6
「グォォォ!」
振り上げた右腕を一気に地面に叩きつける。大の大人を3人並べたような巨大な腕が大地を陥没させ、石つぶてがマントに跳ねて軽快な音を奏でた。前線に出る2人の動きは今までに無いほど速い。恐らくステップや移動スキルを使い放題なんだろう。この1撃当たればその時点で終了という綱渡りの戦闘では出し惜しみなどするはずも無い。
俺は動けない。この状態で魔法を撃てば確実に巻き込む。握った拳の中にじんわりと汗が滲んでいくのがわかる。どちらかのスタミナが切れた時、スタミナポーションを飲む数秒間だけ戦線を保てばいい。それが戦闘を始める寸前に決めたことだった。
「魔術師は俺達みたいに回避はできん。まずは待機な。あのデカブツがどんなプログラムで動いているのかがわからんことにはやり様がない。瞬間火力だけでターゲットを決めるのか、攻撃を受けていた時間か、もしくはアイテムや魔法に反応するのか。最初は俺とサラ姉で全開の戦闘だ。スタミナ限界までやったらすぐに引いてポーション、ケイスケに連続魔法で数秒稼いでもらう。回復した俺達がすぐに前線に戻る。それの繰り返しでやるしかない」
横で頷いているサラさんも異論は無いようだ。俺も他に思いつかないので、言われた通り2人の動きに集中し、いつでも攻撃の準備だけはしておくことにする。
現れた場所から微動だにしないゴーレムは電池が切れた玩具のようだ。細長い頭部には宝玉があった穴が1つ目の巨人の顔を思わせる。地面まで届くような長い両腕は全体のバランス崩すような太さ。それらを繋ぐ胴体は下半身に向かうにつれて広がり、立派な4本の足が巨体を支えていた。
「よし! 気合い入れてくぞ!」
シンさんはゴーレムとの距離を詰め、その正面に立つ。反応したゴーレムがその長い腕で正面をなぎ払うが、その動きを読んでいたのかバク宙で上手く避けると、地面が抉れるほどのダッシュで隙だらけになった脇腹へ飛び込み大剣をフルスイングする。自動車事故のような衝突音がして一瞬だけ動きが止まる。
剣閃を飛ばして攻撃するサラさんだが、ゴーレムの表面が欠ける程度でダメージは通っていない。それでも攻撃の起点を潰したり、発生を遅らせることは出来ていた。見た限り、人間でいう肩や首のような間接部に攻撃すれば少しは動きを止められるようだった。俺もまずはエクスプロージョンといきたいが、爆発や土煙で敵が見えなくなるのが痛すぎる。あれは確実に倒せる時じゃないと命取りになりそうだ。フレイムスピアで間接部を狙い撃ちが良さそうだな。
「そろそろ切れる! いったん抜け!」
シンさんが叫び、後退して距離を取る。しかしゴーレムは俺達に目もくれず、シンさんを追いかける。こいつは自分に最もダメージを与えた相手を狙うようだ。つまり、距離を取ろうにもゴーレムがすぐに詰めることになる。今俺にはターゲットを変更させるほどの攻撃が求められていた。ならばフレイムスピアの目標は……。
「そこだっ!!」
俺が狙ったのは首だ。あの細長い頭部に衝撃を与えて注意が向けば、と考えた。スキル『連続魔法』で放たれた2本の槍が突き刺さる。1本は上手く頭部と胴体の連結部に刺さったが、もう1本はかなり外れて腕に刺さる。少しヒビが入ったが問題は無さそうでその動きに鈍った様子は見当たらない。そして相も変わらずシンさんを追い詰めていく。
このままではまずい。逃げるにもステップを使っている為にスタミナを消費しているはずだ。スキルも使わず後ろ向きに走って逃げられる相手ではない。完全に無防備になるが、剣を収めて走るしか道は無かった。そうしているうちに、シンさんは顔を歪ませていく。恐らくスタミナが残り僅か……。
サラさんも直接攻撃に切り替え、ターゲットを変更させようと必死だ。しかしそれを気に留めることは無くゴーレムの歩みは止まらない。
歩みか……。それなら!
