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入り口から少し歩くと1メートルくらいのカエルが座っているのが見えた。
ヒキガエルのようなこげ茶色をしていて、でも違うのは体表がつるつるして光を軽く反射している点。もちろんあんな大きさのカエルなんて見たことはない。
「うっわぁ。あんなのもいるのか。好き好んでお近づきにはなりたくないな」
ふと、僕は自分が魔道師だったことを思い出した。まだこのゲームに慣れていないのが丸分かりだ。
「よーし。あいつはまだ気づいてないはず。カエルなら火に弱いよね、きっと」
カエルまでの距離は数メートルはある。相手は日光浴でもしているのか、ぼけーっと座っているだけで僕を確認しているようには思えない。
背を伸ばして、ふっと短めに息を吐く。初めての戦闘だ。緊張で固まってしまわないようにとやっただけだったけど意外に効果があった。
「目標はカエル。しっかりと見て……」
視界の真ん中にカエルを収め、頭に浮かぶ詠唱を唱える。
「赤き願いよ 焔とならん フレイムスピア」
発生した炎の槍は狙い通りにカエルへ一直線に向かっていった。そして着弾。
人間でいうわき腹に突き刺さり、シューシュー音を立てて周りを焦がしていく。
「グゲーッ!? ゲッゲ!」
想像していた声とは違う甲高い声だったけど、泣き喚いてるから効果はあったはず。ふらふらと動いていたカエルと僕の目がばっちり合った。
「ゲゲーッ!」
口から涎を飛び散らし、恨みの篭った声をあげこちらに向かって飛び跳ねてくる。そこは普通のカエルっぽいのか!
だけどもう1発撃てる距離はある。そう思い魔法を唱えた。
「赤き願いよ 焔とならん フレイムスピア!」
カエルを狙って炎の槍が飛んでいく。さよならカエル。両生類が草原にいるからこんなことになるんだよ。
この1撃で終わったと僕は確信していた。
「グゲッ!」
鳴き声とともにカエルは着地時に無理やりに体の向きを変え、真横に飛び跳ねた。体に突き刺さるはずだった炎の槍は後ろ足を掠めただけに終わる。
外したことにショックを受けた僕はカエルから一瞬だけ意識を逸らしてしまった。
「ゲェー!」
酔っ払いが吐いた時の、声のような逆流音のような僕の耳にそれが届いた時には体は吹き飛ばされていた。
痛みはほとんど無かったけどお腹に衝撃が伝わり、尻餅をついたためにお尻が痛い。
カエルに視線を向けると口から舌が伸びていた。恐らくは捕食時のように伸ばして攻撃したんだろう。
下手するとぱっくりいかれた未来が頭に浮かんでぞっとした。すぐに立ち上がって離れようとしたけれど足がすくんで立てない。現代っ子がこんな状況で落ち着いてられる訳が無かった。
それでも何故か頭だけは冷めている。カエルは動けない僕を見て、長い舌を収めている口を開く。また舌で攻撃するつもりらしい。
時間の流れが遅くなる。カエルはゆっくりとした動きで僕に襲い掛かってきた。
4本の脚でしっかりと踏ん張り、口を開き海老逸りになってタメを作る。たったそれだけのことなのに数分にも思えた。
来る! 口を固く結び、衝撃に備える。今の僕にできる抵抗はそれだけだ。カエルの顔がこちらを向き、舌が僕に向かって飛んで━━来なかった。
カエルの前脚が大地に擦れながら伸ばされていき、そのままうつ伏せに力なく倒れこむ。
だらしなく伸びている舌からは先ほどまでの生命力を感じ取ることはできない。
「えっ……?」
何が起こったのかわからず、恐る恐るカエルに近づいてみる。
ピクリともしないカエルを小枝で突いてみたけどやっぱり動かない。
僕の最初の戦闘は、達成感も何も無い薄っぺらい勝利で終わったのだった。
よくよく見るとわき腹の傷はかなりひどいもので、カエルの体力をどんどん削っていたようだった。幸運にも、フレイムスピアの効果にある「火傷」の状態異常が僕を救ってくれた。
「火傷」は相手の体力を奪う状態異常であり、炎属性の魔法なら必ず発生する効果。応急処置をしないと戦闘可能地域では1日継続する。説明書に書いてあったはずのそのことが頭からすっぽり抜け落ちていた。
カエルの死体の前でまた座り込んだ僕は、しばらくそのまま動けずにいた。




