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泣き疲れて眠ってしまったのか、ふと強い日差しで目が覚めた。
着の身着のままでベッドに突っ込んだため、ローブも皺だらけ、ミトンも片方脱げている。
「かっこわりぃ……」
ぼそりとそんな言葉が出てくる。魔法でばったばったと敵をなぎ倒す、そんな未来を夢見ていたのに現実はカエルに泣かされた。
油断があったのは認める。けれど何よりも、死ぬかもしれないという恐怖。ただのゲームと思い込めないほどのリアリティが今は憎い。
もっと現実離れしていたら。もっとゲームらしければ。そんな『たられば』が頭に浮かんでは消えていく。
ヴァーチャルリアリティに憧れていたはずなのに。ゲームをやりたくて仕方無かったのに。
僕は、ここから逃げ出そうとステータス画面を呼び出し、ログアウトしようとした。
コンコン、と扉を叩く音が部屋に響く。その時、体が飛び上がったんじゃないかと錯覚するほど体がビクついた。
「起きてるかな? 入るよ」
この声はドレイクさんだ。警備はどうしたの? というかなぜここに。
「あ、はい。起きてます。大丈夫です」
ちょっとテンパってしまったけど、何とか答える。
建て付けの悪い、木材の擦れる音をさせながらドレイクさんが部屋に入ってくる。
「男子たるもの泣き顔は人には見せない。私の父親が言っていた言葉さ。君もそうなんだね」
今日は槍を持たず、代わりに手提げカバンを持ち、服装も鎧じゃなくて長袖の白シャツにベージュの長ズボンだった。
「だけど目元が真っ赤に晴れている。それじゃ泣いたのが丸分かりさ。ほら、これで冷やしなさい」
手提げカバンからポケットティッシュのような物を差し出してくる。受け取るとひんやりしていて気持ちが良い。
「モーガン作、『男の秘密を守るパック』だそうだ。ケイスケが村に戻った後に話をしてね。すぐに作ってくれたよ」
ヒゲ面のモーガンさんが浮かぶ。意外な優しさに涙が出てきそうになる。パックを握る手に力を込め、必死で堪えた。
下を向いたら雫が落ちそうだ。でもこんな顔は見せたくなかった。
「彼は意外と面倒見がいいんだよ。まぁ気に入った相手だけだけど。そういえば入り口は建て付けが悪いな。ちょっと後ろを向くけど気にしないで」
すっとドレイクさんは後ろの扉に向き直し、ガタガタと扉を動かしている。
くっそ。バレバレじゃないか。慌てて袖で涙の溜まる目を拭い、パックを押さえつけて冷やす。衣擦れの音が聞こえたのを確認したのだろう、ドレイクさんが僕の方を向く。
「そのままでいいから聞いて欲しい。ここで逃げるようでは冒険者になれない。力不足で負けるなんてこれからいくらでも経験する。君はなぜ冒険者になった? 他人を守るため? 名誉が欲しい? 強くなりたい? 目標なんて人それぞれだから聞かないよ。ただ、どんな目標も逃げてしまっては達成できない。ひたすら前を向いて走らないといけないのさ。だからこの敗北も自分の糧にして欲しい。かつて冒険者だった私の後輩へ送るエールだ。……まぁ最終的には君が決めることだからね。それでは失礼する」
そう言い残してドレイクさんは帰っていった。扉が擦れる音がしたけど直せなかったのか。
「そんなこと、いつも言われてるよ……」
わかってる。わかってはいるんだ。苦手だからやらない、わからないから諦める。そんな風に今までやってきた。それでも良かった。
先生からも、親からも似たようなことを言われたことがある。頑張れ、諦めずにやってみろ。やってみて駄目だったらどうするのさ、そう言って誤魔化してきた。けれど……。
「あーもう! やってやるさ! せっかく当選したんだし楽しまなきゃ損だってことだろ! 変わってやるよ!」
外に響くほど大声で。村中に届くほどに。
すぐに逃げる自分を捨てる。現実ではまだできないかもしれないけど、ゲームの中くらいカッコいい自分でありたい。
僕は、いや俺は変わってやるんだ。
しばらくして、俺は入り口にやってきていた。
ドレイクさんと目が合うと、少し驚いたような顔をしたがすぐに笑顔に変わる。
「やぁ。決めたようだね」
ただそれだけ。だけど、それは心身から冒険者になったことを喜ぶような、そんな声色だった。
「はい。ぼ……俺は貴方と同じような冒険者になりたい。自信を持って、自分は冒険者だと言えるようになりたいんです」
「ふっ。良い目標だ。けれど私よりも強い人は大勢いるからね。そんな人たちに負けないような立派な冒険者になれるよう祈るよ」
ドレイクさんはそう言って左腕で村の外へ行こうとする俺を遮った。
「もうここを出る時だ。その強い想いがあれば町に行っても大丈夫。ウルの村は君を見守っているよ」
その時、足元に魔方陣が現れ俺を飲み込んでいく。体が水に浮かんでいるような感触に包まれ、視界もぼやけていく。
「冒険者ケイスケ、その未来に精霊の加護があらんことを」
胸に拳を当て、真剣な眼差しをするドレイクさん。俺も同じように拳を当てる。
「ありがとうございます。みなさんにもよろしく伝えてください」
返事は無かった。けど、きっとみんな笑顔で頷いてくれる。
そんな変な確信だけは俺の中にあった。
「村から出発します。称号『ドレイクの友』が『期待の新人』に変更されました」
ずっと数字だけが続くと判りづらいと思いましたので章に分けてみようと思います。この話までを第1章村編、次からは第2章として町編を書いていく予定です。




