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リンと鬼  作者: すすす
鬼の村時期
5/16

05:見つかりましたー

 ……見つかりましたー!


 私の顔は、一気に血の気が引きます。


 この道は、いつも反物を売りに行く時に使う道です。

 数日前にも通りました。

 鬼たちも通り慣れた道のようで、幅広くて見通しがよいです。


 現在、私の進路方向の少し先に、黒い小山のような影がありました。

 あのでかい図体に、頭には二本のツノ。まだよく見えませんが、間違いなく鬼です。

 待ち伏せしているかのように、佇んでいました。


 いつ、私が村を出たのがばれたのでしょうか。

 私は、村を出る前から命の危険です。


 こちらから向こうが確認できると言うことは、向こうもこちらが見えると言うことです。

 鬼は夜目が利くらしいので、私は間違いなく、既に見つかっています。


 私たちと鬼には、暗黙の了解がありました。

 娘たちは(表面上は)無闇に鬼に反抗せず、鬼たちは(表面上は)無闇に娘に危害を加えません。

 私の、村からの脱走という行為は、この了解を破る意味を持ちます。

 引いては信頼関係の崩壊です。


 私たちの、鬼の村での待遇は、決して酷いものではありませんでした。

 鬼のおかみさんたちと、ほぼ一緒です。

 供物の身でありながら、そんな好待遇に恵まれているのに、脱走をするとは、この信頼関係に砂をかけるようなものです。

 完全に私に非があります。


 夜中に旅装でコッソリと、なんて、言い訳の余地もございません。


 脱走の失敗も、考えていなかった訳ではありませんが、生死のかかる罰を受ける覚悟もありますが、暗闇に鬼とか、怖いものは怖いのです。






「村を出るのか。」


 鬼からの問いに、私は身をすくめて、木の陰に隠れました。

「……。」

「……。」

 フクロウと虫の音が響きます。あと少しで私が虫の息です。


 鬼は、私の様子を静かに見ていました。

 最後の情けで、私から謝ってくるのを、待っているのでしょうか。


 今回は謝って誤魔化して、脱走は次の機会にする。という考えもあります。しかし私は、命のかかる罰を受けてでも、今は村を脱走する。とばかり考えていました。

 というか、正直そんなに頭が回りませんでした。


「……ど。どなたか存じませんが、どうか、お見逃し下さい。……私は、村を出たいのです。」


 私は出来るだけ、丁寧に懇願します。

 しかし鬼は、形相を厳しくしました。


「嘘だろう。」

「……嘘ではございません。どうか。ひ!」


 鬼が一歩前に出ました。私は一歩後ろに下がります。

 まあ今でも十分、間合いは開いてるのですが。鬼は月明かりに目が光って怖いのです。


「おれが誰か分からないと言うのが、嘘ではないのか。」

「……。」


 フクロウと虫の音が響きます。


「えっ?」


「えっ。」


 私、自慢じゃないですが、この数年間で、鬼を見分けたことなどございません。

 少女によっては、器用に相手の鬼を見分けますが。恋ってすごいですね!

