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まさかこんな強烈な光を放つとは。
想定外の出来事にパニックになりそうだったが何とか自制した。これが生身だったら視力に悪影響が出ていただろう。まぁ抗議してもドレイク……さんは取り合わないだろうと思う。彼は彼の目的を達成することを何より優先しているようだったから。
「何なんだよ今のは……まだ視界がチカチカしてんだけど」
「不意打ちだね。というか、視界がちらつくなんてただの思い込みじゃないかい? 視神経なんて通ってないだろう?」
軽口が出るなら問題は無さそうだ。それでも周囲を警戒するような鋭い目つきをしているのはさすがだと思う。
2人は立ち上がって互いに背中合わせになり、目をこすりながらも自分たちに何が起きたのか尋ねてきた。
「さっき言った通りです。今なら少し考えが変わるんじゃないですか? もう一度思い出してみてください」
俺はそう言うと、周囲への警戒は必要ない事も告げた。ここには侵入できそうな場所は無いし。しばらくうんうん唸っていた2人が顔を上げる。そこには、宿屋で見た少し呆れた表情ではなく、不安が透けて見えるような目をした2人がいた。ドレイクさんを信じるなら解放されたことになるのだろう。取りあえずは本人からの説明で落ち着いてくれればいいんだけど。
「やぁ。こんばんは」
優しい笑みから胡散臭い笑みにランクダウンした微笑みを貼り付けたドレイクさんが現れる。音も無く現れるのは悪役にしか見えない。確かに俺たちが生まれる前の地球の人類の仇になるから悪役と言えばそうなのだが……。
改心して計画を潰そうとするだけありがたいと思うべきだろう。2人があの話を聞いてどうするかによるけど。
「――という訳だ。理解してもらえたかな?」
俺が真っ白い天井を眺めていた頃、2人はドレイクさんの説明に聞き入っていた様子だった。腕組みをして真剣な表情で悩んでいるシンさん、目を閉じてうつむいたままのサラさんは今どんな心境なんだろう。俺みたいに取り乱さないだけでも尊敬できるし、きっと2人なら何か答えを出してくれるはずだ。俺はじっと2人の考えがまとまるのを待つことにした。
少し経ち、ぽつり、とシンさんが呟いた。
「仕方ないな。俺はやるよ」
同時にサラさんも。
「やらなくても消えるんならやってみるべきだね。上手くいけば私に英雄になるんじゃないか」
冗談を言えるその精神力はすごい。
それは置いておくとして、俺達はどうするべきなのかを知らなくてはならない。代表してシンさんがいくつか聞き出した。
「さて、私に同調している精霊達を、このゲームに置ける最高の武器として設定しておいた。残念だが私が取りに行けばシステムエラーとして『彼』に伝わってしまう。君達自身で入手してもらうしかない。場所はウルの村裏手の森、ソフィアの町近くの洞窟だ」
「もしかして! 黒いユニコーンのことじゃ?」
つい声に出してしまった。あれはやはり重要イベントだったのか。
「うむ。他にもあるのだが、君達が持つ武器では無いからね。ちなみに森の奥にあるのは、とある宝玉だ。それと黒ユニコーンを倒して長剣を手に入れたら一度戻ってきて欲しい。その2種類を利用すれば大剣を作り出すことが出来ると思う。腕輪を2人にも渡しておこう。私と『彼』の実力差から言って、現実時間でおよそ1週間、『AnotherWorld』の鎖から解放することができるはずだ。しかし急ぐに越したことは無い」
「おう。んで、『彼』って名前とか無いの? さすがにそれくらいは俺らも知る権利があると思うけど?」
シンさんの言うことは最もだ。倒すべき敵の名前も知らないなんてそんな間抜けな話は無いと思う。3人の視線に押され、ドレイクさんはその名前を教えてくれた。
「ファルバウト。それが君達の敵の名であり最も強き者。普段ならば万が一にも勝機は無い。しかし『AnotherWorld』を発動させている今ならば、その力の半分も出せないだろう。そして渡した腕輪もある。それらは『ラーズグリーズ』という。名を与えられた物は必ずやその力で君達の助けとなるだろう。――さぁ、森へ飛ばすよ」
ドレイクさんからもらった腕輪がその姿を変えていき、小手へと生まれ変わる。動きの邪魔になることは無く、メタリックに輝きながらも、その手触りは上質な絹のよう。そうだ、不思議な感触を楽しんでいる暇は無い。やれるだけやってやる、と覚悟を決めた俺たちを見てドレイクさんは、満足そうな表情で頷くと右手をかざす。俺達の足元に魔方陣が浮かび上がり、一気に視界が歪んだ。
遠くからギャアギャアと鳥の鳴くような声がする。
