表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リンと鬼  作者: すすす
鬼の村時期
3/16

03:色々開墾

 ところで少女たちは働き者でした。


 よく晴れた日など、百姓の血が騒ぎます。

 じっとしてるのも何なんで、鬼の許可を得て、開墾(かいこん)して、田畑を耕し、糸を作り(はた)を織り、着物を仕立てます。

 私たちは、鬼の村の中で、一定の仕事を担うようになりました。


 ある日、鹿の角を持つ鬼が、私に言いました。


「先に言っていた数年が、過ぎた気がするが。」


 私はしれりと答えます。


「何をおっしゃいますやら。まだ一年も経っておりません。」

「何を言うか。山のアケビが三度なったわ。」

「……あれは一年に五度なるのです。鬼ともあろう方が、そんな事もご存じないのですか。」


 嘘です。アケビは一年に一度です。

 アケビが三度なったと言うことは、鬼の言う通り、私たちが鬼の村に来てから、三年が経ったと言うことです。

 私は嘘を言い続けます。


「いえ、いえ。鬼ともあろう方が、そんなはづはございません。きっと無知な人間が、ちゃんと一年を数えられるかどうか、お試しになっただけなのです。」


 私は手を振りながら、視線を外します。


 鬼は、私の言い分に、あきれたのか怒ったのか、少し黙りました。

 鬼の瞳は、爛々(らんらん)とした水色や黄色で、人間離れした瞳孔は、縦に細く小さく、むしろ点。

 情などひとかけらも無さそうです。


 おかげで表情が全く読めません。

 でもきっと、相手を食った私の言い方に、あきれているか怒っているに違いありません。こわい。

 しかし、今のこの交渉が、私のこの村での役割なのです。


 出会い頭に、「子を産むのはちょっと待って下さい」と言い出っぺになったので、私はそのまま、仲間を励ましたり、鬼を誤魔化したりの、緩衝剤役になったのです。


 その頃になると私に限らず、仲間内では、それぞれ役割ができていました。

 集団のまとめ役というのを、いとわないねえさんたちが、数人います。

 まとめ役と言っても、要するに雑用なのですが、リーダーシップを取るのに満更でもない人がいると、周囲の人間は助かるのです。

 そして私は、そのリーダー役のねえさんや、年下の少女たちを、サポート、フォローする役でした。

 それぞれが、それなりにうまく回っていたと思います。


 私たちは、その役割を、ぼんやりと必死に全うしてました。






「……な。なにか?」


 しばらく黙っている鬼に、私はきょどきょどしながら聞き返します。


 別に、アケビの稚拙(ちせつ)な嘘は、通じなくてもいいのです。

 娘たちが、子を産むのを拒否している、というポーズが伝われば、この言い分は、交渉として意味があるのです。

 交渉が通じるかは別の話ですけど。にらまれてるのすごい怖いですけど。


 鹿角の鬼は言いました。


「……いや。人はみな「子供」の内から、そんなに口が達者なのか。」


 ドキリ。

 私の胸は、危機的な意味で高鳴りました。

 その頃の私の年齢は、十八前後です。詳しい年齢は自分でも分からないのですが、たぶんそのくらいです。

 もし人間の村にいたなら、それこそ、ややの一人も居たかも知れません。いわゆる鬼の言う「子供」ではありません。


「……、…。」


 私はすごく曖昧な、ジャパニーズ笑顔をして、そそくさとその場を去りました。

 必要な会話が済めば、さわらぬ鬼に祟りなし、なのです。

 後ろから鬼が、「あ」とか「おい」とか言ってる気もしますが、きっと空耳なのです。くわばらくわばらです。






 さて。


 その頃になると、少女の中で個人的に、鬼と微笑ましい恋を育む者が出てきます。

 少女は、元気で可愛い世話焼きで、相手の鬼は、他の鬼よりも小柄で気が優しいのです。

 少女は次第に、心とか体を開いたのでした。


 あれよという間に、(ねんご)ろになり頃合いになり、あっさりとややが産まれました。

 少女と鬼は、大変むつまじく、その姿は、リア充末永く爆発しろといった具合なので、私もこれ以上、野暮は申しません。


 ややが産めるではないかと、せきを切ったかのように、出産ラッシュです。


 私たちは、浮き足立つ鬼たちに、数年同じ村で過ごして、鬼に対して情がわいた、まんざらでもない娘たちをあてがいます。

 数週間で、母親からスルッと産まれる子たちの世話をして、鬼とあれするのに合意のない娘たちと共に、私は鬼からトリッキーに逃げまくったのでした。






 ――――某日。某寄り合い所。


「娘たちが、既に子をなせるとは。」


「リンは率先して、(われ)らを騙した事になる。」


「…まあ、それは吾ら暗黙の了解ではあったが。」


「人の娘たちはよく働き、村の食料を増やした。(たばか)った事は問うまい。」


「うむ。」


「うむ。」


「娘たちの織る反物は、吾らの衣服だけでなく、よそへも売りに出せる。これがまたよい値で。売る時は、商談の得意な、あの娘たち数人を連れれば、よりよい具合に話がまとまる。」


「――結果オーライという事で。」


「異議はない。」


「ところで。頭領どのは最近、あの目の弱い人の娘の尻に敷かれているとか。」


「――……敷かれた方が、うまく事が回るものよ。」


「……えらい遠い目ですな。」


「……。」


 鬼たちは、悲喜こもごもの様相を呈したのだった――。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