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ぼたぼたと砂漠を濡らす液体がある。
ミミズは俺たちを食事と認識したようで、口からは止め処なく涎が流れ出し、砂漠に跡を残していた。そして微かに聞こえる気の抜けるような音。
「涎に気をつけろ! たぶんコイツの涎は溶かすタイプだ!」
「このミミズ知ってたんですか!?」
「いや! ゲームだとこういう怪物のそれが基本だ! シューシュー言ってるし間違いないだろ!」
「私もそう思うよ。まぁ違っていたとしても涎には触れたくないね」
『同感!』
ずるずると近づいてくるミミズにまずはサラさんが飛び込む。当然、真正面は避けて横っ腹を狙っているようだ。斬りつけようとした瞬間、ミミズは体の後半部分を捻ってなぎ払いにかかり、反撃が来るとは思っていなかったのか、サラさんは綺麗に吹き飛ばされていった。新しく実装された体力を示すバーが勢いよく減っていき、残り3割程度までいくとようやく止まった。
恐らくクリティカルヒットというやつだ。こいつが素早いなんて思ってもみなかった俺たちのミスだろう。
「っ! サラさん! 聞こえますか!? 囮になるので回復お願いします!」
俺はたまらず叫ぶと、詠唱破棄で魔法を発動させる。魔道師が囮になるなんて馬鹿げた行為だ。でもそれをせずにはいられないくらい動揺していた。
「サンダーボルト!」
杖先から黄色の閃光が放たれる。それはミミズの体の表面をなぞるとそのまま霧散した。ダメージはほぼ無い。しかし、不快に感じたのかミミズの注意を引き付けることには成功した。工事車両のように砂をかき分けながらミミズが向かってくる。こいつは瞬間的に素早く動けるだけで、普段のスピードは遅いようだ。となると、サラさんの回復を待って3方向からの同時攻撃はどうだろう。ちらりとサラさんが飛んだ方を見ると、ポーションを飲んでいるところが見えた。
よし、あと数秒は時間を稼げば戻ってこれそうだ。前線に出る覚悟を決め砂を踏みしめる。ぎっとミミズを睨みつけ、もう1度食らえと杖を構えた時ミミズの体の真ん中から火柱が上がった。
これは――!
「舐めるなよ環形動物! こっちも忘れちゃこまるっつーの!」
足元に大剣を突き刺し、スキルを発動させたシンさんがそこには居た。アースなんたら、シンさん曰く『地走り』。こんな時に決めるとかさすが、としか言いようが無い!
表皮が破れ、体液が溢れて砂漠を青く染めていく。怒り狂ったミミズはその巨体を力いっぱいシンさんに叩きつける。とっさに大剣を盾にしたことで、それなりの距離を後退させられたものの、ダメージは無さそうだった。
俺はというと、後方に回り込みすぐさま『フレイムスピア』を放つ。前後に別れることで隙ができれば、という考えからだった。そしてそれが功を奏し、こちらに注意が向けられ、睨みつけるように頭をもたげたミミズにシンさんがもう1度『地走り』を叩き込んだ。
その一撃は体力のほとんどを奪い去ったのだろう、見るからに動きが鈍く、弱弱しいものへと変わっていく。トドメにと俺もエクスプロージョンを発動させようとしたのだが。
「いったー。ほんと痛かったからね。ちょっと私本気出すわ」
回復を終えたサラさんが2刀を構えてミミズの目の前に立っていた。
それはまさに怒り心頭といった様子で、これは手を出すと不味そうな雰囲気だと判断した。横目で確認するとシンさんも大剣を背中の鞘に戻して観戦モードだ。俺は一応、何かあった時にと杖は構えたままにして、その光景を見ることにする。
「ほんっとミミズの分際でさぁ。細切れにしてあげるよっ!」
足元の砂を吹き飛ばして一瞬で移動する。前みたいに『縮地』で懐に飛び込むと思っていたのだが、その予想は外れ、サラさんはミミズの周りを4体の残像となって高速移動していた。これは戦士系統スキルである『ステップ』のLvを上げることで使える『ミラージュステップ』だ。いくつかの残像を作り出し、残像の数だけ攻撃を完全回避する。サラさんのような2刀流の戦士だとかなり重宝するだろう。
「避けられるもんなら避けてみろ! 『飛燕剣』!」
その声と同時に4体が一斉に斬りかかる。ミミズも野生の勘かなにかで頭を振り回すが、一瞬で4回攻撃しないと今のサラさんにダメージが通ることはない。1体の残像がぐにゃりとぼやけて消えただけだった。3体になったサラさんたちは飛び上がり、空中で袈裟、横薙ぎ、切り上げなど好きに剣を振る。その連撃の軌跡は可視化され、実体化してその場で静止する。
「さあ行こうか。ついでに会長、素材をお願いね」
着地したサラさんの周りに残像は無く、まるで戦闘が終了したかのように振舞う。
キンっと大げさに剣を鞘に収める音を響かせた時、今まで静止していた剣閃が全て開放された。
荒狂う12の煌きがミミズを飲み込んでいき、あっという間にミミズは砂漠に横たわる結果となった。……恐ろしい、その一言しか出てこなかった。ほんと、対人戦が実装されてなくて良かったと思う。こんなん食らったら肉体的にも精神的にも死んでしまうわ! とりあえずは素材、素材っと。
体液と歯がいくつか。まぁ何に使うのかはわからないけど。適当にインベントリに入れるとそもそもの目的地であるオアシスに入ることにした。
周りの空気が少し冷えたような、そんな感覚に陥った。もちろん、現実ではないので気のせいだろうが。
