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パフェ.0 依頼

 東風ひがしかぜ市の住人に「いま話題の人物は?」と訊けば、誰もが同じ返答をすることだろう。


 その共通した返答は、テレビの中のアイドルや俳優、離婚するのかしないのかがはっきりとしないドロドロとした関係の有名人達でもなく、総理大臣ですらない。

泥棒どろぼう』である。

 泥棒というと、人から何かを盗む不届き者と思うだろうが、その通りだ。

 しかし、近頃は空き巣や強盗、ひったくりのような呼称で使い分けられることが世間に浸透し、『泥棒』という単語をほとんど聞かなくなったというのに、なぜ東風市の住人たちは口をそろえて『泥棒』と言っているのか?

 答えは至極単純。

 彼は、『泥棒』だからである。 (『泥棒とパフェ』より抜粋)



 パタン。

 何もはさまずに勢い良く本を閉じる。

 その本の持ち主は目が疲れたのか、天井を仰ぎながらパチパチとまばたきを繰り返している。

 読んでいた本のタイトルは『泥棒とパフェ』。

 急激に売り上げ部数を伸ばし、二十万部を売り上げたベストセラーだ。

 最近話題の犯罪者『泥棒』をいろいろと考察したエッセイで、カードと巨大なパフェを残していく奇妙な犯行について意見や感想を述べるだけでなく、様々な専門家の意見を載せたりしていることで好評だそうだ。まあ、付録の現場のパフェの写真集のほうが好評そうだと、テレビの熱く語るグルメリポーターを見ていて思わなくもないが。

 書店へ行けば、必ずこの本が山積みにされ、Book Offへ行けば本屋の二倍以上もの数の同じ本が並んでいる。それでも『お売りください』の高価買取の欄に載っているのだから、いろいろと驚きだ。

――いや待て、それでいいのだろうか。

 本の持ち主はピタリと動きを止めて考える。が、すぐに俯いて「うーん」と唸り、顔をしかめた。

 まあ、一市民でしかない俺が他人の店の経営のことを気にしても仕方が無いといえばそうなのだが……。

「あれ、内藤ないとうが本読んでるー。めずらすぃー。」

 背後から棒読みで国語の教科書を読む小学生の男の子のような声が聞こえた。

 いや、コイツは実際、小学生だ。精神が。

「書店でよく見かけるのでな。世間を知る上では必要なことだと考えたまでだ。それと、俺は三日に一冊は必ず本を読み終えるという習慣を中学校入学時から七年間、守り抜いてきたつもりだったのだが……。」

「へー。そーいえば、いつも内藤って本持ち歩いてたよーな気がする。」

「七年間ずっと傍にまとわりついていたお前に言われると、自分に自信を失くすよ……。」

「どんまいだね。」

「そうか……いや、そうではなくて、星野ほしのも少しは世間を知る努力をしろ。」

「えー、メンドクサイよー。」

「お前は探偵だろう!? 依頼されたときに依頼主の話についていけなかったら、どうするんだ!」

「ぶー。」

 そう、小学生――否、星野は私立探偵団“流れ星”の所長、けん、現役の若き探偵なのだ。

 そういう俺も、右……ではなく、後ろに同じく探偵なる職に就き、日夜全力で働いている。

 本を読んでいたのも職務の一環だ。

 はたから見れば、『サボっている』というように見られるかもしれないが、それは誤解だ。

 俺の勤務時間は二十四時間、かつ年中無休なのだから。

 まさにコンビニエンスストア状態だと自負している。……これは冗談ではない。

「じゃあさ、じゃあさー、“そういう話をする人はお断りです”って入り口に書いておけばいいんじゃない?」

「いや、無理だろう……。第一、最近の出来事に関係した依頼が来たときにはどうするんだ。ただでさえ、結成したばかりで知名度の低い無名の探偵社だというのに、客を選んだりなどすれば無名どころか透明人間のような存在になるぞ。」

 ん? 我ながら、透明人間と例えるのはおかしいか。やはり、こいつがいると調子が狂う。

「それは大変だ! ぼくらが透明人間みたいになっちゃったら、どこにいるのか分からなくて、隣の藤山ふじやまさんからお弁当とかお菓子の差し入れがもらえなくなっちゃうよ! やめよう、絶対やめよう! さっきのはナシだからね!」

