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「ああ……そう言えば、マントを修繕に出していたんだよな」
冒険者ギルドからの帰り道、ソフィア行き付けの服や革などを専門に扱う防具店が目に入る。三日前に紅い外套を修繕に出しており、仕上がりの日取りを聞いていないことを思い出す。
先ほどギルドで気力を削がれる事があったばかりなので、このお店に入る事を躊躇う。
何度も何度もドアに手を伸ばしては、引っ込めたりを繰り返していると、通行人がチラチラと見てくる。
「すぅ~……こ、こんにちは~」
大きく息を吸い込み、意を決してお店の中に入る――元い、逃げ込むクラミ。その判断が的確かどうかは置いといて、彼女は店の中に並べられている商品には目もくれず、大股でカウンターを目指す。
店内には独特の匂いが満ちあふれており、不快では無いが良いか香りでも無い。そんな中で黙々と作業をする男がいた。
彼はクラミの事に気づいておらず、タコ糸よりも太い糸をアイスピックかと見違うほど太い柄の付いた針に通して、革を縫い合わせている。
ぶっとい針でも革を縫い合わすことが困難なのか、針の柄の部分を木槌で何度も叩いていた。
服屋とはとても思えない音が鳴り響く店内。クラミは興味深そうに眺めていると、店主は木槌を作業台に置き「ふぅぅ~……」と、息を漏らしながら腕で汗を拭う。
その姿は正しく職人だ。一生懸命に仕事をしている店主を見ていれば、敬意を持って接するべきとクラミは思うのだが、彼の性癖を思い出せば――。
「あ、ああ、悪いね気づかなかったよ。いらっしゃい」
複雑な表情で店主を見ていると、クラミに気付いてい声を掛けてきた。
「どうも。ところで、マントの仕上がりの方は?」
「アレかい? ちょっと時間が掛るね」
「手入れに出したときに聞くべき事だったんですが、どのくらいでできますか?」
彼女が言う通り、普通なら外套を手入れに出したときに聞くべき事だ。だが、店主が普通ではないのでクラミは手入れをお願いすると直ぐさま逃げ出した。
「こっちも言うの忘れていたね」
「ははは!」と、笑いながら頭を掻く店主。もっともクラミが逃げたした理由は、彼が修繕費とは別のモノを要求したからである。
そんな事を思い出すクラミは警戒しながら聞く。
「まだ時間が掛りますか?」
「材料が無いもので、鬼のモンスターコアがあれば一時間も掛らず直せるんだけど……今は取り寄せ中でして」
鬼なら、魔物使いが使役していた奴を何体か倒したのだが、あの時はソフィアが居なくなったりと、色々とドタバタとしており、モンスターコアや素材を取るのを忘れていた。
「勿体ないことをしたな」と、クラミは呟くが後の祭りである。
「お客さんなら自分でモンスターコアを用意できるんじゃないのですか? そうしたら材料費の分を引いて、お安くなりますよ」
今のクラミなら鬼なら楽に勝てるであろう。
しかし、森の中に入り、迷わずに帰ってこれる自身が無い。頼りの綱のソフィアはリトスの城で仕事中だ。とても「ちょっと森に生きませんか?」何て言えるわけがない。
店主の魅力的な言葉を反芻するが、クラミは首を横に振る。
「森の中に一人では入れないので、待ちますよ」
「ソフィアはどうしたんだい?」
「お城で働いてますよ。今はリトス様のところで侍女見習いです」
「あの娘がね~。ソフィアにあったら「おめでとさん」って、伝えてくれるかい?」
腕を組み、何度も何度も目を閉じて肯く店主。
性格はアレだが、常連のソフィアの事を思っていてくれてる彼に、クラミは笑顔を向けて「分かりました」と、言う。
「まぁ、なんだ。材料が何時になったら届くのかはこっちも分からないから、ちょくちょく顔を出してくれ」
クラミの笑顔に照れているのか、自分が言ったことが恥ずかしいのか、彼はそっぽ向いて頬を人差し指で掻く。
用件も終わり、クラミが頭を下げてこの場を辞去しようとすると彼は口を開く。
「お代、楽しみにしているよ」
今までの空気を一瞬でぶち壊すほどの下卑た笑みを見せる店主。
それは不快感を通り越してクラミの顔から感情が無くし、能面のような何とも言えない顔になる。
そんなクラミを見ると、彼は肩をガクガクと震わして頭を下げた。
「ありがとうございます!」
この章ではマント使えないって話しです。