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1-5 ②

 やっとの思いで厨房に辿り着いた二人はメイドにお礼を言い、部屋の中へと入る。

 厨房の天井は素焼きレンガをアーチ状に並べた作りをしており、壁には幾つもの鉄製のフライパンや銅製のフライパンが掛けられ、その下には大小様々な鍋と皿と言った調理器具が置かれている。

 部屋の中央に有る大きな作業台を挟んで向かい側には、一際クラミの目を惹く物があった。


 レンガ造りのかまどだ。古くから使用してきたであろう年季の入ったかまどが三つ並んでいる。

 そんな趣のあるかまどの隣には謎の置物があり、クラミは興味深げに見つめていた。

 外見は隣のかまどと同じ石造りで四角の形をしているが、薪をくべる場所がなく、代わりに何に使うのか分らないハンドルがある。

 天辺部分にも火が出るべき穴も空いておらず、鍋やフライパンを置くための五徳が設置されており、中央は窪んでいる。

 よく見ると窪みの周りには小さな穴が幾つも空いており、それはさながらガスコンロのようだ。


「あの、どうかしましたか?」


 いきなり厨房に入ってきて、辺りをキョロキョロと見渡す不審人物こと、クラミに一人の男性が声を掛ける。

 その声に反応してクラミはここに来た目的を思い出す。

 

「すいません、ちょっと料理をしてみたいのですが……いいですか?」


 色あせたコックコートに身を包む男性に頭を下げるクラミ。

 彼は立派な顎髭を撫でながら唸り、申し訳なさそうに口を開く。


「ここを使うのは構いませんが、夕食の準備がございますので、かまどの使用は一つだけでも宜しいでしょうか?」


 客人であるクラミの願いを極力叶えてあげたいのだが、彼には大事な仕事があり、それを疎かにはでき無い。なので、妥協案を口にするとクラミは嬉しそうに頭を下げる。

 貴族であるリトスの客人と言うこともあり、彼は身構えていたのだが、あっさりとしたクラミ態度に緊張を解く。


 厨房の利用許可が下りたので、クラミは部屋の中央に置かれた作業台の隅の方へと移動して、魔法の袋から食材を取り出していく。

 卵、下処理済みの丸々一羽の鳥、小麦粉、黒パン、黄色い液体が入った小さな壺を作業台に置き、クラミは腕を組んで瞑目する。


「クラミって料理できるの?」


 クラミがする事に興味があるのか、ソフィアは自主訓練には戻らず、横から興味深そうに尋ねてきた。

 しかし、クラミは返事をしない――でき無い。

 今の彼女の頭の中には作りたい料理の名前が浮かんでいるが、元の世界で料理なんてしたことがなかった。


 ここまで準備をして「やっぱできません」何てこと言えるはずもなく、クラミは目を開けると調理器具が置かれている台から包丁を抜き取り深呼吸をすると、鶏肉目掛けて包丁を振り下ろす。


「ねぇ、料理できるの?」

「…………っ」


 真っ二つに両断された鳥を見つめながら再度ソフィアが質問を飛ばし、この部屋の利用許可を下したコックはクラミが何を作るのかとマジマジと見つめている。

 二人の視線に耐えきれなくなったクラミは包丁を作業台に置き、手で顔を隠して蹲りながら言う。


「作りたいのは、作りたいのは頭にあるのですが」

「私が手伝いましょうか?」


 見かねたコックが声を掛けると、クラミは嬉しそうに彼を見上げる。


「良いんですか!?」

「ええ。ただ、先ほども言いましたが夕食の準備に差し支えない範囲でですがね」


 例え少しの間だとしても、プロの料理人が力を貸してくれるならいける! 等と考えるクラミは嬉しそうに微笑んだ。

 見た目はとびっきりの美少女の笑顔に当てられたコックは腕まくりをして気合を入れる。


「まずは何をしましょうか?」

「とりあえず、鶏肉を一口大に切って下さい」


 「はい、喜んで!」と、急にやる気になるコックに冷たい視線を送るソフィア。

 その隣では「凄いですね! さすがはプロです!」と、どんどん解体されていく鶏肉を見てはしゃぐクラミ。彼女の応援を受けたコックはますます鶏肉の解体速度を上げていく中、ソフィアは無言でクラミを見つめていた。


