02:鬼の村へ
ここは鬼の村です。
二本杉の所から、獣道を歩き、日もとっぷりと暮れた頃、私たちはようやく村らしきところに着きました。
月明かりの中、まわりを見渡します。
むき出しの岩壁に、粗末な家がぽつぽつとありました。
それぞれの住処からこちらを覗く、女や子供の鬼たちの目は、闇夜に光っております。
私たちの住んでいた村よりも、もっと殺伐とした風景です。
人の村から、食料や女を取るのも納得するほど、何もない村でした。
女の鬼は少なくて、誰もが子を抱き、腹を重たそうにしています。その姿に、私たちは今後の自分たちを想像いたします。嗚呼とも思いますし、ため息も止めどなく流れ出ますし、きゃーとも思います。
私たちは、鬼たちの赤子を産むために、この村に来たのです。
鬼が女を所望と言ったら、物理的に食うか、性的に食うかの二択というね。
そして鬼たちの縄張りである、この辺りの認識では、たいがい後者なのです。日本昔話というのは、割と性的なものなのです。おっと、極論過ぎました。
しかし落ち込みすぎは良くありません。私たちは顔を合わせ、
必ずこの村から出ると、誓い合ったのでした。
鬼の村に着いた私たちは、村の中央にある広場に集められました。
そこには、こうこうとかがり火が焚かれていて、待ち受ける鬼たちと、供物を運んできた鬼たちが合流し、異形の鬼の数はますます増えたのです。
パチパチパチ
かがり火が音を立てます。
静かな中、私たちは、供物の食べ物と一緒に、どっかりと地面に降ろされました。
鬼たちは、私たちを含めた供物を、ぐるっと取り囲みます。
どうやら、少女や、品物の数を確認しているようです。
そんな曖昧な明かりの中、私たちはこの場の恐ろしさに、身を寄せ合い震えました。
鬼達の姿はますます大きく見えて、私たちは本能的な弱肉強食を、捕食される立場というのを、感じずにはいられませんでした。
その時、一人の鬼が、地に響くような声で言います。
「人間は、女子供の区別が付かぬ。みな痩せていて小さい。これらの人間は、ややをなせるのか。」
鴨がネギを背負ってきました。
さらわれてきた娘たちの年齢はバラバラです。しかし皆、少女と呼ばれて数年を過ごしていました。
村長が厳選して、村の衆の命と、引き替えにした娘たちです。
私は鬼たちに対して、交渉に出ました。
「私たちはまだ子供。ややは産めません。あと数年だけお待ち下さい。」
嘘です。
娘によりもう産めます。村に子供を残してきた娘もいます。
私は、恐ろしさを落ち着けようと、胸に手を当てながら、もう一度、続けます。
「どうか、あと数年だけ、お待ち下さい。」
「よかろう。人の数年など、吾らにとっては、まばたきも同じ。」
鬼は深く考えることをしない性質なのでしょうか。
私の要望を思いのほかあっさり通すと、私たちは、このあと数年、本当に鬼のややを産むことはなかったのです。
私たちはほっとしたり、執行猶予が延びた囚人のようになったり、様々な反応をしたのでした。
――――某時。某小屋。
娘たちは、月明かりの中、就寝につこうとしていた。
数人ずつで、さわさわとなされていた会話の中で、一人がこんな事を言い出す。
「鬼のおややを産みたくて、この村に来たひとー。」
別の少女は、言い出した娘をいさめる。
「うわダイレクトに聞きすぎよ。」
「ねえちょっと、まだ本当に子供もいるんだから、こう……オブラートに包んで。」
一人は、両手で何かを包むようなジェスチャーをした。
そんな中、小柄な娘がうつむきながら、詰まるような声で言う。
「わたし……おにの捧げ物になると、家族にお米が配られるって、村長さまが言うから……それで。」
「……ッ」
「もういい……っ! もう何もいわなくていいから……ッ。」
年端もいかない娘の告白を、やや年上の娘が、耐え切れぬように遮った。告白した娘を抱きしめる。
そんなやり取りを尻目に、別の娘が、冷静に会話を継いだ。
「でもまあ……。私も似たような物かな。みんなもそんな感じよね?」
「……まぁ。ねぇ。」
娘たちは、誰ともなしに、目を合わせ、視線をさまよわせる。
「ははっ……。」
「……。」
「…………。」
「………………。」
いつの間にか、小屋の会話は、この話題が中心になっていた。
気まずい沈黙と共に、小屋の中も静かになる。
そんないたたまれない空気を変えようと、年上目の娘が、それらしい貫禄を供えて、言い切った。
「私はある程度、覚悟できてるかな。どうしてもの時は、私を差し出してもいいよ。」
どよよっ
「ねえさん……!」
娘たちの視線は、その娘に集まる。驚愕と尊敬の念だ。
「こんな小さい子に、そんなことさせられないでしょ。」
「……ねえさん。かっこいいよ。」
防波堤になってくれるという娘に、年下の娘たちは、憧憬の目を向ける。
言い切った娘に続くように、同じ年代の娘が、やはり吹っ切れたように言った。
「私も……ねえさんと同じく、もしもの時は差し出されてもいいかな。」
そして、おまけを付け足す。
「正直、ああいうの嫌いじゃないし。」
「 ま じ で 。」
娘たちの視線は、さっきの倍ほど、嗜好を告白した娘に集まった。
「勇者……。勇者さまだ……。」
「勇者さまがいらっしゃる……。」
ざわ…… ざわり……
深く、厳かな、さわめきだった。
その中に混ざるように、別の会話も、密かに行われる。
「じゃあもしかして私、邪魔した?」
「いや、リンはよくやったと思うよ。」
「そうね。結果論だけど、私もあの場合は『全員を守り』に入らせた方が、安全だったと思うわ。」
「もう一人の、今日の勇者の称号を与えましょう。」
「いや、この流れでその称号を与えられましても……。」
話を振られた少女は、控えめに、首を左右に振った。
不安と度胸と困惑が入り乱れた少女たちは、さわさわとその夜を明かしたのだった――。