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翌日。
装備を一新した俺たちは、ようやくソフィアに向かって出発した。もちろん、ポーションを分けてくれる方が遅れようと問題にならないし、してはならない。ソフィアを出て、記憶を頼りに洞窟へ向かう。サラさんに頼まれて探検したのが遠い昔のように思える。あの時はこんなことになるなんて想像もしていなかったな。
ひんやりとした空気の中、ひたすら先を進んでいく。道順は解明されておらず、2人は俺の行きたいようにすればいいと言ってくれた。その言葉に存分に甘え、勘を頼りにひたすら歩く。途中、モンスターも沸いていたのだが、今の俺たちは苦労することなく倒していった。
「こっち、だと思います」
何かに引き寄せられるように、奥に進む道を指差した。これもある意味イベントと言えばそうなのだから、フラグが立ったのかもしれない。きっと目的のユニコーンはこの先だ。
「正解、だったみたいだね」
少し進んだ所でサラさんが口を開いた。
遠くに見える出口は、洞窟とは思えないほどの明るさで俺たちを待っている。俺たち3人の間に、張り詰めた空気が流れた。出口から流れてくる風が質量を持って肌を刺してくるような感覚を覚える。杖を持つ手がじんわりと湿り気を帯び、頬を汗が流れ地面に落ちる。
「……行くぞ」
シンさんが音頭を取り奥へと進みだす。釣られて俺たちも後を追う。
あの時と変わらない、洞窟内部とは思えない程明るい部屋。そよ風が足元のハーブたちを揺らし色鮮やかなうねりを生み出している。そして中心にある石碑がぼんやり怪しく光り出し、俺たちにイベントの開始を告げているように見えた。
『よくぞ来た』
低い声が頭に響く。突然その姿を現すのは変わっていなかった。まるで初めからその場にいたように黒いユニコーンは俺たちの目の前に存在していた。光を飲み込んでしまうような漆黒の馬体は健在だった。今回は即、町に戻されるなんてことはことは無さそうだ。
『我が真の姿、その目で見るがいい』
その声とほぼ同時に黒いユニコーンを眩い光が包む。一瞬、視界が光に覆われてしまい、相手を見失ってしまったかと慌ててしまった。だが、不意打ちをするような相手ではなかったようだ。先ほどと変わらずその場に立ってはいたのだが、その姿が大きく変化していた。
腰まで伸ばした黒い髪。均整の取れた体によく似合っている美しい長剣が光の乱反射で煌く。グレーに染まった服装はチャイナドレスによく似ているが、本人の整った顔立ちのおかげで特に違和感が無い。
「どうかな? 遥か昔に私の主だったお方の姿を借りた物だが。さすがにあの方の力までは再現できないがね」
そう言って肩を竦める。恐らくそうだと思っていたが、声を聞いて男性だと確信した。実際、中性的な顔と言っても感覚で性別はわかるのかもしれないな。1歩踏み出し、男は気だるげに切っ先を地面に触れるぎりぎりまで下げた。
男の持つ長剣は刀身が軽く反った片刃剣だ。透き通るような淡い紫の刀身が幻想的に輝いている。見た目はまるで日本刀のようだった。まぁ、どこかで刀は出てくると思っていたが、こんな所で出てくるとはね。
「さ、戦闘開始といこう」
まるで買い物にでも行くような軽い声色で男は刀を振るう。距離はあったが、刀を振るったことで生まれた風が、俺たち3人の間を通り過ぎていく。
次の瞬間、全身に衝撃が走り、思わず膝を突く。HPバーが2割、俺に至っては3割ちょい削られている。
「……ダメージ? ちっ、攻撃されてたってか!」
いち早く体勢を立て直したのは前衛2人。さすが、と言ったところだ。それにならい俺もポーションを使いながら立て直す。男はその場から動いていない。ただ、刀を持つ手を腰まで下げ左半身を少し前に出す、見たことのない構えを取っていた。
「……一応、攻撃範囲が見た目通りとは思わないように。刀身を見せない構えなんて射程を測らせないために使うみたいなもんだからな」
何でそんなことを知ってるのだろう、などと無粋は突っ込みはしないでおく。生徒会長たる者、知識が豊富なのは良いことだ。それにさっきの遠距離攻撃もあったし、油断出来ないのは重々承知している。俺とサラさんは返事の代わりにそれぞれの武器を構えた。
