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リンと鬼  作者: すすす
鬼の村時期
2/16

02:鬼の村へ

 ここは鬼の村です。


 二本杉の所から、獣道を歩き、日もとっぷりと暮れた頃、私たちはようやく村らしきところに着きました。

 月明かりの中、まわりを見渡します。

 むき出しの岩壁に、粗末な家がぽつぽつとありました。


 それぞれの住処からこちらを覗く、女や子供の鬼たちの目は、闇夜に光っております。


 私たちの住んでいた村よりも、もっと殺伐とした風景です。

 人の村から、食料や女を取るのも納得するほど、何もない村でした。

 女の鬼は少なくて、誰もが子を抱き、腹を重たそうにしています。その姿に、私たちは今後の自分たちを想像いたします。嗚呼とも思いますし、ため息も止めどなく流れ出ますし、きゃーとも思います。

 

 私たちは、鬼たちの赤子(ややこ)を産むために、この村に来たのです。


 鬼が女を所望と言ったら、物理的に食うか、性的に食うかの二択というね。

 そして鬼たちの縄張りである、この辺りの認識では、たいがい後者なのです。日本昔話というのは、割と性的なものなのです。おっと、極論過ぎました。


 しかし落ち込みすぎは良くありません。私たちは顔を合わせ、


 必ずこの村から出ると、誓い合ったのでした。


 鬼の村に着いた私たちは、村の中央にある広場に集められました。

 そこには、こうこうとかがり火が焚かれていて、待ち受ける鬼たちと、供物を運んできた鬼たちが合流し、異形の鬼の数はますます増えたのです。


 パチパチパチ


 かがり火が音を立てます。

 静かな中、私たちは、供物の食べ物と一緒に、どっかりと地面に降ろされました。

 鬼たちは、私たちを含めた供物を、ぐるっと取り囲みます。

 どうやら、少女や、品物の数を確認しているようです。

 そんな曖昧な明かりの中、私たちはこの場の恐ろしさに、身を寄せ合い震えました。


 鬼達の姿はますます大きく見えて、私たちは本能的な弱肉強食を、捕食される立場というのを、感じずにはいられませんでした。


 その時、一人の鬼が、地に響くような声で言います。


「人間は、女子供の区別が付かぬ。みな痩せていて小さい。これらの人間は、ややをなせるのか。」


 鴨がネギを背負ってきました。

 さらわれてきた娘たちの年齢はバラバラです。しかし皆、少女と呼ばれて数年を過ごしていました。

 村長(むらおさ)が厳選して、村の衆の命と、引き替えにした娘たちです。


 私は鬼たちに対して、交渉に出ました。


「私たちはまだ子供。ややは産めません。あと数年だけお待ち下さい。」


 嘘です。


 娘によりもう産めます。村に子供を残してきた娘もいます。

 私は、恐ろしさを落ち着けようと、胸に手を当てながら、もう一度、続けます。


「どうか、あと数年だけ、お待ち下さい。」


「よかろう。人の数年など、(われ)らにとっては、まばたきも同じ。」


 鬼は深く考えることをしない性質(たち)なのでしょうか。

 私の要望を思いのほかあっさり通すと、私たちは、このあと数年、本当に鬼のややを産むことはなかったのです。


 私たちはほっとしたり、執行猶予が延びた囚人のようになったり、様々な反応をしたのでした。








 ――――某時。某小屋。


 娘たちは、月明かりの中、就寝につこうとしていた。

 数人ずつで、さわさわとなされていた会話の中で、一人がこんな事を言い出す。


「鬼のおややを産みたくて、この村に来たひとー。」


 別の少女は、言い出した娘をいさめる。


「うわダイレクトに聞きすぎよ。」


「ねえちょっと、まだ本当に子供もいるんだから、こう……オブラートに包んで。」


 一人は、両手で何かを包むようなジェスチャーをした。

 そんな中、小柄な娘がうつむきながら、詰まるような声で言う。


「わたし……おにの捧げ物になると、家族にお米が配られるって、村長さまが言うから……それで。」


「……ッ」


「もういい……っ! もう何もいわなくていいから……ッ。」


 年端もいかない娘の告白を、やや年上の娘が、耐え切れぬように遮った。告白した娘を抱きしめる。

 そんなやり取りを尻目に、別の娘が、冷静に会話を継いだ。


「でもまあ……。私も似たような物かな。みんなもそんな感じよね?」


「……まぁ。ねぇ。」


 娘たちは、誰ともなしに、目を合わせ、視線をさまよわせる。


「ははっ……。」


「……。」


「…………。」


「………………。」


 いつの間にか、小屋の会話は、この話題が中心になっていた。

 気まずい沈黙と共に、小屋の中も静かになる。

 そんないたたまれない空気を変えようと、年上目の娘が、それらしい貫禄を供えて、言い切った。


「私はある程度、覚悟できてるかな。どうしてもの時は、私を差し出してもいいよ。」


 どよよっ


「ねえさん……!」


 娘たちの視線は、その娘に集まる。驚愕と尊敬の念だ。


「こんな小さい子に、そんなことさせられないでしょ。」


「……ねえさん。かっこいいよ。」


 防波堤になってくれるという娘に、年下の娘たちは、憧憬の目を向ける。

 言い切った娘に続くように、同じ年代の娘が、やはり吹っ切れたように言った。


「私も……ねえさんと同じく、もしもの時は差し出されてもいいかな。」


 そして、おまけを付け足す。


「正直、ああいうの嫌いじゃないし。」


「 ま じ で 。」


 娘たちの視線は、さっきの倍ほど、嗜好を告白した娘に集まった。


「勇者……。勇者さまだ……。」


「勇者さまがいらっしゃる……。」


 ざわ…… ざわり……


 深く、厳かな、さわめきだった。

 その中に混ざるように、別の会話も、密かに行われる。


「じゃあもしかして私、邪魔した?」


「いや、リンはよくやったと思うよ。」


「そうね。結果論だけど、私もあの場合は『全員を守り』に入らせた方が、安全だったと思うわ。」


「もう一人の、今日の勇者の称号を与えましょう。」


「いや、この流れでその称号を与えられましても……。」


 話を振られた少女は、控えめに、首を左右に振った。

 不安と度胸と困惑が入り乱れた少女たちは、さわさわとその夜を明かしたのだった――。






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