まだ視界が歪んではいるものの、まったく周囲が観察できないということではない。俺達が飛ばされたのは薄暗い森の中だった。むせてしまいそうになる程の濃厚な植物の香りと森を満たしているひんやりとした空気がアンバランスだ。ここは、今まで戦ってきたフィールドのような優しさが感じられない。俺はこの冷え切った空気に混じっていた微かなマナを感じ取った。
「こっち。何かありそうです」
周囲への警戒を厳に、2人に話しかける。もちろん2人は既に剣を抜き戦闘態勢に入っている。
「恐らく、私たち程度のレベルでは瞬殺されるモンスターがいるみたいだね。圧迫感がひどい」
「うす。絶対強者からのプレッシャーってやつっぽいすね。精神的に削られてる感じっすわ」
物理組はこの森の恐ろしさを理解しているようだ。警戒スキルか索敵スキルのような物があるのかもしれない。とりあえずその凶悪モンスターが襲ってこないことを祈りながら、とある方向へと歩を進める。
20メートルくらい進むと、一段と空気中に混ざるマナが増えたように感じる。そのまま行けばたぶん宝玉がある場所に着くはずだ。杖を持つ手にも力が入る。すんなり目的のアイテムを手に入れられるゲームは珍しいから、きっとこの先にはボスみたいなのがいると思う。大きく息を吸い、いつでも魔法が使えるよう構えながら進んでいった。
木々の密集している獣道の先、不自然に開けた空間に石か何かを積み上げて作られた机のような台座が見えた。中心には森の中で奇妙なくらい浮いている炎を閉じ込めたような鮮やかな真紅の球が設置してある。あれがドレイクさんの言っていた宝玉に違いない。今のところ、モンスターの姿は見当たらない。チャンスとばかりに木々の間を駆け抜けて台から宝玉を拾い上げた。よくよく見ると、穴を開けた台座のような部分にはめ込まれていたらしい。インベントリに入れると、すぐに木々に隠れて小手に触れてあの場所へ戻るよう念じた。しかし反応は無い。こういう時は嫌な予感しかしないんだけど……。
――当然、その予感は的中した。
お宝を盗んだハンターを番人が罰を与える、なんてどこの世界でも聞いたことのある話だ。当事者じゃなければ俺も楽しんでいただろうと思う。まぁ、今回はその当事者なので笑えないが。
がたがたと地面が揺れる。マナが背後に集まっていくのがわかった。勢い良く振り向くと、宝玉のあった台座に周囲のマナが吸い込まれていく。だんだんと台座そのものが持ち上がって地面から離れていき、その形を大きく変化させた。
「オォォォォォ!」
つんざくような咆哮と共にその姿が晒される。3メートルを超える石人形、いわゆるゴーレムと呼ばれる魔法生物だ。ゲームやファンタジーでは当然の如く存在してくれるイカしたアイツ。火力と装甲は最高クラス、鈍足なのはご愛嬌。魔法は使えないが、有り余る力で敵を叩き潰すイメージだ。レベルを上げて物理で殴るの体現者と言っていい。うん、これは少々分が悪いな。逃げられるならさっさと逃げたいんだけど。だが、
ポーン
頭に響いたのは、半分記憶から消えかけていたシステム音だった。
久しぶりで一瞬何が何だかわからなかったぞ。うんうん懐かしい。これが鳴ったってことは何かアナウンスがあるってことか。出来るだけ早く聞かせて頂きたい。
そうして下手に出た俺に、優しく合成音声が内容を伝えてくれた。
「イベントモンスター『ジュエルキーパー』との戦闘に入りました。ログアウト、逃走は出来ません。周囲の空間が固定されます」
……なんぞや。これMMOって言ったじゃないですか。逃げられないとかどういうことよ。
俺の心をあざ笑うかのように、ザァーっと白い光が森を走りぬけ、俺達とこの世界を隔離していく。自由に動けるのはパッと見て30メートルってとこか。市民プールの25メートルレーンよりは長そうだ。
「へぇ。こんなイベントになってたんだね。こんな状況で無かったら面白いイベントだったろうね」
サラさんは腰を落とした体勢で、左手のマインゴーシュを前に、右手の長剣をだらりと地面に向けている。戦う準備は万端のようだ。というか、アイテムは手に入れたんだし死に戻りしたらいいんじゃなかろうか。
そんな俺の考えは、次の言葉で吹き飛ばされることになる。
「おいケイスケ、今考えてることは忘れろ。逃げても変わらん。この程度の敵から逃げるようじゃあ、ファルバウトってヤツには到底叶わないぜ」
大剣を正眼の構えで持つシンさんだ。……そうですよね。怖いし負けそうですけどやる時はやらないと! 世界を守るってくらい突き抜けたらカッコイイんでしょうけど、とりあえずはここで知り合った2人とクラスの数少ない友人の為に、ってことで!
ゴーレムを見上げる俺の顔を見て、シンさんはにやりと口角を上げた。
「いい顔になったな。さあ! 行くぜ!」