ここにはモンスターはいないようで、小動物などが水を飲んでいるのがちらほら見える。水は透き通っていて、魚が泳いでいた。生態系とか気になるものがあったが、所詮はゲームだ。細かいところに突っ込むなんて野暮ってもんさ。
ここは、外に比べて体の倦怠感が無い。恐らくスタミナ半減効果は消えているようだ。もしかすると町のような安全地帯なのかもしれない。ならさっきのミミズは番人みたいなものだったのかな。
サラさんは調剤キットを取り出し、オアシスの水を調べている。効果の高いポーションの素材だと儲けも大きいのでありがたいのだけど。その辺りは職人しかわからないので任せるしかない。俺とシンさんはハーブを探して水辺を歩き、いくつかの素材を見つけてはインベントリに入れていた。怪しいオブジェクトを見かけたら触って確かめるという方法のため、時間がかかるのが難点だ。ちなみに職人だと素材かそうでないかが即判別できるのでサラさんがやれば早いだろうが、どんな素材かを知るということで俺たちも探していたのだ。
「ふむ。ここの泉は中級クラスのポーションは作れそうだね。そっちはどうだい?」
「一応、光るミズゴケとかハーブとかいろいろ集めてみました。他にも補助効果のある花とかも咲いてましたよ」
「へぇ。ここは私にとっちゃ宝の山ということか。町からも近いしちょくちょく来てもいいかな」
「あのミミズがいなきゃいいんですけどね。ここ安地っぽいから番人に設定されてたりして」
そう言うと唸って考え込んでしまった。確かに簡単に倒せたが、ソロだったらと考えると辛いかもしれない。実際、体力は一撃で7割削られていたし、ターゲットが変わらなかったら確実に死んでいただろう。そう考えると稼ぎやすいとは言いにくい。
「ま、もう1回来てみて、その時居たらやめておくよ。無駄死にする必要なんて無いし」
「さすがにあのミミズが基本レベルとかないですよね? 帰りはちょっと戦闘しながらにしましょう」
泉の水や、ハーブ類をがしがしインベントリに入れて戻ることにする。入り口から出ると、倦怠感が襲ってくるのは仕方ない。
ふと前を見ると、丘の先に狼らしき獣が2匹、座っているのが見えた。2人に告げると顔つきが変わり、戦闘モードに入ったことがわかる。俺も杖の先に魔力を込め、いつでも魔法が撃てる体勢で進んでいく。
最近、射程距離に入ると感覚でわかるようになった。少しは魔道師として成長してきたのかもしれない。
まずは『サンダーボルト』を撃ち込んでやろうと構えた時、そこに1匹しかいないことに気づく。嫌な予感がして周りを見ると、ある場所だけ不自然に盛り上がっており、砂山が崩れたと同時に勢い良く狼が飛び出してきた。油断していた俺の左腕に狼の牙が突き刺さった。
体力を示す赤色のバーががすがす削られ、激痛が走る。叩きつけてやる、と腕ごと倒れこもうとした俺から狼はぱっと離れてこちらの様子を伺う。すぐにもう1匹も側にやってきてお互いの隙を消すように動いていた。
ずきん、と左腕に痺れるような痛みが鼓動のリズムに乗って走る。ふと、頭に疑問が浮かんだ。
なんでこんな痛みが? 確かこのゲームでは痛覚はほとんど再現していなかったはず。これじゃまるで現実じゃないか。最初の頃は確か……。
――いや。『そんなこと』はどうでもいいか。
何かに導かれるように、疑問を頭の片隅へ移動させる。戦闘中にそんなくだらないことは考えてられない。
「くぅっ。『出血』付きとか油断してましたよ。2割くらい減ってますし」
「油断大敵。家に帰るまでが遠足ですってことだね」
「俺、こういう素早そうな相手だとしんどいわ」
確かにシンさんは一撃必殺をモットーにしており、言っちゃ悪いが攻撃速度は遅めだ。ここはサラさんをメインアタッカーにすることにし、俺たちは牽制に入る。基本的な爆発を起こすだけに絞り、うまく1対1の状況を作り出して俺が牽制で魔法を撃つ。当たって動きが止まればそのまま追い込み、外れれば待ちの姿勢に入る。雷魔法がLv5になっていればまた変わっていただろうが、そんなこと言っても仕方が無い。炎魔法を撃ちながら2人が仕留めるのを待つことにした。
決着が着いたのは、じれた狼がサラさんに大振りで飛び掛った時だった。爪で一撃を、と考えていたのがバレバレで、サラさんはひねってそれを避けると、狼の着地点に『縮地』で飛び込みその勢いで切り上げた。きゃいん、と声をあげ空中に弾き飛ばされた仲間を見て、もう1匹がサラさんにターゲットを変えた。仲間意識が強いのが仇になったようだ。そんな大きな隙を見逃すシンさんではなく、上段から思いっきり、地面ごと叩き割るような勢いで大剣を振り下ろした。
大きな怪我は最初にかじられた俺くらいだったが、それ以外にはシンさんが削られていた。大剣を使ったガードもできるが、それが間に合わない時に少しばかりダメージがあったようだ。1割程度だったが、金属製の防具でそこまで削るとなれば俺も考えなければならない。
「マッピングも重要ですけど防具の新調もですね。モンスターの攻撃力がかなり上がってるみたいです」
「俺も露店で探すかな。ポーション使いまくるのはさすがになぁ」
「本格的に動くのは十分装備を整えてからだね。これまでは武器重視で良かったけどそうもいかないみたいだ」
そうして町に戻った俺たちは、露店やギルドに寄り、どの程度の防具を買うか話し合うことにした。
何かを忘れているような気がしたが、すぐに思い出せないのならばそれは大した問題ではないだろうと思い気にしないことにした。




