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痛覚が存在しないはずのこのゲームで、初めて俺は全身を刺されるような痛みに襲われた。
いや、刺すような痛みが突然、握りつぶされるような痛みに変わる。余りの激痛で声を出すことさえ出来ない。意識が薄れ、全身に力が入らない。こんな簡単に終わるのか。死、というものを受け入れようとした時、突然俺を蝕んでいた激痛が消え去った。
「……なに……が……?」
絞り出すようにして声を出す。うつ伏せに倒れていた俺の視界に映ったのは光を放つラーズグリーズだった。暖かな光が全身を包み込み、力が戻ってくる。ようやく立ち上がると、無表情の中に少しだけ戸惑いの表情が見えるファルバウトがそこにはいた。
「その光は……? 精霊の加護か? しかしこれまでのヒトには無かったはず」
つまりはあの攻撃の前に今までやって来たプレイヤーたちは倒れていったということか。理由はわからないが、俺たちは耐えることが出来るらしい。倒せる希望があるということだ。
「たぁ! 『ファントムミラージュ』発動! 『飛燕連撃』!」
サラさんの放つ剣閃は、飛燕剣と同じ物だ。ただ、その剣閃の数が大きく違っていた。数えるのも馬鹿らしくなるほどの剣閃は、網目のように空中に満遍なくばら撒かれた。さすがユニークアイテムというだけはある。俺もレーヴァテインを持っているが負ける未来しか浮かばず、敵に回したくないと素直に思える光景だった。
一斉に剣閃がファルバウトへ襲い掛かる。両手で弾いているがすぐにその物量に押され始め、やがてその姿を剣閃が飲み込むと、光の奔流が広間の天井まで立ち上った。光が消えるとそこには片膝をつき、地面を見つめるファルバウトがいた。瞬きにも満たないような、数秒にも感じられるような静かな時間が流れた。だがすぐに拳を地面に叩き付け、ファルバウトは咆哮しながら顔を上げる。
「図に乗るなよ。貴様らはここに来るまでのフラグを発生させておらん。管理者権限ですぐに処理してやる。いや、精神体を抜き出して私の側で故郷が消える様を見せてやるのも良いな。どうせ昇華すればもうあそこは用済みだ。神の座こそが至高。遊びに付き合ってやる義理は無い」
ファルバウトは中空に指を差しなにやら操作を始める。すると半透明なライトブルーのウィンドウが現れ、にやりと俺たちを見て笑うと指先をトン、と押すように動かした。
『管理者権限の発動を確認しました。プログラムのエラー処理に入ります。…………現在、プログラムには重大なエラーは発生していません。アプリケーションは実行されませんでした』
ブツッとイヤホンを抜いた時の不快な音がして、合成音声はファルバウトの行動を嘲笑うようにその役目を終えた。
その結果を聞いて呆けたような顔をしているファルバウトの体から、大剣の刀身が生えると同時にファルバウトごと勢い良く壁に突き刺さった。
「残念だったな。あいつ言ってたよ。自分もこの世界を作った管理者の1人だって。俺たちは管理者が認めてここに飛ばしたんだよ。エラーになんてなるわけない」
説き伏せるような声色でシンさんが口を開く。右手を広げ、戻れ、と呟くとその手にはティルフィングがすっぽりと収まっていた。かわりにファルバウトが地面にどさりと倒れる。とどめを刺そうと大きく上段に構えたシンさんが急にその動きを止めた。
「……どうしたんです?」
つい尋ねたが返事は無い。ただ、無言でファルバウトが倒れた方向を見ているだけだ。シンさんに近寄ろうと動いたその時、広間に笑い声が響いた。
「ふひ。ふひゃひゃひゃひゃひゃ! ふひっひひっひ!」
その声の主は倒れていた男。さっきまでの雰囲気が思い出せないくらいの変化だ。
「ふひゃひゃひゃ! くそがっ! そういえばそうだったな。奴もある程度の権限は持っていたか。しかもご丁寧に精霊武器まで寄越しやがって。力が削られたせいで神の座が遠のいた。……貴様ら欠片も残さず消してやる!」