 鬼は私にお説教するように、懇々(こんこん)と言いました。


「見分けなど、ツノの形や、毛色の違いなど、分かり易いのがいくつもあるだろうが。」

「その。私の物覚えは、服が変われば、誰か分からなくなるレベルなのです。」


「娘たちの名は、すぐに覚えていたようだが。」

「会話の頻度が違います。」


「お前が交渉していたのは、いつも、毎回、全部、おれだったのだぞ。」

「ア……ッ、その節はどうも、たいへんお世話になりました……!?」


「……。もういい。」


 森の中で、フクロウと虫が鳴いています。私も泣きたいです。

 もういい、と言う鬼に、とりつく島はないようです。


 この鬼さんが見逃してくれないとなれば、私も折れません。

 と、なれば行き着く答えは一つ。

 私はいずれ来るであろう、鬼からの物理的な鉄槌に、そっと心の準備を致しました。


「……。」


 しかしいくら待っても、鬼からのこぶしは来ないのです。いや、来ないに越した事はないですが。

 ここで来ないと言うことは、村に戻ってから処分があるのでしょうか。

 それとも、やはりここで、私の肉体の消滅的な処分があるのでしょうか。


 私は遠慮がちに、鬼に問いました。


「……私を、村へ連れ戻さないのですか?」


 鬼は、しばらく間を置いてから口を開きます。


「……。以前、おもしろい話を聞いた。この世には、不思議な場所や、海を越えて多くの国々があるのだと。」


「……。」


「おれも見てみたいのだ。」






「……!」


 私は目を見開いて、初めてこの鬼をまともに見ました。

 このご時世、商人でもないのに、海を越えて外つ国へ旅などと、雲をつかむような話を、私以外にも思う人がいたなんて。しかも鬼で。

 私は思わぬ同志に、とても嬉しくなりました。

 隠れていた木の幹から、少し顔を出します。


「私、」


「おぉ。」


「私、不死の山というのを、見てみたいのです。あと、異国にいるという、金の猿も見てみたいのです。とても楽しそうです。」


「……木から出てきてはどうだ。それは楽しそうだな。」


 楽しそう。

 無茶とか無謀ではなく、私と同じ感想を持ってくれるのですね。

 私は、ますます嬉しくなり、興味のある場所を、次々と鬼に伝えました。


「あと、こうこう、こういう所がございまして。一生に一度は訪れないと、嘘だと聞いたのです。どう思われますか?」


「なるほど、それは一度見なければ。反物を売りに行く時のように、もう少し近くを歩いても大丈夫だぞ。」


「はい! そうですよね!」


 そうして、夢中で話し続ける内に、気が付くと、てくてくと森を抜けていたのです。

 私は、自己紹介もまだなことに、気が付きました。


「あ! お名前聞くのが、まだでしたね。私はリンと言います。」


「……まだと言うか何というか。いやいい。鹿角(しかづの)だ。」


 鹿のツノの鬼さんの、鹿角さんですね。

 なんとお呼びしましょうか。私は供物の身なので、やはり、様付けでしょうか。


「鹿角……さま!」

「様はいらぬ。」


 逡巡して却下されました。

 敬称がいらないとは、鬼だというのに、たぶん大らかな方なのですね。たぶん。


「では、鹿角……さん!」

「妥協しよう。」


 妥協? まあ妥協を頂いたのでヨシとします。

 私は道の先を指さしました。


「鹿角さん。あの街道に出るには、こっちの道ですね。」

「そうだな、リン。しかしこっちの方が近道だ。」

「そうなのですか。」


 鹿角さんは呼び捨てですか。

 いや、鬼からもねえさん達からも、リンと呼ばれることが多かったので、呼ばれ慣れてて助かりますけど。

 私が鹿角さんを振り返ると、鹿角さんは存外おとなしく立っているのです。

 私に危害を加えないと分かれば、恐くない、と言えなくもないかもしれなせん。


 私は、これから見る地に思いをはせ、その感動を分かち合えるかもしれない存在に、顔がほころびました。

 私に旅の道連れが出来たのです。

 こうして鬼の村から、一人の少女と一人の鬼が、姿を消したのでした。






 ――――後日。某書庫。


「頭領どの。鹿角とリンがいません。」


「あぁ、鹿角から事前に聞いている。この村の織物を、遠くの町まで営業しに行くのだとか。リンが一緒というならば心強い。」


「……ところで。あの二人、下馬評では、まだできてない方に人気があります。」


「おれも、そう思う。」


「……。」


「どう見ても。」


「……。」


「……。」


「……がんばれよ! 鹿角……!」


 一部の鬼達は、妙にうさんくさく爽やかに、窓から見える青空を仰いだのだった――。






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