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「――裁きの光を! 炎塵大帝!」
叫ぶような詠唱を終えると同時に剣が振り下ろされ少女の左腕、肘から先が宙を舞う。くるくる、くるくると。
落ちた先は赤く光る魔方陣。それをゆっくりと魔方陣が飲み込んでいく。まるで食事を味わうかのようにゆっくりと。そして空間を切り裂いて――
「!! ……またか」
あのイベントから数日後。宿屋で休むと必ず見るようになった夢。ゲームといえどもかなりの衝撃があった。おかげで最近は睡眠時間が十分取れていない気がする。そもそも睡眠なんていらないような……。
そういえば、このゲームでは全く睡眠を取らなくても問題は無いが、現実との乖離を防ぐためにできるだけ取るように、と説明には書いてあったことを思い出す。忠告はしたからあとは自己責任だと暗に言われていた説明文。それに従ったんだっけか。
サーチライトなんて無いこの世界ではモンスターとの夜間戦闘は命を投げ捨てるようなものだ。となれば酒場で飲み明かすか宿屋で寝るくらいしかできない。おかげでこの状況だ。ログアウトすることも出来たがなんとなく残っていた。
「もうすぐ夜が明けるな。散歩でもするか」
四角い窓は、そこから白みがかった世界を見せていた。
通りにはまだ人の気配は無い。まだみんな夢の世界にいるのだろう。そういえば、俺も含めたプレイヤーたちが夢を見るってよく考えると不思議なものだ。夢の中で夢を見ているようなもので、そんな現象を再現した開発会社には頭が下がる。本当に、彼らはどのようにして世界が必死で進もうとした場所にたどり着けたのか。それに全く情報の漏洩が無かったことも不思議だった。いくらセキュリティ技術が進んでも人の口には戸を立てられない、との言葉通り情報が漏れるのは人からだった。つい酒の場で、とかそんなニュースもよく流れていた。全社員に徹底して情報統制をかけていたのだろうか。それはそれで良い企業なんだけど……。
「あれ? なんだろ?」
ロンバルディアについて考えながら歩いていると、いつの間にか外円城門前に着いていたようだった。俺の目の前には開かれた城門と門番、そこから見える草原がある。それから草原で光る虫のような『何か』。
ふわふわと空中を彷徨うように移動している姿は、すでに絶滅して記録映像しか残っていない蛍によく似ている。昔はあんなのが日本のあちこちで飛び回っていたなんて、と感動した記憶がある。
だが、ここから見えるということはそれなりの大きさがあるな。少なくとも蛍のような小型の生物じゃない。2,30センチくらいの球体状の『何か』はやがて疲れたのか地面に降り立った。その瞬間、大地が盛り上がり、2メートルくらいはありそうな塚が出来上がる。あっけに取られてしまった俺を追撃するように、塚に変化が起こった。
バラバラを破片を落としながら割れるそれから、この周辺で見慣れたデッドツリーが現れたのだった。モンスターを産み落とした塚は、もう用はないとばかりに崩壊し、元の地面に戻る。後に残ったのは、露出した根を足のように使って歩いているデッドツリーだけだった。
「うわぁ……。モンスターってあんな風に生まれるのか」
そういえばそれなりにゲームをやってるけど、モンスターが生まれるところなんて見たことなかったな。いつもこの時間は寝てたし。でもこの時間しか生まれないなら数が足りなくなるような気がするんだけど。あそこで眠そうにしてる門番のおっさんに聞いてみるかな。
「どもども。お勤めご苦労さんです」
そう言って近づいてきた俺におっさんは、一瞬だけ目を光らせたがすぐにさっきの眠そうな目に戻った。
「お。『炎槍』の兄ちゃんか。こんな朝から珍しい。どうしたよ?」
「いやぁ。ただ目が覚めたんでこの辺りを散歩しようかと」
あの襲撃イベントの後、それなりの活躍をしたプレイヤーたちには住人や騎士団から渾名をもらうことになった。いつの間にか称号扱いになっていたが、設定することはできない。名誉称号というやつだろうか。称号自体、名誉なものとか思ったりもしたけれどよくわからん。
俺の他にも、『地走り』『衝剣』『星弓』など栄えある? 方々がいる。うむ。何度呼ばれても胸の辺りがざわざわするな。なんだろうこの気持ち。
「今なんか光の球が落ちた場所からモンスターが生まれたんですけど。あんな感じでみんな生まれるんです?」
「あ? 普通は地面を割って生まれるって話だぜ。まぁ昼間だとその光の球ってのが見えなかっただけかもしれんがな」
ふーん。まぁ同じようなものか。昼間でも生まれるような話ぶりだけど見たことないな。誕生の瞬間はどこの世界でも危険だからバレないように上手くやってるのかもな。
「あー、そうですか。んじゃそろそろ俺は戻りますんで」
「おぅ。気をつけてな。俺も騎士サマが来るまで辛抱したらベッドで寝れるぜ」
騎士が門番に立つのは24時間じゃないのか。8時から17時までしか働かないとでも言うのか。どこの公務員だ。
いや、それで他の人に仕事ができるなら良いことなのかな。もう一度だけ、デッドツリーを見た後、くるりと身を翻す。
意外とギルドの仕事って地味な生活面を支えるのが多いよね。
そう納得して俺は宿屋に戻ることにした。
「……ヨーロッパ35%、アメリカ42%。日本38%か」
「全ての地域において襲撃イベントは終了。現在は成長段階に入ったものと思われます」
窓の無い部屋で男女が立っていた。光源など、どこにも見当たらないはずなのにこの部屋はとても明るい。
銀色の髪を腰まで伸ばした男性は、古代ローマ彫刻のように美しい顔立ちをしている。ただ、その両の眼は血のように紅く揺らめいている。
付き従うような雰囲気を出している女性は、これまた神話の女神のように美しい。豊穣の化身のような金色の髪はそれ自体が発光しているような錯覚に陥り、彼女の持つ眼は海を思わせる蒼。母性を感じさせるような慈愛に満ちている。
しばらく虚空を眺めていた男が口を開いた。
「そうか。しばらくはこのまま時間が過ぎるのを待つだけになるな」
「今回で目的は達成できると思われます」
女性は優しく微笑むと、男性に問いかける。
「管理者権限をお使いになられますか? いくつか問題の無い範囲で想定したものがありますが」
「――考えておこう」
そんな会話をした後、やがて二人の姿は足元からゆっくりと消えていった。