 ああ、この小学生探偵の場合、この例えは効果てきめんのようだ。

「わかった。わかったから落ち着け。」

 俺は本を温かい緑茶と新聞が乗ったテーブルに置き、新しいコップを食器棚のほうへ取りに行った。

「あ、内藤。ぼく、熱いお茶は嫌だからね」

 先を見越したように後ろから釘を刺される。

 なぜ、食べ物や飲み物に関することとなると、星野は抜け目がないのだろうか。

 ふう、と一息ついて、透明なグラスを取り出し、冷蔵庫から氷を取り出して、三分の二ほど入れた。ストローももちろん、忘れずに持っていく。

 それを先ほどのテーブルへ置き、急須きゅうすの熱いお茶を三分の一程度まで注ぐ。

「おー、氷がしゅわしゅわ溶けてく」

 いや、『しゅわしゅわ』という表現はいくらなんでもおかしいだろう。まるでサイダーのようだ。

 しかし内藤は無言のまま、ストローを右手に持ち直す。

 氷が溶けて、緑茶が半分程度の量になった頃、未だ多く溶けずに残っている氷の間にストローを挿してクルクルとかき回した。

 そのまま飲むと、温かいところと冷たいところが分かれたままで、奇妙な温度差から不思議な味がしてしまう。だから、かき混ぜて全体の温度を同じようにするように、いつも心がけている。まあ、どちらにせよ、ある程度の時間がたたなければお茶はぬるいままなのだが。

