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漂うような感覚が無くなり、視界がはっきりとしてくるともうそこは見慣れた村ではなかった。
レンガ造りの家々が立ち並び、道も綺麗に舗装されている。現実で見かけるような街灯も設置されていた。頭に浮かんだ名称は「冒険者の町ソフィア」だった。
我が日本でも電線を地下に埋めるようになり、電線を見かけることは少なくなったがそれとはまた違うようだ。いつも見かける街灯用LEDライトにどう頑張っても見えない。というか、歴史の授業で出てきたガス灯に似ている。今はまだ明るいのでその本来の姿を見ることはできないが。
村ではスルーしていたが、この世界の住人はみな顔つきが西洋人風だ。なぜ今こんなことを言うかというと、その中に混ざって見慣れた日本人の顔がいくつかあったからだった。個人認証では大きく顔の造りを変えることはできないようになっていた。となると、彼らは確実にテストプレイヤーだということ。
腕や胸を鉄板だろうか、金属で固めて腰に剣を下げている人や、背中に弓を背負い、矢筒を腰にぶら下げている人、そして俺と同じくローブをまとっている人もいる。ようやくプログラムじゃない、人間を見ることができた。少し感動だ。
そんな俺をちらりと見て、何事もなかったようにみんなそのまま歩いていく。あぁ、この無関心っぷりは間違いなく朝の駅で見かける日本人だ。日本人のスルースキルは世界でもトップクラス、とどこかの掲示板にも書かれていたからな。
「ようやく人に会えた……。ん? なんか山で遭難した人みたいな感想だな」
まずは町の地理を知りたいな。とりあえず歩き回ってみるとしよう。
プレイヤーの拠点として作られたのだろうこの町は、かなり大きい宿屋兼酒場を中心に東西南北で区域が分かれていた。
東部は戦士用の武器防具を扱う店や、金属鍛冶が多く、住人の雰囲気も少し荒っぽい。歩いていると住人同士の言い争いも見ることができた。西部は弓使いたちのために作られたのだろう、木工職人や金属矢、革製品を売る店があった。南部は俺、魔道師の区域だ。少し暗いというか、怪しい雰囲気の店もちらほら見かける。
フードを深く被った魔道師と思われる店主が構える武器屋には、多くの杖が飾られておりつい魅入ってしまった。布製品の防具は南部だけでしか手に入らないらしい。装備できるのは魔道師だけだから不便という訳ではないが。
北部。そこはスキルを扱う店や調剤屋、素材などを売る青空市場が開催されており、活気に満ち溢れ圧倒されてしまうほどだ。また、プレイヤーと思しき日本人顔が布を敷き、露店を出していた。スキルを使って製作したアイテムを売ることで生産職として町に溶け込んでいる。現実と仮想が混ざり合ったこの場所は、とても不思議な感じがする。
「君、そんなとこに突っ立ってたら商売の邪魔なんだけど?」
雰囲気に飲み込まれていた俺に声をかけてきたのは横にある露店の主だった。見るとクラスメートにはない、大人びた感じのする女性。明るい茶色のロングヘアーをシュシュで軽くまとめ、胸に無造作に流している。水色のトップスが彼女によく似合っていた。
「あ、すいません。初めて来たのでちょっと驚いて……」
素直に謝る。生活を脅かしている、とは言い過ぎだろうが彼女なりの楽しみを邪魔しているのは確か。
彼女は髪の束を撫でながら、にっこりと笑った。吸い込まれるような笑顔に鼓動が早くなってしまう。
「へぇ。もうかなり時間が経ってると思ってたけどまだガチ初心者がいたんだ」
初心者……。いや確かにそう言われたらそうなのか? まぁずっと村に居たから初めて都会に来た少年みたいなものかもしれないけど。
「村でいろいろしてて。ここは生産職の人も多いんですね。プレイヤーと会わなかったので全然知りませんでした」
「人に会わないって……。村長に話したら即ここに飛ばされたよ? いったい何をしてたんだか」
少々呆れが入ったようにため息をつきながら彼女は言う。強制イベントなのか。武器も持たずに飛ばされるとかなかなか鬼畜だ。この人も苦労したのかな。
「えーっと。村人に話しかけてたら仲良くなって。なのでしばらく村の一員として生活してました」
