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 奈央が考えた通り、《DARK BLUE》の二人は第二部に飛び入りと称してやって来た。

 思わぬビッグ・ゲストにざわめく客席と、聞いていなかった先輩の登場に唖然とする健太。そして、大本命の二人を前にして、喜んでいいのか悪いのかわからず、複雑な表情の奈央と亜紀。

 三者三様の面持ちに、面白がっているのは《DARK BLUE》ご本人さまたちだけである。

「どーもー、《DARK BLUE》です。今日は、可愛い後輩のデビューだっていうことで、ラジオの録りが終わってから飛んで来ました」

 どうせ、前々から勝手に計画していたに決まっているが、いけしゃあしゃあと言ってのける律。そんな彼の様子に、隣で海斗が苦笑いを浮かべている。

 海斗だって、今日になって初めてこの件を聞いたのだ。何を無茶な、と思ったのは、内緒の話だ。

 今朝、スタジオで番組の収録が始まる前に、いきなり「この録り終わったら、ひとつ仕事入ったから」と言われ、面食らったのは記憶に新しい。

 律の行動が突拍子もないのはいつものことだが、それに振り回されている海斗は、律の突然の「○○やるぞ」宣言は妙に恐ろしいのだ。大抵の場合、それは既に海斗の知らない所での確定事項だったりするからだ。

 数年前のツアーで、「ステージをミュージカル仕立てにする」と言い出した時も、その時点で知らなかったのは海斗だけという情けない状況だったのだ。反対されるかもしれないと見越しているからなのかもしれないが、当事者であるというのに、一人で蚊帳の外なのもどうしたものか、と思う。

 とは言え、そうでもしなければ海斗は無難な道を歩いて行くだろう可能性は否定できない。となると、律の突拍子のない行動は、《DARK BLUE》にとってプラスに働いていることには間違いはない。つまりは、律あっての《DARK BLUE》なのだ。

「すごい大先輩の登場ですね。彼の応援は、心強いんじゃないんですか? 健太くん、デビュー曲も《DARK BLUE》に提供してもらったんですよね?」

 場を取り繕う司会からの質問に、健太は曖昧に笑みを浮かべた。

「そ、そうですね……」

「レコーディング、かなり長引いたって聞きましたけど、その辺り、どうなんですか?」

「あー、それはね、単に俺がディテールにこだわっただけなんだ。健太のせいってことでもないんだけど」

 司会者からの質問に、終始にこやかに答えている律に、海斗は内心「嘘つけ」と毒づく。

 散々罵倒しまくって、本人を落ち込ませ、スタッフを何度も完徹させたのはどこのどいつだ、と言ってやりたかった。

 ちらりと健太を窺うと、彼の笑みも心なしか引きつっている。

 気の毒に思わなくもないが、下手に健太に助け舟を出して、とばっちりを食らうのはごめんこうむりたい。我が身が可愛い海斗は、そのまま律に相槌を打つ方を選んだ。

 基本的に、《DARK BLUE》のリーダーは表向き海斗なのだが、実際に引っ張っているのは律だ。そして、スタッフの間での彼の理不尽大王の異名は、伊達ではない。

「やっぱり、世間に出すには納得行かないって部分がありまして」

「そういう姿勢が、《DARK BLUE》の不動の人気を作っているんですねえ」

 素直に感心する司会者と、自分は今日の主役でもないのに得意満面の律。

 ひょっとして、こいつは、このイベントをぶち壊してやろうという野望でもあるのか、と疑ってしまいたくなったのは、何も海斗だけではあるまい。

「まあ、一応、今日の主役は健太なんでね、俺に話を振るのはなしね」

 にこにこ、にこにこ。

 じゃあ、何をしにここに来たんだと聞きたいのは、海斗だけではあるまい。海斗に言わせれば、得体の知れない笑みとでも呼べそうな、律の営業スマイル。だが、そんなことは客席のファンにはどうでもいいことらしい。