「これでいいか?」

「いいよー」

 星野はのんびりと答え、表情と返事とは裏腹に素早くお茶を俺の手から奪い、ストローを口にくわえて、ぬるい緑茶を一気に吸い上げる。

 と、星野は全身をびくっ、と震わせ、目を見開いたまま硬直した。

「えっ、星野!? ど、どうした! のどを詰まらせたか!?」

 いやいや、お茶でのどは詰まらないだろう! と、心の中で自分にツッコミをいれ、ソファに姿勢正しく座ったまま硬直している星野に駆け寄った。

 激しく肩を揺さぶる。

「おいっ、俺も飲んだんだぞ。即効性の毒は入っていないはずだ! 星野っ! おいっ、星野ぉ!」

「うるっさい!!」

 びくっ、と星野の全身が震えたかと思うと、虚ろだった瞳に光が戻り、炎が宿った。

 すると素早く腕が伸びてきて、俺を後ろへと、信じられないような力で押し倒す。

 そして、固定電話を上に置いているビューロに頭から衝突した。

「うがっ!」

 痛む頭を抑えながら目を開けると、星野が冷たい緑茶を片手に見下ろし、ビューロの上からは子機がゆらゆらと、シーソーのように揺れながら内藤を見下ろしていた。

 ああ、今日はツイていないのかもしれない。

 カラン、コロン、と氷とガラスの合奏が聞こえたような気がした。

 かと思うと

「ピリリリリリ!」

 まるで一昔前の携帯の着信音のような甲高い音がビューロの上からした瞬間、内藤へと、その音は急速に接近――否、落下していった。

「っ……!」

 間一髪で腕で顔面を覆い、子機の直撃を防ぐ。

「あれ、電話だー。また浜田さんとかいう人が、借金の取り立てする人の番号をぼくたちの番号と間違えたんじゃない?」

 横に硬い音を立てて転がる子機を拾い、内藤は体を起こして爽やかに星野に笑いかける。

「もしかしたら、依頼の電話かもしれないな。」

「内藤、それ悪人の笑い方だよ」

 星野を無視して、通話ボタンを押し、耳に当てる。

「こちら私立探偵団“流れ星”です。ご用件はなんでしょう?」

 くぐもった声が向こうで誰かと話したかと思うと

「え、えっと、探偵団の流れ星さんですか?」

「はい。」

 どうやら相手は相当緊張しているようだ。こういった探偵などとという特殊なところへ電話することが初めてなのかもしれない。

 内藤はそう分析した。

「えっと、えー……い、依頼をお願いしたいのですが……」

「はい。大丈夫ですよ。どういった内容でしょうか。」

 電話の向こうで、またしても誰かと会話しているような二つの声。

 くぐもった声が何やら謝りながら、もう一人の人物に何か言われている。

 会話の相手は声と語尾からして恐らく男性。しかも、なにやら怒っている様子だ。

 何を言っているのか、内容は聞き取れないが「ちゃんと――! ……だろ!」と、強く発音している一部分だけが、よく聞き取れる。

 ……この依頼主、大丈夫だろうか。

「はい、すみません! 急用があるらしいのでお電話変わりました、甘味あまみです! 甘いと味で、甘味ですっ!」

 突然、耳がキンとくるような若々しい男性の声が名乗った。

 さりげなくスピーカーをオンにして、星野にも会話の内容が聞こえるようにしておく。

「はい、では甘味さん。ご用件は?」

 さっきの男性が秘密の依頼をしようとしていた可能性を考慮して、一応、返答は個別への対応としておく。

 最近作った、流れ星の電話受け答えの規則ルールだ。

 ビューロに貼ってある。……おかげでシックな外観が台無しだ。

「ああ、実は最近テレビとかでやってる“泥棒”に物を盗まれたんです。」

 警察に行けよ。

「この人、警察にいけばいいのに。」

 珍しく意見が一致したことに奇妙な感覚を覚えたが、一致した内容についてはおくびにも出さず

「それは大変ですね。パフェとカードが置いてあったんですか?」

 と、ありきたりな返事をした。

 すると電話の向こうで、はっ、と息を呑む音が聞こえた。

「な、なんでそれを知ってるんですか! 警察の話では、メディアにはパフェの情報しか流していないって言ってたのに! まさかお前が――!」

「いやいや、違いますよ! 最近人気のある本で『泥棒とパフェ』というのがありまして、それは『泥棒』と『パフェ』について深く考察しているエッセイなのですが、その本に詳細が記載されていたんです。」

「そ、そうだったのか。本、本……か。」

 よかった、相手は落ち着きを取り戻したようだ。

 しかし、まさかあの本がこんなに早く役に立つときが来るとは。

 あとで、しっかり読み込んでおくことにしよう。そうだ、星野にもしっかりと読み聞かせて――

「えっ、本!?」

 あまりの突然の大声に、思わず悲鳴を上げそうになった。

「うわっ! うるさっ」

 ……たまに星野の正直さがうらやましくなるな。

「どう、されたんですか?」

「も、もしかして、その本に……盗まれた物とか書かれて無い、ですよね?」

「すみません、まだ冒頭を読んだばかりで。確認しますね。少々お待ちください。」

「あっ、ちょ待っ――」

 ピロピロと『百の風になって』の曲が子機から流れる。

「ねぇ、内藤。この人、恥ずかしー物でも盗まれたのかなー?」

 テーブルから『泥棒とパフェ』を取って、表紙と裏表紙を見る。

『泥棒は実はパティシエ!?』『専門家も絶賛のパフェ!』などと、特に変わった内容を示唆するような文字は見られない。

 目次を開いても、前半は犯行と泥棒について、後半はひたすらパフェについて語られているだけで、特に目を惹くものは無い。

「あ……あった。」

『共通点のない手口』という章の項目に『共通点の無い奇妙な盗品』とあった。もしかすると、おかしな物を甘味さんは盗まれたのかもしれない。

「見せて見せてー!」

 星野が目をきらきらと輝かせて自分を見ている。

「ちょうど、気になるところを見つけた。……開くぞ。」

 彼こそが、永遠の少年という奴なのだろうと、内藤はぼんやりと理屈無しに定義しながらページをめくっていく。

「三十二、三十……」

「はーやーく!」

「ここだ。」

 三十五ページで開くと、共通点の無い奇妙な盗品という目次の横に、大きく盗品リストが表になって書かれていた。

 内藤は拍子抜けした、というより呆れた。

「こ、こんなにあっさり……というか、個人情報の保護なんてまるで無視だな。」

「ねーねー、『あまみ』だから、A氏でいいのかな?」

 個人情報……。

「たぶん、そうだろうな……。」

「どうしたの?」

「いや、別に。それで盗品は……いっ!?」

遺骨いこつだってー。」

 どんな悪趣味な奴が遺骨なんて盗むんだ!? というか、星野はなぜ平然としているんだ?

 だが、確かにこれが盗まれたのなら、探偵でも猫の手でも借りたくなるのは当然かもしれない。

 ひとまず報告しようと受話器のボタンを押して、耳に当てた。

「ひゃーくねーんの風が――って、止めないでよ!」

「……あ、もしもし。甘味さん、盗まれた物が書かれてありましたよ。」

「あ、え、えっ? ま、マジ……?」

「はい。」

 驚いて当然だろうな。まさか盗まれた物がベストセラーの中に堂々とリストアップされているのだから。

「な、なんでだよ、おいっ!! なんで書いてあるんだよ! そうだ、誰の遺骨なのかとかまで書かれていないよな

「確認するので、少々お待ちください。」

 星野が例の本をクルクルと指で回しているのを取り上げ、先ほどのページを開いた。リストにはそこまで詳細には書かれていなかった。

「そこまで詳細には書かれていませんでしたよ。」

「よ、良かった……。あ、そういえば、探偵って調査とか、そういうのをしてくれるんだろ?」

「まあ、それも仕事の一つです。何の調査ですか?」

 甘味が息を呑んだような音が電話越しに聞こえた。

 星野はソファで飛び跳ねている。埃が舞った。

 内藤はなんとなく、嫌な予感がした。

 依頼人は言いにくそうに、しかし確かな口調で言葉を伝えてきた。

「その、泥棒の居場所を探しだして欲しいんだ。」

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