「はっ!」
恐らく、相手の戦闘方法はサラさんと同じタイプだろう。スピードで敵をかく乱し、隙を突いて連続攻撃を叩き込む。サラさんから教えてもらったが、彼女が使う2刀流スキルは、防御を捨てて攻撃に全てを賭ける、というスキルではないらしい。左手に持つ剣で相手からの攻撃を受け流し、そのまま右手の長剣で攻撃を行う、防御と攻撃を一まとめにすることで相手の一瞬の隙を見逃さず、また、自身の隙も出来る限り減らすというものだそう。
今回の相手は長剣1本のみ。相性は良さそうに思えた。そう思ったからこそサラさんも飛び出したのだろう。
――金属音がして攻撃エフェクトが派手に散ったのが後ろからでも見えた。その火花のような効果は武器同士がぶつかったことを示す物だったはず。盛大に鍔迫り合いでもしているのだろうか。受け流すことが多いサラさんにしては珍しい。
「……そうそう、言い忘れていたがこの剣には特殊なスキルがあってね」
「その名も『ファントムミラージュ』。これを使えばあらゆる斬撃に実体のある幻が発生する。たとえ実剣の一撃を止めたところで幻影の一撃が襲い掛かるのだよ」
男の呟きが聞こえた。
うめき声と共に、サラさんが崩れ落ちる。視界を遮る物が無くなった男と、俺の視線がかち合った。
刹那、雨上がりに燕が鋭く飛ぶように、男が地面すれすれを一足飛びで俺に向かってくる。対応が遅れたことで、完全に無防備となっていた俺はこのまま切り裂かれるのを待つだけだったのだが――。
「させっかよっ!」
大地を揺らす爆音と白煙で目の前が覆われる。
シンさんが突っ込んで来てくれたおかげでなんとか助かったみたいだ。礼を言おうとシンさんの顔を見たのだが、厳しい顔つきでちらりともこちらと目を合わそうとしない。いつもならすぐに声をかけてくれるのに、と思っていたときだった。
「なかなか良い一撃だったね。私でなければ吹き飛んでいただろう」
煙が晴れていき、男が無傷で現れた。驚くべきことに、剣に手を添えて大剣の一撃を受け止めていた。全く後退することもなくあの爆発にも耐え切ったということか。涼しい顔で立つ男がそこにいる。そして、信じられないものを見た。
気合の篭った声と共に、男はそのまま押し切ってシンさんを弾き飛ばした。普通なら大剣を受け止めることなど出来やしないと思うのだが、さすがはボスといったところか。ユニーク武器も伊達じゃないな。
「君は強そうだからね、本体も合わせて3本にしておいた。まぁ最大数だが……倒れることは無いか」
弾き飛ばされたシンさんが着地すると同時に、体に2本の光の筋が走った。たたらを踏むが、倒れることはなく、しっかりと大剣を構えている。さっき言っていた3本というのが斬撃の数だったのか。無限に出せるなんてことがなくて助かった。
俺もこのまま棒立ちしている暇なんてない。相手は一応人間の姿をしているし、生物系の敵だと仮定して雷魔法を放つ。大技を使うのはまだ早いと思い、麻痺を狙ったものだ。爆発で視界が悪くなるのは避けられた時を考えるとかなり痛い。様子見のついで、ということだ。他の魔法より、敵に飛んでいくスピードが速いのもここで使った理由の1つではあるが。
「ふっ!」
発動時の俺の声に反応し、振り向き様に剣を振り上げた。サンダーボルトはその役目を果たすことができず、まるで布切れを切り裂いたように綺麗に分かたれ霧散していった。おいおい……。魔法を切る剣なんて聞いてないぞ。恐らく、他の魔法も同じような運命を辿るだろう。まぁ、爆発を切ることは無理だろうから攻撃手段はほぼアレだけか。
固まった俺を見て、男は楽しそうに微笑む。マジックに成功した子供のようだ。
「さすがに想像もしていなかっただろう? 魔法を切るなんてさ」
嬉しそうな顔で話しかけてくる男から目を背けられない。そんな俺に満足したのか、男はそのまま続ける。
「普通、魔法とは触れた時点でその効果を発動させるんだけどね。この剣が生み出す幻影は魔法に対して優位に立つことが出来るのさ。切り裂くという事象を物だろうが魔法だろうが関係無く起こすことで全てを切り裂く。何人も汚すことの出来ぬ気高き剣に相応しい力だ」
うっとりとした表情で剣を見つめる男。そして俺は見た。背後から疾風のように現れたサラさんを。




