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クラミが料理を作ってから三日ほど日が経った。
その間、彼女はコックと一緒に揚げ物の研究を行なっていたのだが、料理のでき無いクラミは特にやることも無く、三日目にして辞退を申し出たのだ。
何もできないまま延々と椅子に座り続けて料理を眺めていたクラミ。彼女はかなり鬱憤を溜め込んでいたらしく、久しぶりと感じる青空の下で背を伸ばすと、元気よく歩き出す。
二つの城壁をくぐり抜け南区にある孤児院へと向かい、目的地に着くと何時も通りの洗礼を受けつつ建物の中へと入っていく。
「あらあら、いらっしゃクラミちゃん」
「はは、おはようございます」
遊んで欲しそうに体に纏わり付く子供達を引き摺りながら歩いてくるクラミ。そんな彼女を見ておばちゃんシスターは笑いながら挨拶をして、子供達を引き剥がす。
名残惜しそうにしている子供達の頭をクラミが撫でていると、おばちゃんシスターが口を開く。
「随分と無理をしたんじゃないかい? 大丈夫なの」
「このぐらい余裕です」
そう言いながらクラミは近くに居る子供の腋に手を入れて持ち上げる。
すると他の子供達は羨ましがり、抱っこをせがんでくるので片っ端から持ち上げ、孤児院はワイワイと賑やかになり、その声につられて他の子供達も集まりだしてきた。
「いやね、そうじゃなくて……」
楽しそうに子供と遊ぶクラミを見て、おばちゃんシスターは苦笑いを浮かべながら言う。
「リトス様が出すお店に、あの娘達を使ってくれるって知らせが来たのよ。あれ、クラミちゃんが関係あるんでしょ?」
「そっちでした……っか!」
気合を入れて子供を持ち上げながら言葉を発するクラミ。彼女は毎度のこと子供達が自分に引っ付いてくるので、おばちゃんシスターが気にしていると思っていたのだが、全然違うようだ。
一通り遊び終えたクラミは、弾む呼吸を整えながら言う。
「お店に関しては殆どリトス様が手配したことなので、私は……何もしてませんよ」
何もしてないと言う通り、クラミがやらかしたのは焦げた揚げ物を量産した事ぐらいだ。
しかし、ソースの出来は結果的に良かったが、焦げた揚げ物の処理に幾人かの騎士達が涙を流したとか。
本当なら自分の失敗はちゃんと自分で処理しようとしたが、客人にそんな真似をさせる訳にも行かず、差し入れとして処理したのだ、コックが。
苦い思い出が甦るクラミの顔は淀んでおり、子供達は「だいじょうぶ?」と、服の裾を引っ張りながら聞いてくる。
乾いた笑い声を上げながら「ダイジョウブ、ダイジョウブ」と、頭を撫でているクラミを見て、おばちゃんシスターは首を横に振りながら言う。
「何があったかは知らないけど、クラミちゃんが行動を起さなければ、リトス様は動かなかったでしょ?」
「そうかも知れませんが……」
「だから――」
おばちゃんシスターは手を揃えて深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございます」
「いえいえ、気にしてませんので頭を上げてください」
急に畏まった態度でお礼を言ってくるので慌てるクラミ。
周りに居た子供達もおばちゃんシスターの姿を真似して「ありがとうござます」と、声を揃えて頭を下げる。
周りの居る人物が一斉に頭を下げている状況に、どうすれば良いのか分らないクラミ。
彼女があたふたしていると、おばちゃんシスターは顔を上げて笑う。
「本当なら私よりも、あの娘達がお礼を言うべき何だけどね。もう少しだけ待っててくれるかしら」
「別にお礼が欲しくてやったわけでは無いので……」
「駄目よ! 善意で施したのなら、ちゃんと貴女も善意を貰いなさい。そうしなければあの娘達が腐っていくわよ」
過ぎたるは猶及ばざるがごとし。と言うことわざがある通りクラミの好意はやりすぎであった。
おばちゃんシスターがクラミに言った『クラミちゃんが心配する必要はないのよ。あの子達の問題だから』その言葉の意味は、彼女達自身で自立して欲しいからである。
身内を無くして天涯孤独となった娘達は強くならなければならない。自分の意思で立ち上がり、考え、生きていくしかないのだ。
だが、未熟なクラミにはその言葉の意味を知る由も無く、善意を押しつけた。
今のままの状態が続けば、娘達は施しが無いと生きられな無くなってしまう。
それに、クラミの善意につけ込む輩も出てくるであろう。
だからこそおばちゃんシスターはクラミに説教をしたのだ。
「タダで施しをするな。するからにはどんなに小さなお礼でも貰え。逆に貰ったのなら、自分のできることで精一杯返せ」と、言っているのだが、クラミにはよく理解できおらず、眉間に皺を寄せて首を傾げる。
「ふふ、クラミちゃんは本当にいい子ね」
おばちゃんシスターは微笑みながら彼女の頭を撫でる。
まだ若いのだから自分の言っている事が理解できなくともしょうがない。
けれど、目の前の少女は必死に意味を考えて悩んでる。
何事にも直向きな少女に慈愛の念を向けるが、クラミは恥ずかしそうに顔を逸らす。
周りには小さな子供達が居るのに、大きな自分が子供扱いされるのが恥ずかしい。
現に子供達がクラミの事を見上げいるのだ。
この空気を変えるべくクラミは口を開く。
「あの、アルさんは居ないんですか? それにイリニも!」
思い出した様に言葉を出すが、おばちゃんシスターは未だ頭を撫でている。
むしろ、クラミが恥ずかしがっていることに気付いて撫でるのを止めようとしない。
子供達が向ける羨望の眼差しから逃げるようにクラミは俯き、服の裾を握りる。
「アルとイリニは街に出かけたわよ。って言うよりも、またイリニ一人で出かけてね」
流石にやりすぎたと思ったのか、おばちゃんシスターは撫でるのを止めて、質問に答えてくれた。
「そうですか! 街ですか。ちょっと私も見てきますね!」
顔を真っ赤にしたクラミは逃げるように孤児院を後にするのであった。