恥ずかしいこともあったけどね。もちろんそれは心の中に閉まっておく。俺が変わった切欠でもあるのだけれど。
「ふーん。君も自分なりに楽しんでたってコトか。……あれ? 可愛らしい手袋をしてるね。どこに売ってたの?」
一角獣のミトンを見つけた彼女は、気に入ったのだろうかじぃっと見つめてくる。彼女の前にしゃがみ、ミトンを差し出してみるとすぐにその毛皮部分を触り始めた。
「はぁ……。なにこれ。かなり気持ち良いんだけど。ふわふわもふもふ……。君、これ売ってくれない? もしくは買った店を教えなさい」
最後はもう命令じゃないでしょうか。もふもふ具合は俺も気に入ってるから売ることはできんな。まぁ店はモーガンさんのところだからこの人も知ってると思うんだけど。
「村にいたモーガンって人の店ですよ。周辺にいたウサギのドロップで作ってもらいました。お、お姉さん? も行けば作ってもらえるんじゃないですか?」
たぶんお姉さんで合ってるはず。大人っぽいしきっと年上だ……よね? 女性に歳の話はマズイけど、仕方がないじゃないか。
彼女はきょとんとした顔になっていた。それも可愛らしく思える。あれ? 俺なんかこの人に惹かれt……
「お姉さんて! いやーいいね少年! 可愛いじゃないの! よーしこれからはサラお姉さんと呼びなさい! 可愛がってあげる!」
前言撤回。笑顔で肩をばんばん叩いてくるような人は好きになれません。サラっていうのか。それだけわかれば十分です。
「あ、だから村ですよ。どこかにポータルがあるんじゃないですか?」
「サラお姉さんだよ少年。会話には必ずその単語を入れないと、サラお姉さん拗ねちゃうよ?」
話聞けよ。つかそっちから聞いてきたくせに。好感度だだ下がりだよ。最初のトキメキがどっか飛んでいきました。
「まーそれはいいとしてあの村かぁ……」
サラさんは一転して難しそうな顔になる。何か考え込んでいるようだった。
「どうしたんです? なにかあったんですか?」
「いや、村に戻るポータルは無いんだよね。なんでか知らないけどさ。みんなここに来た当初は戻ってみようと探したんだけど見つからなくてね。もうチュートリアルだから仕方が無いって諦めてたのさ。どうせ戻っても何も無いだろうって」
そこまで言うと頭を抱え込んで唸り始める。
「うーあー。こんな装備あるとか聞いてないわー。なに? じゃあこれレア装備ってわけか? ん? 情報欄にトレード不可? がぁー!」
自己完結されたようですね。一安心です。そういや俺も杖だけしか見てなかったや。ミトンは情報確認してなかったな。まぁトレード不可だってことは目の前でミトンとにらめっこしてる人のおかげでわかったけど。
「ちっ。ほら返すよ。布製品っぽいからギルドに伝えて作ってもらおう。あぁ……私のもふもふが……」
いえ、俺のもふもふです。渡されたミトンを装備し直し、改めて情報を確認する。
一角獣のミトン
・一角獣の毛皮で作られたミトン
・炎耐性上昇
・トレード不可
・帰属アイテム
なるほど。帰属って人に渡して見せる程度はできるのか。炎耐性ってウサギは炎属性持ちだったのかも。杖も炎関係だし。
そんなことを考えていると、短く頭に電子音が鳴り響く。
「ピピピピピ。プレイヤーの体に異常が発見されました。ログアウトをしてください」
「うわ!」
「ん? どしたの?」
のんびりとした声でサラさんが尋ねてくる。ちょっとこっちは焦ってますよ!
「体に異常が出たって! すぐログアウトしないと!」
それを聞くとサラさんは、納得したようにあーあー言っている。
「それたぶん空腹とかトイレとかじゃないかな。なんか持病が無ければその程度だと思うよ。私もよくあるし」
ちょっとは安心したけどトイレだとマズイ事態になりますよね? 違う意味で危険です。主に俺の精神と社会的なアレで。
「いや、まぁログアウトしますんで!」
「あぁそう? 私はよくここにいるからまたおいで。そういや名前知らないね。何かの縁だし教えといてよ」
「ケイスケです。それじゃまた!」
ステータス画面を呼び出していると、サラさんが軽く手を振っているのが目の端に映る。軽く頭を下げ、俺はログアウトボタンを押した。