「そふぃあ……さん。どうかしたんですか?」

「なんでもないわよ?」


 無表情で見つめてくる彼女に恐怖を覚えていると、この空気を読めていないコックが溌剌とした声を上げる。


「鶏肉はこんな感じで良いですか?」


 もも肉と胸肉を一口だいに切り分けた皿を見せる。

 作業台には他の部位が綺麗に解体され置かれているが、今必要なのはコックが持っている皿だ。

 肉の用意ができるとクラミはソフィアの元から逃げるように離れて、小さめの鍋を手に取る。

 

「火を使いたいのですが、どのかまどを使えばいいのですか?」

 

 三台のかまどの場所に移動してコックに質問をすると、彼は先ほどまでクラミが興味深げに見ていた謎の物体を指差して言う。


「この火を生み出す魔道具を使いましょうか」


 そう言いながらガスコンロに似た魔道具の窪みに、モンスターコアを置くと同時に手を素早く離すコック。

 中央の窪みにコアを置いた途端に小さな穴から火が出てくると、隣の穴の火と混じり合い大きな炎と化す。

 その光景をみてクラミとソフィアが吃驚するが、コックは気にせずにハンドルを回すと、火の勢いが弱まる。どうやらハンドルを回すことにより、火の出口である小さな穴を少しずつ塞ぐ仕組みのようだ。


「火の準備はできましたが、鶏肉はどう調理なさるのですか」

「揚げ物を作ります」

「アゲモノ?」


 この世界には揚げ物と言う文化はないのか、コックは首を傾げながら聞いてくる。

 口での説明が難しいと判断したクラミは「見ていて下さい」と言って、鍋をコンロの上に置く。

 そして、魔法の袋から油の入った壺を取り出し、鍋へと注ぎ込む。


「アゲモノとは、オイル煮の事ですか?」


 コックが興味深そうに聞いていくるが、料理に疎いクラミはオイル煮の事が分らずに首を傾げながら作業を行なう。

 鍋に油を注ぎ終えると作業台へと戻り、溶き卵を準備するとその中に一口大に切った肉を入れる。

 今度は堅めの黒いパンを手に取り、三秒ほど眺めて――「ッふん!」と、かけ声と共に握りつぶした。

 パラパラと粉になったパンくずをせっせと集めて皿へと移すと、卵にまみれた鶏肉も一つ手に取り、パン粉もどきをまぶしていく。

 全ての鶏肉にパン粉もどきをまぶし終えると、クラミは額の汗を腕で拭って「ふぅぅ」と、息を吐いた。

 

「準備はこれでOKだね」

「ねぇクラミ。料理ってしたことある?」


 三度目の質問にもクラミは応じることない。

 彼女は只黙って衣の付いた鶏肉が載っている皿を熱している油の元へと運び、一つずつ鍋の中に入れていく。

 高温の油がカラカラと小気味のいい音を上げるので、思わずソフィアとコックが興味深そうに鍋を覗き込む。


「面白い料理ね。焼くときには油を使うけど、油で煮るなんて」

「これがアゲモノですか?」

「揚げ物は調理方法で、この料理は――唐揚げです!」


 そんな二人の反応を見てクラミは料理の成功を感じていると、鍋の底から真っ黒な塊が浮かんできた。





「今日の料理はクラミが作ったんですってね?」


 日もすっかりと落ち、食堂に暖かな明りが灯される頃、普段より遅くなった夕食に文句も言わず、リトスは楽しそうに話す。

 彼女の対面に座るクラミは「アハハハ」と、乾いた笑い声と共に明後日の方向を見る。

 挙動不審なクラミを見てリトスが首を傾げていると、執事が部屋へと入ってきて、彼女の前に料理を出す。


 リトスの前に出された皿の上には謎の黒い塊が――何てこと事はなく、こんがりとしたキツネ色の揚げ物が二つ置かれている。

 フォークとナイフを手にとり、一口大の揚げ物を更に半分に切ると断面から肉汁と、鼻腔をくすぐる匂いが立ちこめ、リトスは小さな口を開けて食べる。


 ざくッ、ざくっ。

 

 と、咀嚼をする度に肉の周りに付いている衣から小気味の良い音が耳に響き渡り、新鮮な野菜のしゃきしゃき感――それよりも歯応えのある焼き菓子のようでいてまるで違う、今まで食べたことがない食感に目を見開く。

  

