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ふわふわとした感覚が体を包んでいる。
ゆっくりと目を開けると、あたりには様々な映像が流れていた。巨大な象を追いかける人間たち、水田で作業をしている人もいる。突然ノイズが走り、場面が切り替わる。同じ格好をした人間が整列し、その手には銃を持っていた。飛行機や戦車が闊歩する戦場でたくさんの人間が戦っている。やがてそれらの映像は消えていき、たった1つだけが残った。
ローブを着た人間が手から炎を出し、またある人間は空を飛んでいる。ようやく、俺はこれらの映像が過去の俺たちの世界の映像だと気づいた。進化を遂げた人類は超常の力で持って星に君臨していたのだ。しかし、それは天から落ちてきた光によって全て吹き飛ばされていく。命ある者が消滅し、大地は裂け、海は沸騰しマグマがあちこちから噴出する。それは星の誕生を思わせるものだった。そしてまた、最初の映像が流れてくる。これが何度も口返された世界の再生なのだろう。
突然映像が消え、俺は体を揺すられる感覚で目を覚ました。
ベッドから起き上がると、そこにはサラさんが眉間にしわを寄せ、少し心配そうな顔で俺を覗き込んでいた。
「うなされていたようだけど……。大丈夫かい?」
「ええ。少し嫌な夢を見たからかもしれません」
「そう……。まぁ仕方ないかもね」
そう言うとサラさんはベッドから離れていく。あの夢を見たのは俺だけだったのだろうか。あの夢のような、繰り返されるゲームを終わらせるためにも俺は全力を尽くさねばならない。そう思うと肩に力が入る。インベントリからレーヴァテインを取り出し、先端にある宝玉をじっと見つめていた。
「みな、目が覚めたようだね。準備が出来たら教えてくれ。ファルバウトが居る空間に送ってあげよう」
ドレイクさんの服装は変わっていた。白のローブに身を包み、どこぞの神官のような姿だ。顔にあった傷跡も消えている。これが本来の姿なのかもしれない。
「ファルバウトはこのゲームの最後のイベントボスとして別の空間に身を隠している。本当ならばその場所に行くためのイベントもいくつか設定していたがね。私も作成に関わった管理者のようなものだ。イベントをすっ飛ばしてその場所に送るくらい出来る。既に何人ものプレイヤーを送ったが、この世界に変化が起きていないということは失敗したということだ。くれぐれも気をつけてくれ」
眠る前に少し話を聞いたのだが、トップクラスのプレイヤーはその精神が半分吸収されているようなもので、戦力として扱うことは出来ないらしい。そのため、中堅クラスのまだ精神汚染の少ないプレイヤーから選び出したということだった。俺たちが装備している、ラーズグリーズを汚染される前の精神に戻す効果を持つアイテムとして密かに組み込んだそうだ。神へと昇華する直前はその力がかなり弱まるそうで、この機会をずっと待ち望んでいたらしい。
「じゃあ、行きましょうか」
そう言うと2人が俺たちの元へやってきた。もちろん、その手にはユニークアイテムを携えている。
「武器には精霊を殺すためのルーン文字を刻印している。ゲームのシステムから外れた我ら精霊はファルバウトに傷を付けられないが、プレイヤーとしての君たちなら話は別だ。武器の特殊効果として組み込めば奴にそれを回避する方法は無い。『AnotherWorld』の発動には全ての精霊が力を込める必要があるからね。私が反旗を翻している以上、絶対に解除はしない、いや出来ないさ」
足元に魔方陣が描かれ光を放ち始める。俺たちの後にも送られるプレイヤーがいるかもしれないが、彼らに希望を託すことはしないつもりだ。ただの食料として食われるつもりは毛頭無い。必ず報いを受けさせてやる。
視界が波打つようにぼやけ始め、体を浮遊感が包む。ワープポータルを利用した時とよく似ている。ぐっと目を閉じ、やがて来るその時を待った。
体から浮遊感が消え、足元がしっかりとしてくると俺は目を開けた。
長い廊下だけが続く、青白い空間。大理石のような素材で作られたこの廊下はそれ自体が発光しているようだった。後ろはただの壁だけが存在し、後戻りはもう出来ない。
「さぁて、世界を救う勇者さまになりにいくとしようか」
おどけたような調子でシンさんが明るい声を出した。俺もそれに乗っかっていく。
「うちの生徒会長は世界を救った、なんて学校の歴史に残る大偉業ですね」
「君たちの生徒は素晴らしい生徒会長を持って幸せだね」
サラさんも笑顔で俺たちに混ざる。いつもの雰囲気になり、自然と深刻だった気分も明るくなる。
「ま、暗い雰囲気は『戦う生徒会』には似合わないさ。何でも楽しく、がモットーだろ?」
あぁ、さすがだ。こんな気配りはシンさんならではだ。きっと生徒会でも慕われているんだろう。俺も戻れたらこの人と一緒に生徒会を盛り上げていきたいと思う。
「……戻ったら俺、生徒会に入りますよ。シンさんに色々教わりながら頑張ります」
「おぅ。やっと決めたか。戻ったら忙しくなるな」
シンさんは嬉しそうに笑う。つられるようにサラさんも一緒に笑っていた。
しばらく進むと、壁が途切れ、そこにあの映像が映し出されていた。2人は興味深く見ていたが、やがてどちらともなく胸糞悪いと呟いた。
「これって昔の地球だろ。そんなもん見せやがって気分悪いな。もうこの人らはいないけど、ファルバウトってのに会ったらぶん殴って謝罪させてやろうぜ」
「同感だね。許されることじゃない」
俺も頷き、また歩き出す。すると行き止まりになった所に大きな扉が行く手を遮っていた。この扉を開ければとうとうご対面だ。3人で考えた、丸坊主で土下座という古き良き日本式の謝罪をさせてやるためにその扉を開けた。
ごぅん、と重々しい音が響き開いた先に男が立っていた。それはまるで彫刻のように美しい男だった。こいつがファルバウト、人類の敵。
ファルバウトの周囲には折れた杖や弓、剣が散らばっている。それは間違いなく、俺たちより前に来たプレイヤーが敗北した事実を物語っている。ひゅ、と息を呑む音は俺から出たものか、一瞬にしてその雰囲気に呑まれていた。
「……またか。あやつもご苦労なことだ。神となる私への妬みか、卑しい精神に成り下がったものだな」
俺たちに向けられた視線は、敵としてではない、まるでうるさく飛び回る羽虫を見るようなものだった。
それが切欠となったのか、一気にシンさんとサラさんが距離を詰め剣を振るう。ファルバウトはただ、気だるそうに腕を伸ばした。
金属がぶつかるような音が鳴り響き、2人の攻撃はその腕で受け止められていた。今までの格上ボスは確かに強かったがそれでも攻撃は通っていた。しかし今回は完全に攻撃は通らず、その桁違いの能力を俺たちに示していた。
「くだらん。この世界に深く染まりきった人間を対象として私はその能力を設定している。その程度の力ではせいぜい精霊を組み込んだイベントを攻略するのが精一杯だろうに」
腕を振ると衝撃波が発生し、2人が吹き飛ばされる。
散らばっていた武器も、がしゃがしゃと音を立て飛ばされていった。
「私はまだやることが残っている。さぁ早く消えてくれ」
ファルバウトの全身からあふれ出た魔力が俺たちを包み込んだ。




