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……さて。
《DARK BLUE》の二人が人間観察もどきをした後、集まってしまったファンの多さに出るに出られずにいた頃、健太は帰りの電車の中で途方に暮れていた。
一応、マネージャーがついてはいるのだが、今日は用事があるとかで一人で帰ってくれと言われた。タクシーを使えと言われたのだが、さすがに自宅までの距離を使うのも何だか気が咎めて、電車で帰ることを選んだ。が、それは完全に失敗だったようだ。
今更ながら、マネージャーの言葉の確かさを思い知る健太である。
何のことはない。今現在、彼は電車の中で女の子に取り囲まれているのだった。
口々に何やらさえずっているのだが、健太には理解できない言葉ばかりで、ろくすっぽ返答もできやしない。困ってもじもじとしていると、すかさず「可愛いー」と言われ、健太は硬直するしかなかった。
帰り際に、律がやたらとニヤニヤしながら「俺の車で送ってやるよ」と言って来たのを断ったのだが、きっと、彼はこうなることを予測していたのだろう。だから、乗って行けといったに違いない。健太のマネージャーに用事があるのは、当然、律にもわかっていたことだからだ。
律の誘いを断ったのは、意地になっていたからだ。だが、今はそれを、ほんの少し後悔していなくもない。とは言え、そうやって意地を張ったことが大間違いだったことに健太が気付いたのは、電車に乗った後だったのだけれど。
亜紀と奈央が隣の車両に乗り込んで来たのは、すぐにわかった。
同じ方向に帰るのだから当然だが、健太を見ていやに奈央が驚いているように見えたのが不思議だった。けれど、それは気にしないことに決めた。今にして思えば、彼女が驚いていた理由も何となくわかるような気がする健太である。
電車が動き出すと、すぐにどこからともなく女の子たちが現れ、健太は自分が窮地に陥ったことを知った。
「……えっと、その……」
「ねえねえ、いつもどこのブランド着てるの? ショップはどこに行くの!?」
「は? いや、俺は……」
突きつけられる質問の意味など、半分以上理解できていない。思わず助けを求めるように視線を泳がせると、ちょうど車両の境目辺りに立っていた奈央と目が合った。
腕を組み、事態を観察するように眺めている奈央に、縋るような視線を向けてしまう。この手の経験の長い奈央のことだから、この状況を打破する方法だって知っているはずだ、と思ったのだ。
他力本願、この際、助けの手は奈央でもよかった。
……尤も、奈央が健太を助けてくれるかどうかは、全く別問題だ。
そうしてくれる自信は、実のところ、まるでなかった。嫌われている自覚はあるし、健太だって、奈央のことをすごく好きだとは言い難いからだ。
とは言え、健太の言いたいことは、奈央にきちんと伝わったらしい。
彼女はしばらく健太の方を値踏みするように見ていたが、やがて溜め息をつくと亜紀に耳打ちをする。そして、二人でこちらに歩み寄って来た。
「ちょっと、あんたたち。いい加減にしなさいよ。健太が嫌がってるの、わかんないの?」
「何よ、あんたは引っ込んでなさいよ!」
「私がどうの、って言う前に気付きなさいよ。健太、困ってるでしょ」
「放っておいてよ。あんた、海斗の担当を降りる気がないんだったら、図々しく健太くんに近付かないで!」
近付かないでも何も、俺はあなたのことは知らないけど、奈央は(一応)友だちだし、そんなことであなたの許可を得る必要はありませんが。
と、健太が思ってしまったことを、誰が責められようか。
奈央はムッとしたように顔をしかめ、それから大きく溜め息をついた。
「桜井・プロモーションは、同電禁止。今更、知らないとは言わせないわよ」
「そんなの、ばれなきゃいいのよ」
「……あのねぇ、それじゃ、何のためのルールなのよ! 意味がないじゃない!」
「あんたに言われたくないわよ、葛木奈央。掛け持ちだってルール違反でしょ」
「わ、私だって、好き好んで健太についているんじゃないわよ! これには、いろいろと事情が……」
「じゃあ、尚更、健太くんに近付かないでよ。図々しい」
反射的に、場所もわきまえずに相手をはたきそうになってしまった奈央だったが、それを直前で踏みとどまる。
いくら何でも、それはまずい。
「……言っておくけど、あんたのその行動が健太の評価を下げるのよ。わかってないの?」
行こう、と亜紀を促して、奈央はそこから立ち去った。