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「今回は脚だけか」
数日の間、村周辺でモンスターを狩っていた。村人との交流も増え、ミーナさんからも食材を楽しみにしてるよ、と声をかけられる。
今は村を出てから2体目のカエルを倒したところだ。ドロップするのは舌と脚の2種類だけだった。必ず2種類ということはなくて、どちらか1つということもある。
回収作業に慣れてきた自分に驚く。非現実ということも精神的にも大きいのかもしれない。
「ん?またカエルがいるな。よーしパパさくさく狩っちゃうぞー」
足取り軽く、カエルの元へと急ぐ。もちろん先制攻撃は欠かせないけど。
「フレイムスピア!」
スキルを発動させてカエルに撃ち込む。空中から発生していた魔法は今では杖の先端にある赤い石から出るようになった。そしてもう1つ。これが大きいのだけど、自分の意思で射出タイミングを決めることができたのだ。気づいたのはついさっき。モンスターもいなくて、ただなんとなく魔法を使ってみた時だった。飛んで行かず、杖の先で球形に燃える炎が先端に宿っていた。もしやと思い、3秒後に飛べ、と念じたらきっかり3秒後に槍へと姿を変えて飛んで行った。
そんなことを思い出しているとカエルに命中したようだ。相変わらず鳴き声は甲高い。
「グゲゲーッ!」
2メートルくらいか、そんな距離まで詰めてきた時、突然気合いを込めるように大声をあげ、カエルは僕の頭を軽く超えるほど高く飛んだ。これは今までに見たことがない。
慌てて杖を空へ向けてスキルを発動させる。
「フ、フレイムスピア!」
炎の槍が生まれ、空へと飛んで行く。けれど直線にしか飛ばないフレイムスピアではカエルの動きについていくことができず、そのまま一筋の赤い線になって消えていった。
「くそっ! 外れた!」
距離を取ろうとするがもう遅い。カエルの落下攻撃により僕は弾き飛ばされ、杖も手から離してしまった。
「がっ! 大ジャンプとか聞いてないって」
カエルに向きなおそうとした瞬間、鈍器で殴られたような衝撃が僕の脳を揺らした。何が起こったのかわからず、半開きになった目でなんとか確認できたのはカエルの舌が口に戻っていく姿。顔を上げたことで、ちょうど飛んできた舌と衝突したらしい。
ゆらゆらと動き回る風景。軽い脳震盪を起こしているようで、視点が定まらない。それでもなんとか立ち上がろうと上半身を持ち上げた僕に、今度は胸へ衝撃が襲った。
「カハッ! がっ!」
飛んできた衝撃そのまま、地面を人形みたいに転がり、岩にぶつかったことでようやく止まる。
カエルの攻撃は痛みなんてほとんどないけど、何かにぶつかった時は痛みを感じる。防御力はあくまで敵の攻撃から守ってくれるだけで、障害物に当たったダメージは減らしてくれないみたいだ。
「ぜっぜっひゅーひゅー……」
背中からぶつかったおかげで息が苦しい。指先はぴりぴりと短く痛み、呼吸するだけで背中に電気が走って動く気力さえなくなる。今すぐ逃げ出したい。
動け動け動け! 早く立たないと!
じゃりっと音が聞こえ、そちらになんとか首を動かしてみるとカエルがゆっくりと近づいてきていた。
「あ……。あ、来るなよ! あぁぁぁぁ!」
力の入らない手でなんとか土を掴み、カエルに向かって何度も投げた。不快なのか、カエルは顔や舌についた土を払おうと前足を使って顔を拭っている。
その隙に全身に広がる痛みを堪え、赤ちゃんみたいに杖の落ちている場所まで這いずった。不意に風切り音がして視界の右端にピンク色をしたものが飛んでいくのが映った。もう土ぼこりの効果が無くなってカエルが襲ってきたのか。
死ぬ。頭にその言葉が浮かぶ。杖を掴み立ち上がると、全力で村へと走った。恐怖が痛みに勝ったのか痛みを感じなかった。
体面もへったくれもない。よだれが出ようと鼻水が出ようと、足を回転させる。途中つまづいて転んでも、後ろを振り返った瞬間に舌が飛んできそうで前だけを見て立ち上がる。
「そのまま走って来い! 後は私に任せろ!」
聞きなれたドレイクさんの声がした。あぁ、助かるんだ。やっと着いたんだ。
「むん!」
一瞬でカエルは頭から綺麗に真っ二つになった。普段ならドロップ回収だろうけど、すぐにドレイクさんはこちらに向かって来てくれた。安心したのか僕は足から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
「初勝利に続いて、初めての敗北、だね。命があって良かった」
優しく頭を撫でてくれながら、ドレイクさんはゆっくりと声をかけてくれた。
今の僕はよだれや鼻水でべちゃべちゃの顔なんだろう、たぶん涙も出てる。ドレイクさんはポケットからハンカチを取り出して拭ってくれた。
「冒険者にとっていつかは経験することさ。ま、命があれば敗北じゃないってのが私の信条なんだけど。本当に無事で良かった。いつまでもそんな顔じゃ村のみんなが心配するよ。さぁ立って」
脇に腕を差し込まれ、そのまま持ち上げられたことで僕は立ち上がることができた。ドレイクさんは軽くローブを掃って埃を落としてくれる。
「今日はもう村から出ないこと。ゆっくり休んでまた明日、頑張りなさい」
そう言われ、僕は大人しく村にある宿屋へ向かうことにした。いつも声をかけてくれる村人たちだったけど何も言ってこない。それが今はとてもありがたい。空き部屋に入るとそのままベッドに向かい倒れこむ。
「うっうっうっ……」
声が漏れないように枕を抱いて押し殺し、朝まで泣き続けた。




