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「飛燕剣!」
4人に分身したサラさんの連続攻撃がその場に爆発する。光り輝く剣閃があらゆる方向から男に飛び掛り地面ごと吹き飛ばした。辺りにはハーブの花や茎が飛び交い、抉られた土が雨のように降り注ぐ。俺も煙の中に動く影を見つけ、狙いを絞った。
「地走り!」
「エクスプロージョン!」
ほぼ同時にシンさんも攻撃していたようで、2人分の強烈な爆風が巻き上げた煙が周囲に広がった。かなりのダメージがあったはずだ。いや、もしかしたら倒したかもしれない。
「……やったか!?」
「ダウト」
かぶせるようにサラさんが答える。やや呆れのこもったような視線を向けられてしまった。
「そのセリフは古今東西、敵の生存フラグと決まってるんだよ」
「なるほど。失敗した、かな?」
やがて、辺りも収まってきたころ、ようやく俺たちはあの男の姿が無いことに気づいた。残されていたのは大きく抉られ、その周りを黒く焦げ付かせた地面だけだった。
「どこへっ!?」
その問いに答えられる人はいなかった。俺自身も完全に見失い、必死で周囲を見回すが影も形も無い。
警戒しながらも、その場から1歩足を踏み出した時、ぞわりと何か冷たい物が背筋を撫でる感覚がした。
「ぐっ!」
何かに急かされるように慌てて飛び退いた俺の真横を、一筋の光が通り過ぎて行く。広場の石壁にぶつかり止まったそれは、間違いなくあの男の持っていた剣だった。かなりの力をこめて投げられたのか、突き刺さった剣は的に射られた矢のように柄を震わせていた。
「外したか」
頭上からそんな声が降ってきた。思わず視線を上げると、大きな穴の空いた天井の近くで男がぶら下がっていた。その左手は肘の辺りまで深く突き刺さっている。攻撃される瞬間あそこまで跳んだのだろう、人の皮を被ったボスらしいあり得ない回避方法だ。しかし、完全に避けられた訳では無さそうで、服は汚れ、所々生地が破れていた。
べきべきと天井を破壊しながら男は左手を引き抜き、落ちる寸前に体勢を変え天井を蹴りつけた。その衝撃を利用し一気に剣の元へと跳んでいく。止めようとしたはずだったが何故か体を動かすことが出来ず、ただその光景を眺めることしか出来なかった。
「さっきの攻撃、素晴らしかった。恐らく君たちが出来る最高の攻撃だったのではないかな?」
「ま、そうだな。少しはあんたも痛かったろ?」
自信ありげな顔でシンさんが答えている。しかし戦闘中に話しかけるボスなんて新しい。余裕って感じだな。
「それなりにね。だがこの程度では私は倒れんよ」
「だろうな。出来るなら逃げ出してレベルを上げて再挑戦したいんだけど、そうはいかねぇのさ!」
「良い気迫だ。それでこそ我らが望んだ戦士」
シンさんは大剣を振り回し、嵐のような攻撃を仕掛ける。攻撃の余波で地面が陥没し、礫が舞っていた。
加勢しようにも魔法は通じない。それどころか、このような状況では同士討ちになってしまう。――いや、待てよ?
「サラさん! 少しいいですか」
「なんだい? 手短に頼むよ」
軽い返事をされた俺は、とある戦法をサラさんに告げることにした。
「いや、それは確かに良いかもしれないけど、一撃で倒せるのかい? ちょっとだけ体力削って終わりかもしれないよ?」
「もちろんその可能性も有るでしょうけど、さっきあいつこう言ってました。『我らが望んだ』って。ドレイクさんを信じるなら彼もこの世界を終わらせたい1人なんです。覚悟を見せればきっと……!」
「だといいけど。ま、今のまんまだとジリ貧だしやってみよっか! 先に謝っとくよ」
「気にしないでください。俺の作戦なんだし」
すぐにポーションを取り出せるよう、持っていた杖をインベントリにしまいこむ。俺は爆発音の響く戦場へと走り出し、その少し後ろからサラさんがついてくる形だ。そんな俺たちに気づいたシンさんが、動きを一瞬止めた。そして一閃。
シンさんを真一文字になぎ払った男から、ちょうど真後ろに俺は位置取っていた。運よく気づかれず、そのまま男を羽交い絞めにする。
「むっ!? 何をしている! こんな意味のないことっ……!」
逃れようと暴れる男が、その言葉に詰まった。少し動いていたために勢い良く走りこんでいたサラさんが視界の端にでも映ったのだろう。
「まさかっ!」
ここまでくれば想像がついたか。この作戦は、俺を囮にサラさんの一撃必殺を狙うものだった。魔法が通じないなら俺はいても意味がないし。プレイヤー間の攻撃はどんなに頑張っても体力の7割を削るのが限度という仕様だった。つまりは敵ごと貫いても死ぬことはない。サラさんの精神的な問題は別だが。
「やあぁぁぁ!」
長剣が俺の背中を貫いていく。どん、と背中を押されたような衝撃があるが、動けなくなるなどの問題は発生していない。俺の残り体力を示す赤いバーが気持ちよいくらい削られていくのが視界に映る程度だ。ま、7割きっちり持っていかれるかな。これで倒せたらいいんだけど……。
ずるりと引き抜かれる長剣を確認し、一気にポーションを浴びる。崩れ落ちて膝立ちの状態でピクリとも動かない男が不気味だ。とりあえずは体力も回復したので杖を取り出し、おそらく意味がないだろうが魔法を発動させる準備だけはしておく。
「いやぁ見事だ。ちょっとこれは思いつかなかったなぁ」
何事もなかったように立ち上がる男。その顔は笑顔だ。
「上手く対人制限を使ったねぇ。他にやって来たプレイヤーはごり押しだったけどなかなか面白かった」
やはり、この人もシステムから離れているようだった。ゴーレムと違いアナウンスが無かったことも、俺にあの作戦を思いつかせた一因だった。その時、吹き飛ばされていたシンさんが戻ってきた。あの一撃は体力をぎりぎりまで削っていたが、今はもうほぼ全回復していた。
「倒したのはいいけどさ、ちょっとなぁ。自己犠牲とか止めてくれよ」
べしべしと手刀で俺の頭を小突く。もちろん俺もやりたくてやった訳じゃないしそのあたりはきちんと説明しておく。
「それで、これはどうなのかな? 一応イベントクリアとして扱うの?」
サラさんが尋ねると男は頷き、持っていた剣を渡した。
「おめでとう。これがイベントの報酬、ユニークアイテム『オートクレール』だ。私は不完全な力しか出せなかったが、君なら使いこなせるかもしれないね」
そう言うと男は姿を消した。
風の音だけが流れるこの広間で、俺たちはゆっくりと休むことにした。




