03:色々開墾
ところで少女たちは働き者でした。
よく晴れた日など、百姓の血が騒ぎます。
じっとしてるのも何なんで、鬼の許可を得て、開墾して、田畑を耕し、糸を作り機を織り、着物を仕立てます。
私たちは、鬼の村の中で、一定の仕事を担うようになりました。
ある日、鹿の角を持つ鬼が、私に言いました。
「先に言っていた数年が、過ぎた気がするが。」
私はしれりと答えます。
「何をおっしゃいますやら。まだ一年も経っておりません。」
「何を言うか。山のアケビが三度なったわ。」
「……あれは一年に五度なるのです。鬼ともあろう方が、そんな事もご存じないのですか。」
嘘です。アケビは一年に一度です。
アケビが三度なったと言うことは、鬼の言う通り、私たちが鬼の村に来てから、三年が経ったと言うことです。
私は嘘を言い続けます。
「いえ、いえ。鬼ともあろう方が、そんなはづはございません。きっと無知な人間が、ちゃんと一年を数えられるかどうか、お試しになっただけなのです。」
私は手を振りながら、視線を外します。
鬼は、私の言い分に、あきれたのか怒ったのか、少し黙りました。
鬼の瞳は、爛々とした水色や黄色で、人間離れした瞳孔は、縦に細く小さく、むしろ点。
情などひとかけらも無さそうです。
おかげで表情が全く読めません。
でもきっと、相手を食った私の言い方に、あきれているか怒っているに違いありません。こわい。
しかし、今のこの交渉が、私のこの村での役割なのです。
出会い頭に、「子を産むのはちょっと待って下さい」と言い出っぺになったので、私はそのまま、仲間を励ましたり、鬼を誤魔化したりの、緩衝剤役になったのです。
その頃になると私に限らず、仲間内では、それぞれ役割ができていました。
集団のまとめ役というのを、いとわないねえさんたちが、数人います。
まとめ役と言っても、要するに雑用なのですが、リーダーシップを取るのに満更でもない人がいると、周囲の人間は助かるのです。
そして私は、そのリーダー役のねえさんや、年下の少女たちを、サポート、フォローする役でした。
それぞれが、それなりにうまく回っていたと思います。
私たちは、その役割を、ぼんやりと必死に全うしてました。
「……な。なにか?」
しばらく黙っている鬼に、私はきょどきょどしながら聞き返します。
別に、アケビの稚拙な嘘は、通じなくてもいいのです。
娘たちが、子を産むのを拒否している、というポーズが伝われば、この言い分は、交渉として意味があるのです。
交渉が通じるかは別の話ですけど。にらまれてるのすごい怖いですけど。
鹿角の鬼は言いました。
「……いや。人はみな「子供」の内から、そんなに口が達者なのか。」
ドキリ。
私の胸は、危機的な意味で高鳴りました。
その頃の私の年齢は、十八前後です。詳しい年齢は自分でも分からないのですが、たぶんそのくらいです。
もし人間の村にいたなら、それこそ、ややの一人も居たかも知れません。いわゆる鬼の言う「子供」ではありません。
「……、…。」
私はすごく曖昧な、ジャパニーズ笑顔をして、そそくさとその場を去りました。
必要な会話が済めば、さわらぬ鬼に祟りなし、なのです。
後ろから鬼が、「あ」とか「おい」とか言ってる気もしますが、きっと空耳なのです。くわばらくわばらです。
さて。
その頃になると、少女の中で個人的に、鬼と微笑ましい恋を育む者が出てきます。
少女は、元気で可愛い世話焼きで、相手の鬼は、他の鬼よりも小柄で気が優しいのです。
少女は次第に、心とか体を開いたのでした。
あれよという間に、懇ろになり頃合いになり、あっさりとややが産まれました。
少女と鬼は、大変むつまじく、その姿は、リア充末永く爆発しろといった具合なので、私もこれ以上、野暮は申しません。
ややが産めるではないかと、せきを切ったかのように、出産ラッシュです。
私たちは、浮き足立つ鬼たちに、数年同じ村で過ごして、鬼に対して情がわいた、まんざらでもない娘たちをあてがいます。
数週間で、母親からスルッと産まれる子たちの世話をして、鬼とあれするのに合意のない娘たちと共に、私は鬼からトリッキーに逃げまくったのでした。
――――某日。某寄り合い所。
「娘たちが、既に子をなせるとは。」
「リンは率先して、吾らを騙した事になる。」
「…まあ、それは吾ら暗黙の了解ではあったが。」
「人の娘たちはよく働き、村の食料を増やした。謀った事は問うまい。」
「うむ。」
「うむ。」
「娘たちの織る反物は、吾らの衣服だけでなく、よそへも売りに出せる。これがまたよい値で。売る時は、商談の得意な、あの娘たち数人を連れれば、よりよい具合に話がまとまる。」
「――結果オーライという事で。」
「異議はない。」
「ところで。頭領どのは最近、あの目の弱い人の娘の尻に敷かれているとか。」
「――……敷かれた方が、うまく事が回るものよ。」
「……えらい遠い目ですな。」
「……。」
鬼たちは、悲喜こもごもの様相を呈したのだった――。