 律の全開の営業スマイルに、悲鳴のような喚声が上がったのも、当然の成り行きだった。

 イベントのラスト、たった五分。

 それだけの時間で、律は、その場の雰囲気を全て自分のものにした。

 彼は、来た時と同様、あっさりと引っ込んだ。客席からの「帰らないで~」の声に、しっかりと手を振り返して。





「ひどいよ、あんなの!!」

 イベントが終わって、出待ちをしているファンたちの中で、泣きじゃくっている女の子を見つけた。その見覚えのある顔に、奈央は嫌な気分になってしまう。

 あれは、以前に海斗についていた二人組みだ。ルールを守らないから嫌いで、バトルしたこともある相手だった。

「健太くんのデビュー・イベントなのに、《DARK BLUE》が来たらそっちに目が行くの当然じゃないっ!」

「だよね、ひどいよね!」

 彼女たちの言いたいことも、わからなくはない。奈央だって、自分が逆の立場だったら腹立たしいだろう。

 だが、そのまま《DARK BLUE》の悪口に発展して行ってしまえば、黙っていることなどできなかった。

「うるさいわね! 別に《DARK BLUE》が来ようが何しようが、どうだっていいでしょ! 最初から立場が違うんだから、勝てるはずないじゃないの! 別に、健太の魅力が足りないわけでも何でもなくて、単にキャリアのせいじゃない」

「……あんた、海斗を降りて健太くんにつくの!? そうじゃないんだったら、余計な口出ししないでよ! どうせ、海斗が来るから今日のイベントに来たくせに、偉そうなこと言わないで! 海斗を降りる気がないなら、健太くんに近づかないでよね!」

「わ、私だって、好きで健太を見に来たんじゃないわよ!」

 まさか、海斗本人から「行ってくれ」とメールをもらったから来た、なんて言えるはずもない。仕方なく、その場は相手の言葉を肯定するしかなかった。だが、それは不本意極まりない。

 奈央は、あくまでも自分の気持ちに正直だった。

「奈央、喧嘩はよくないよ。ねっ!?」

 おろおろする亜紀を横目に、奈央は、相手の少女と睨み合う。

 元々、彼女とは主義主張が合わないのだから、何かのきっかけがあれば一触即発だ。そんなこと、今までの経験でわかっている。だからこそ、向こうが海斗の追っかけをやめてくれて、ホッとしていたというのに。

 そんな少女たちの光景を、呑気に上から眺めている人影が、ふたつ。

 何を隠そう、うっかり帰りそびれている《DARK BLUE》のお二人である。彼らは、現場を見下ろす窓からこっそりその状況を観察していた。

「あーあ、バトルしちゃってるよ……」

「お前のせいだろうが、お前のっ!!」

「……ま、そうとも言いますけどね。っつーか、あの手合いのワンフは、いなくなって欲しいんだよね。俺としてはさ。健太には必要ないでしょ」

「わかっててわざとやったな、お前……」

「当然。何のために、お前に奈央ちゃんたちを呼んでもらったと思ってんだよ。早いところ、ろくでもないのに退場してもらうためだっつーの」

「……はあ、さようで……」

 もはや、何かを言い返す気力もない海斗である。何も、そこまで画策することもないだろうに、と思ってしまうのは間違いではないはずだった。

「まだ無名の健太が、態度の悪いファンに何か言ったら叩かれるだろ。あいつら、図々しいくせに自分が正当だと思っているから、何をやらかすかわかんないからな。とりあえず、防波堤をな」

 あー、俺って優しい先輩過ぎて感激! と自画自賛。ある意味、おめでたい思考の持ち主の律である。

「そのお前の優しさが、健太本人に伝わってりゃいいけどな。まあ、たぶん、伝わってないと思うけど? っつか、逆方向に捉えたと俺は見た」

「ああ!? 何で!?」

 心外だ、と律は喚く。

 どこをどうしたら、そういうふうに思ってもらえると信じていられるのか、こっちが聞きたい。

 海斗は溜め息をつき、律に向き直る。

「あいつ、亜紀ちゃんに盲目偏愛なんだろ? その亜紀ちゃんが自分のデビュー・イベントに来てくれていたら、そりゃ、天にも昇る心地だろうが。それが、第二部にお前が来るからだってことになってみろ。殺したいほどムカつくだろ、そりゃ」

「……いや、でも、俺が来るのは突発的事項で……」

「恋する男にその理屈が通るわけがないだろ。バカだねぇ。更に健太にライバル視されるぞ、お前」

「本気になって追いかけて来るのは大歓迎だが、嫌われるのは痛いなぁ。亜紀ちゃんにないことないこと吹き込まれたらたまらん」

「……お前の心配はそっちかよ」

「亜紀ちゃんに嫌われたくないもん」

 しれっとして言い放つ律に、海斗は頭痛がして来たような気がした。

「ま、そりゃかまわないけど、こっちに迷惑かけるなよ……」

 今更なことを言っているな、と思いつつ、とりあえずそう言ってみる海斗だった。


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