ファルバウトの右腕が盛り上がり、ぐねぐねと動くと赤黒い巨大な腕へと変貌した。ぱっと見だが腕の太さは俺の体くらいはありそうだ。針のような毛がまばらに生える醜い腕の先には紫色のカギ爪が5本しっかりと伸びている。その腕はまるで神というより悪魔に近いものがある。ずるずると地面を削りながら引きづると5本の線がしっかりと刻まれた。その見た目の通り鋭いようだ。
「がぁぁ!」
まだ距離があり、構えていなかった俺にファルバウトがその腕を鞭のようにしならせた。いや、実際にその腕は倍以上に伸びて俺に襲い掛かってきた。慌てて杖を構えたが、予想していたような衝撃は無く、視界の隅にはびちびちと飛び跳ねる巨大な手首が転がっていた。
「がっ! ぐがが……。貴様……!」
ファルバウトの憎しみのこもった視線は、あの瞬間、俺の側に風のようにして現れたシンさんに向けられている。ユニークアイテムに能力上昇効果でもあったのだろう、その動きに俺は全く気づくことが出来なかった。
「悪いけど俺、今かなり強いよ。――お前が作った武器のおかげでね」
嫌味を込めて笑うシンさんはなんだか悪役っぽい。まぁ見た目は光る剣を持った勇者様って感じだけど。
切り飛ばされた手首が光の粒へと変わり、空中に消えていった。ファルバウトの腕からも同じように光の粒が昇っていく。
「力が……。私の、俺の力が……。神に仇なす大罪ぞ! 貴様の精神を貪りつくしても飽き足らぬ! あの星の全ての命を蹂躙してくれるわ!」
消えた手首が再生し、ファルバウトの背中からは真っ黒の骨で構成された翼が生える。口からは犬歯が変化したような大きな牙が覗く。そこには最初の神々しいような雰囲気は無く、おぞましさだけがあった。
「あぁぁぁっ!」
ファルバウトの咆哮に呼応するように、辺りに散らばった武器がかたかたと鳴り始め、光の粒へと変化したそれがファルバウトの体に吸収されていく。削られた力を少しでも回復するかのような行動だった。確実に、俺たちが持つ武器があいつにとって痛手だということか。それならばどんどん攻撃した方がいい。そう考えて俺は、新しく頭に浮かんだスキルをレーヴァテインに命じた。
「なぎ払え! プロミネンスレイ!」
杖の先端から真紅の光線が放射される。言うなれば超長距離の剣みたいなもんか。光線が、庇うように差し出されたファルバウトの右腕に触れると、その表面を焼き尽くしていった。……剣じゃないな。普通の剣と違って防御さえさせないんだから。ファルバウトのくぐもった苦悶の声が聞こえる。それはしばらく続いていたが、プロミネンスレイが消えるとようやく止まった。腕がだらりと垂れ、直撃した部分からは黒煙が上がっている。追撃しようと構えたが、ファルバウトの全身を覆い隠すように、背中の翼から黒い霧が発生した。
「何ですかねあれ。良い物じゃないことくらいしかわかんないですけど」
「同感だね。取りあえずは近寄りたくはないかな。まぁ様子見にちょっと魔法でもッ……!」
答えてくれていたサラさんの声が途切れる。ファルバウトを包む黒い霧から突然、槍のような鋭い物が飛び出してきた。慌てて避けたサラさんの足元に、ずるりと突き刺さったそれはファルバウトの翼のようだった。刺さった場所はぐずぐずと溶け出し綺麗な穴が空く。
「うわぁ。やってくれるね。当たってたら風穴が空いてたとこだよ。ケイスケ、ちゃっちゃと魔法ぶち込んで」
睨むような目つきに変わったサラさんに従うことにして、フレイムスピアを発動させる。真っ直ぐ飛んで行ったそれは、溶け込むように霧と同化してしまった。命中したような手ごたえも何も無い。吸収されたっぽいな。
「ふーん。じゃ、次は爆発するやつね。ばんばん試してみようか」
頷いてエクスプロージョンも使ってみる。爆発指定地点は黒い霧の中心。ついでに連続魔法も発動させてみよう。
試してみたものの、うっすらと霧の中に光が見えた程度で爆発さえ起きなかった。あの霧は魔法吸収、もしくは無効化してるのは確かだな。そこまで考えた時、不意に足元がぐらつく。この感じは魔力を使い過ぎた時と同じだ。そういえばこの杖のデメリットにそんなのがあったな。ポーションを取り出して一気にあおると人心地つく。
しばらく打開策も無いまま、飛んでくる翼を避けるだけの作業が続いた。




