2-2 ②
何台もの馬車に先を越されながら歩いていると、クラミはお城へと辿り着いた。
いつもなら門兵に挨拶をして敷地内に入るのだが、今日は彼女の行く手を阻む物がある。
馬車だ。何度かリトスに乗せて貰った様な豪華な馬車が六台止まっており、脇を通る事を躊躇してしまう。
「アレかな……ギルドマスターが言ってた他の街の人?」
「今日にでも鉱山都市オリキオや港街リマニのお偉いさん方が来るから――」そんな言葉が頭をよぎり、隠れるように道の脇に体を預ける。
この辺では珍しい黒髪の少女がコソコソとしておれば、必然と人の目を集めてしまい――。
「もし、そこのお嬢さん」
「はいっ!?」
突然声を掛けられ肩をビクつかせるクラミ。声のする方に恐る恐る顔を向けると、立派な顎髭を蓄えたお爺さんが馬車の窓から頭を出していた。
リトスの城の前で停車しているということは、彼女関係の客人である事をクラミにでも予想できる。
そんな彼らを、リトスの元でお世話になっている自分が無視するなんて失礼な真似などできない。
「お嬢さんは、極東の――」
お爺さんの声を遮る様に正午を知らせる鐘が重く鳴り響く。
声をかき消され口をパクパクと開閉させているお爺さんを見て、クラミは首を傾げる。
「父上、馬車が動きますので」
「わかった、わかった」
車内の誰かと会話するためお爺さんはクラミから視線を外し口を開くと、馬車が動き出した。
城の敷地内に入っていく六台の馬車を呆然と眺めるクラミ。
馬車が見えなくなるとクラミは我に返り、「何だったんだよ、さっきのお爺さんは?」と、独り言を呟きながら同じ場所を目指して歩く。
「お帰りなさいませ、クラミ様」
「ただいまです。それよりも、さっきの馬車って何だったんですか?」
「あの馬車は、南方にある鉱山都市オリキオと、北方にある港街リマニからお越しになった領主様方です」
自分が予想し通りの客人である事が判ると、クラミは腕を組んで肯いた。彼女の話し相手の門兵は、城の中に入ろうとしないクラミを見て首を傾げる。
「お入りにならないのですか?」
「入っても良いのですか? 今はお偉いさん方が来ているんでしょ?」
「問題ありません。クラミ様も賓客ですので」
そうは言われるが、クラミとしては確実に場違いだと考えているのだが、門兵は敷地内に入るように誘導してくる。
「いえいえ、いえいえ、いえいえ」「ですが、ですが、ですが」と、門兵と腰の低い言い争いをしている二人に、冷たい声が降りかかる。
「クラミ何しているの?」
声のする方向に顔を向ければ、ソフィアが疲れた顔をしてたっている。
「いえ別に。それよりも、お客さんが来ているんですよね? 邪魔にならないうちに帰りますね!」
そう言うと同時に体を百八十度ターンさせ、お城に背を向けて一歩前に足を踏み出す。
「お客様、どこに行かれるのですか?」
更にもう一歩足を動かそうとしたところで、腕を掴まれソフィアの息が耳に吹きかかる。
「ええっと……ね?」
「ご案内いたしますね」
一瞬で間合いを詰めたソフィアに対してクラミはたじろく。掴まれている腕には指が食い込み「絶対に逃がさない」と、意思表示しているようだ。
クラミの圧倒的な膂力ならソフィアの拘束など簡単に振りほどけるのだが、これまで何度も目にした彼女の圧倒的なスピードから逃げ切れる自信が無い。
どうしたものかと悩むのだが、答えなど最初っから決まっていた。
「案内お願いします」
「はい喜んで!」
全面降伏の意思表示といわんばかりに、体の力を抜いて項垂れるクラミ。
しかし、ソフィアは彼女の言葉を信じていないのか、自分の腕をクラミの腕に絡ませて引き摺るように歩き出す。
存在を忘れ去られていた門兵は「……ッゴク」と、喉を鳴らしながら二人の少女を見送った。
「ところでソフィアは何であんな所に居たんですか?」
ソフィアと腕を組みながら中庭を歩くクラミ。彼女はお客が来ているのにも関わらず、門近くに来ていたソフィアに疑問を持つ。
そんなクラミの言葉を聞くと、どんよりとしたオーラを滲ませてソフィアは口を開く。
「今朝ね『今日は身内の者が集まるから、彼らで接客の練習をしてみましょうか?』ってドリフォロスさンが軽く言うもんだから、気軽に返事をしたんだよ」
そう言いながらソフィアは頭を横に振る。
「練習って言っていたんだよ。それなのに来たのは、隣町の領主方……もう、緊張して何が何だか――」
空を見上げたかと思えば、大きなため息を零して俯くソフィア。彼女は「オーガなら、魔物なら平気なんだよ……」と、ボソボソと呟きながら、再度ため息を吐く。
肝心の門の近くに居た理由を聞けていないのだが、催促できる雰囲気でないので隣のクラミは心の中で手を合わせる事しかできない。
「それでね、港街の領主様が言っていたの」
「南無、南無」と、クラミが念じていると、ソフィアは俯いたまま語り出す。
まだ話の続きがあった事にクラミは驚き、お経もどきを上げる事を止める。
「『さっきそこで、黒髪の少女を見たんですよ。極東からの客人ですか?』って言うもんだから、ドリフォロスさンの命令により、私がクラミを迎えに行ったんだよ」
「そうでしたか、お手数お掛けします」
「いいんだよ気にしないで。それよりも、この後は領主様方と会食だって」
会食という言葉が出た途端にクラミはソフィアの腕を振りほどき、門へと駆け出す――が、何時のまにか、目の前には二本の短剣を握り締めているソフィアが笑顔でたっている。
「クラミが逃げたら、私が独りぼっちになるんだよね」
「イヤイヤイヤ、それがソフィアさんの仕事じゃ無いですか!?」
「二人だったら怖くないから、一緒に行こうか?」
笑顔でにじり寄るソフィアに圧倒され、クラミは一歩、また一歩と後退る。下がれば下がるほど、建物に近付いてしまうのだが、足を前に踏み出すことができない。
気が付けば、すでに玄関まで押されており、クラミはどうすることもできなかった。