「離れてください!」
腹から叫んで、サラさんが離れるよう促す。ゴーレムは前進を拒む障害が無くなったことで、その移動速度を上げていく。
「エクスプロージョン!」
空気を振るわせる爆発音。
連続で起こった爆発は、あの巨体を支える4本の足の中心部を狙ったものだ。……もしこれでもダメならお手上げだな。
前進を止めたゴーレムは体を軋ませながら俺へと方向転換を行う。――成功だった。
幸運は続くもので、その足へのダメージはそれなりのものだったようだ。移動速度がかなり低下している。ゆっくりと近づいているゴーレムなどただの的に近い。詠唱破棄でどんどん魔法を放つ。その隙にサラさんもスタミナを回復してもらい、一気に体勢の立て直しができた。これでひとまずは俺の役割は終わりになる。マナも心もとないしターゲットが変わったら回復しなければ。
「飛燕剣!」
サラさんのスキルはまたしても表面を削るだけに終わった。
欲が出てしまったのか、サラさんは不用意に距離を詰めてしまった。刹那、間合いに入った愚かな獲物に向かってゴーレムは地面を削りながらその腕を振り上げる。まるで塹壕も同時に作る気かと言いたくなる様なその1撃は、終わった、俺にそう思わせるのに十分過ぎるものだった。サラさんは眼前に迫る暴力から目を逸らすことなく、ただ、口元に笑みを作り、だらりと腕を垂らしている。それはミスした自分自身を嗤っているようかに見えた。俺はその瞬間から目を背ける。
できるなら仇は取ります。失敗したらごめんなさい。
――大地を揺らす音の変わりに、金属が砕ける音がした。
一体何だとばかりに目を開けた俺は、それが大剣を盾にサラさんをかばったイケメンさんのものだと気づいた。シンさんはその場に居たサラさんを突き飛ばし、巨大な腕から守ったのだった。御伽噺の騎士を思わせるシンさんだったが、大きな代償を支払うことになっていた。
愛剣は真ん中からへし折れ、シンさん自身、その場から立ち上がることさえできないようだ。いや、剣を杖代わりにようやく膝立ちが出来ているといったところか。完全に死ぬ1歩手前。糸が切れたように前のめりに倒れこむシンさんのHPバーは残り1割まで削られていた。
俺はインベントリから大急ぎでポーションを取り出し投げつける。放物線を描いてポーションは飛んでいき、シンさんの体にぶつかると、中の回復薬が溢れる。なんとか立ち上がることができたシンさんはすぐにその場から離れる。直後、ゴーレムの腕が大地を陥没させた。
「ご、ごめん……。私がミスしたせいで……」
サラさんとは思えない、弱気な声だった。さすがにかばわれるなんて想像していなかったのだろう。俺もまさかあの状況で他人をかばうなんて思ってもみなかった。こんなの聖人も真っ青だ。俺が女性だったら惚れていたかもしれん。
「気にしない気にしない! つか武器壊れた方がでっかいな。どうっすか」
相変わらずのシンさんで安心したが、確かに武器が壊れたのは問題だ。ゴーレムがまだまだ元気であることを考えればかなり厳しい。
「そうだな……。ケイスケ! ちょっとタゲ頼むわ!」
突然何を言うんだこの人は。ぎろりと睨むと笑顔を浮かべてサムズアップしている。何かいい手が浮かんだのかな? ジリ貧だしここはシンさんを信じて行動するしかないか。何だかあの人を見ていると不思議と心が落ち着いていく。やるだけやって、死んだら仕方ないか。後で文句は言うけどな。
その場から二手に離れ、ちょうど対角線で結ぶような位置取りをする。そしてゴーレムの足元にエクスプロージョン。また足にダメージが蓄積されちゃったみたですな。感情があれば憤怒の表情が見れたかもしれない。まぁ問題無くこちらの思惑通り引っかかってくれたようで、ターゲットを俺に変更し、こちらに向かって歩き出す。まだ距離はあるが、あの腕の攻撃範囲はそれなりに広いので、さすがに油断してると簡単に死ぬ。かすっただけでも三途の川超特急だろう。どうにか後退させられないかと魔法を撃つが、腕を引きずりながら、じわりじわりとゴーレムは距離を詰めてくる。……なんだか死神に見えてきたのも仕方ないと思う。
「はっ!」
そろそろ限界だと思った俺が逃走準備をしたその時だった。サラさんがゴーレムの体を駆け上がり、両手でマインゴーシュを頭頂部から真っ直ぐ突き刺す。そのまま、サラさんは俺に向かって走り寄ってくると腕を掴み、安全な位置まで高速移動で連れて行かれた。速すぎて、腕が抜けるかと思ったわホントに。
「あぁぁぁぁっ!」
野性味溢れる咆哮が聞こえてくる。半ばから折れた大剣を担ぎ、自身目掛けて振り下ろされる腕をステップで回避し、地面と繋がったその腕を駆け上る。肩まで登ったシンさんはそこから大きく飛び上がると、先ほど頭部に突き刺したマインゴーシュ目掛けて大剣を振り下ろした。あれは岩を砕く時に使われる方法だが、あの巨体を倒すには頭部を狙うのが一番可能性が高い。あの2人はそう考えたに違いない。
楔となっていたマインゴーシュは、シンさんに更に内部へねじ込まれたことでその役目を果たした。ゴーレムの頭部に大きなひび割れが走っていき、綺麗に等分されて地面へと落ちていく。その瞬間、ゴーレムから感じていた押しつぶされるようなマナは消え、その動きが止まった。ジュエルキーパーとしての役割をこの一撃で終えたのだった。
「しょおーーーーり!!」
ぼろぼろになった剣を持ち、胴体の上でピースサインを作るシンさんは、世界で1番頼りになる存在に見えた。
格上ボスなのに苦戦した様子に見えない?
作者の力が足りないからさ!




