カケドの問い掛けを無視して、カロスは名を名乗ると少しだけ顎を引いて頭を下げ、目線を執事へと移動させる。
それに釣られたクラミは、リトスの後ろに控えている執事のドリフォロスとカロスの顔を見比べて、首を傾げた。
「こんなに似ていない兄弟も珍しいと思いませんか」
「――っ! そ、そんな事は……」
内心で思っていたことをズバリ言い当てられ焦るクラミを見て、言葉を発したカケドは笑いながら続ける。
「特に似ていないのは、愛想ですな。オリキオのは愛想が全くないのがいかんな」
先ほど話しを振ったのにもかかわらず無視されたことに対して、嫌みを言うカケド。クラミはどう返せばいいのか分からず「ハハ……」と、苦笑いを浮かべる。
「客人を困らせて楽しんでいる奴よりも、愛想がない方が幾分かマシだ」
カロスはそう言うなり熱いお茶を啜りそっぽを向く。隣のカケドは両手の平を上げて首を横に振るジャスチャーをする。
そんな二人を見てリトスは大きなため息を零して言う。
「相変わらずの仲ね……」
「まぁ、喧嘩するほど何とやらと言いますし――おぉと、それよりも自己紹介がまだでしたな。私は港街リマニを治めているカケドゥレヒス・プサラ・リマニ。気軽にカケドおじさまでいいですぞ」
朗らかな笑顔でカケドが自己紹介をすると、その横に座る男性二人が挨拶をする。この二人はオリキオとリマニの街の次期領主なのだが、日本人には馴れない長ったらしい名前を言うため、クラミの記憶容量をオーバーしており覚えきれない。
それどころか、最初に挨拶をしたカロスの略さない名前を覚えているかも怪しい。
ひっそりと窮地に立たされるクラミは、背中に冷や汗を掻きながら、頭を下げて言う。
「冒険者の蔵美善十郎と申します」
「優秀な冒険者とリトスの手紙に書いてありましたな」
好々爺といった雰囲気のカケドの言葉を聞き、クラミは照れくさそうに頭を掻く。
そんな彼女を見つめながらカケドは言葉を続ける。
「しかし、なぜこの街で冒険者をしているのですかな?」
「えっ……と?」
確かに朗らかな笑顔なのだが、クラミの事を探るように睨め付けてくる。
その視線に狼狽えていると、上座に座るリトスが口を開く。
「取敢えず食事をしながらにしましょうか? このまままだと、せっかくの料理が冷めてしまうわ」
「……ッオホン! そうですな。聞きたがりの爺さんに構っていると日が暮れてしまう」
「ははは、相変わらずキツい言い方ですな、オリキオの」
クラミから視線を逸らしたカケドは、口元を引き攣らせながらカロスの方に向き直る。
急な答えづらい質問を回避できたクラミは、内心で安堵のため息を零して、助け船を出してくれたリトスを見る。
彼女はクラミを助ける為――といった感じではなく、ただ、皮肉を言い合う老人達を見つめていた。どこか懐かしむように。
「食事をお持ちしましたので、兄者もカケド様も静かにお願いいたします」
ぼけーっとリトスを見つめていると、何時のまにか執事が食事の配膳を始めていた。
クラミが姿勢を正すと、後ろに控えるソフィアがテーブルの上に皿を置く。
「本日のメインはクラミ様が考案された料理です」
執事がそう言うなり、カケドとカロスは「「ほほう~」」と、同時に言葉を零す。彼らは互いの顔を見合わせて視線を料理へと向ける。
仲が良いのか悪いのか判らない老人達をみてクラミが苦笑していると、リトスが「面白い料理だから期待していいわ」と言う。
「ではさっそく」
カケドはナイフとフォークを手に取り、クラミ曰く『唐揚げ』を切り分けて口に運ぶ。
「うむ、これは……これは!」
感嘆の声を上げるカケドを見て、カロスも料理に手を伸ばす。
「確かに……面白い」
初めての食感に二人は夢中で唐揚げ? を食べ進める。
その隣に座る影の薄い次期領主達にも好評のようで、クラミは嬉しそうに唐揚げを頬張った。
「これは、クラミ嬢が居たところの郷土料理ですかな?」
「ほへ?」
不意にカケドが話しかけてきたのだが、クラミは唐揚げを丸々一個、口の中に入れているため、リスのように頬を膨らませている。
行儀が悪いなと内心で反省しながら、もきゅもきゅと急いで咀嚼しながら肯くクラミ。
そんな彼女を見てリトスは微笑みながら言う。
「この料理は油で揚げるって調理法で作っているそうよ」
「あげる……ですか?」
「ええ、大きな鍋に油を注いで火に掛けて、高温になってから食材を入れると、こう……サクサクになるらしいわ」
そう言うとリトスは唐揚げをほおばり、カケドは「油ですか……」と、呟き思案顔になる。
「大きな鍋というと、どの位の大きさですかな?」
今まで黙り込んでいたカロスが興味深そうに口を開く。
「今は確か……」
「寸胴鍋で揚げているそうです」
そこまで詳しくないリトスが後ろの執事を見ると、代わりに答えてくれた。
それを聞いたカロスは顎に手を当てて言う。
「この料理が流行れば、底が深くて小さめの鍋を作るのもいいかもしれませんな」
鉱山都市の領主カロスはニヤリと口元を緩める。
「油に専用の鍋……私も一枚噛みたい物ですが――」
「魚でも美味しいですよ? とくに白身魚がオススメです」
港街の領主カケドは腕を組んで瞑目し考えていると、クラミがポツリと言葉を洩らす。
その言葉を聞き、最後の唐揚げもどきを口に入れて何度も肯くカケド。
自分の頭の中にある魚の味の記憶と、唐揚げもどきの食感を掛け合わす。
「この料理は……本当に面白いことになりそうですな」
「そうね。でもまずは、国王誕生祭ね」
今までの笑顔から打って変わって、リトスは真剣な表情に切り替える。