「これがクラミの作った料理?」

「その……合作です」


 目を逸らしたままクラミは答えた。

 彼女は合作と言っているが、あの後、黒い塊を生み出すマシーンとかしたクラミに業を煮やしたコックが揚げる作業もする事に。

 長年の料理の勘を頼りに何度も何度も揚げるうちに、衣の改良にも乗り出した。


 初めて作る料理に、すっかりと夢中になったコック。

 本来作るべきだったリトスの夕食は、他のコックに任せて揚げ物の研究を行なう。

 集中するプロの邪魔をするわけにもいかないクラミは、やることがないので、魔法の袋から卵を取り出すと器に割り、さらに少量の油と酢を入れてかき混ぜる。


 混ぜては油をつぎ足して、混ぜては油を継ぎ足していく。

 延々と卵をかき混ぜるという、不思議なことを始めたクラミを見て、ソフィアも手伝うことに。

 二人で交互に混ぜ続けると白く乳化する――マヨネーズができた。

 

 クラミは早速小指にマヨネーズを付けて口の中に含む。

 彼女を真似してソフィアも味見すると、顔を顰める。眉を顰めてクラミを見つめると、同じように顔を顰めていた。

 市販のマヨネーズのようなマイルドさはなく、ふんわりとした酸っぱいソースを前に途方に暮れていると、作業台に置いてある壺に目が行く。


 壺の中に入っている黄色い液体は、菜の花の種子を原料に作られたソース、マスタードだ。

 酸っぱいマヨネーズに辛さのきいたマスタードを入れて味を誤魔化す。

 先ほどよりはましになったが、まだ酸味が強い。

 もうこれ以上どうすることもでき無いと、クラミが匙を投げると同時にコックが揚げ物を完成させた。


 クラミが作った黒い塊と違って、見事なキツネ色を見てソフィアが感嘆の声をもらし、クラミはお腹を鳴らす。

 早速三人で味見をすると――問題はない。むしろ美味しい。

 初めて食べる料理にソフィアとコックが夢中で食べるのだが、三個目を口にして手が止まる。


 初めて作った料理と言うことで、コックの作った揚げ物は油切りが全然されておらず、二人は油酔いをしていた。

 そんな二人の前にクラミはそっと酸っぱいソースを差し出す。

 



 

「この酸味と辛みがあるソースも良いわね」


 リトスに対してもソースの評価も上々のようで、クラミは内心で喜ぶ。

 揚げ物に関してはほぼ全てコック一人でつっくた様な物で、クラミが唯一まともに作れたのはソースだけだからだ。

 

「これってどうやって作ったのかしら?」

「それはですね――」


 上機嫌で作り方を説明するクラミ。彼女の話を聞いてリトスと執事は顎に手を当てて黙り込む。

 

「――で完成です。どうかしたんですか?」

「油で煮る。いえ、揚げるって言うのね」

「面白い料理ですが、何よりも」

「ええ、油を使っているの良いわね」


 クラミをそっちのけで二人は話し合う。

 この世界に揚げ物料理があるのか無いのか分らないが、少なくともこの地方には無い。

 油を特産としているエライオン街には無かった。

 しかし、今クラミの手によって揚げ物が伝えられたのだ。

 油を特産としている街に。

 この料理が流行れば油の価値も上がり、エライオンの街の収入も上がるのはまちがいない。

 更に、クラミが作ったソースの材料には、油が取れる菜の花の種子が必要である。

 

「新しく畑を開拓する必要があるわね」

「しかしながら、人手が足りませんし、場所によっては村をつくることにも」

「人と時間が足りないわね……まずはこの料理を流行らすことからね」

「それなら丁度、国王誕生祭がありますな」

「あ、あの!」


 どんどん話しが盛り上がっていく中、クラミが声を上げる。

 

「どうかしたの?」

「孤児院に居る人達にこの料理を出すお店をやらせたいのですが……」


 元々この料理を作る切っ掛けになったの孤児院にいる娘達のためだ。

 だからこそ、彼女達が働けるように声を掛けると――。


「たしかにそれも良いですな」

「ええ、分かったわ。お店の負担はブレ家が持ちましょう。明日にでも孤児院に話しを通して置いてちょうだい」


 隣にいる執事にリトスが指示を飛ばすとクラミは安堵のため息を漏らす。

 自分にできることは全てやった。これ以上の事はない。思っていると、リトスが口を開く。


「それでクラミ。この料理の名前は何かしら?」


 その問いに自信満々でクラミは答える。


「唐揚げです!」


 パン粉の衣が付いた揚げ物に対して堂々と言い切るクラミであった。

正直、一年もあれば百万文字なんて余裕だろうと始めた今作品。

まだまだ、遠いです。


ちなみに、この街の特産が油になったのは、この話を書くためです。

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