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リンと鬼  作者: すすす
いつか時期(掌編)
13/16

肩たたき

「ここですか! ここが良いですか、鹿角(しかづの)さん。」


 室内には、私の荒い息づかいが響きます。

 私の目の前では、鬼の鹿角さんの、枯れ草色のたてがみが、わっさわっさと揺れています。

 私のこぶしを受けて、鹿角さんは低くうめきました。

「妙なことを口走ったら……、身の危険が迫ると思え。」


 鹿角さんからの牽制に、私は、鹿角さんへのボクシングじみた肩たたきを中断させました。

 口の利き方が、お気に召さなかったようです。

 私の身に危険が迫るのは頂けません。






 鹿角さんは、私に背を向け、文机(ふづくえ)に向かって座っております。

 今は鬼の村に戻ってきてるので、家具の大きさが、鹿角さんの体に合っています。大きな文机です。

 ご苦労様ですね、と私はねぎらいの気持ちを持って、肩たたきを始めたのですが、思わぬエキサイティングをしてしまいました。

 むしろ、こっちが良いストレッチになって、肩凝り解消です。


「でも本当は、肩は叩くよりも、なでるくらいの摩擦(まさつ)の方が、筋肉を痛めなくてよいみたいですね。」


 という、前情報を知っておきながら、殴り、いや、叩きに入ったのは、まあ私にも日頃の恨み(つら)みがあるのです。


 しかし鹿角さんの肩は、本当に固いです。

 この所、机に向かう事が多かったのですね。

 私は鹿角さんの両肩をなでました。


 すりすり


「んなっ!?」

「きゃっ!?」


 そんな、急に動かれると、肘鉄とかツノとか頭突きとかが怖いです。


「いきなり何ですか。びっくりするじゃないですか。」

「物凄くこっちのセリフだ。」


 はあはあと、呼吸を整える、私と鹿角さん。

 胸を押さえるように身構えている格好も似ています。それはファイティングポーズにも似ています。






 一呼吸置いたら、鹿角さんは、再び机に向かいます。肩たたきを催促するようにうつむきました。

 あれっ、まだ肩たたきをやるのですか。いや、いいですけどね。そんな当然のように肩を向けられたら。やりますけどね。


 なでなで

「……。」


 なでなで

「……。」


 一定の動きからの、着物生地の感触と、摩擦の音に、私は一種の催眠状態になり、再びだんだんと作業に夢中になりました。

 両肩、両腕、背中の上下、首、後頭部。

 一通りなで終わると、なぞの達成感にとらわれます。

 私は鹿角さんにたずねました。


「あと、気になるところはないですか?」

「うーん……。」


 ……その釈然としないお返事。もう一周ですか。よいでしょう。望むところです。


 しかし、私も疲れてきたので、鹿角さんの両肩を、しばらくぼんやりと眺めました。

 両肩にかけていた手を、前に回して、抱きついてみました。


 文机の帳簿を見ようと思ったのです。

 鹿角さんは、私の子泣き爺的な攻撃にも一切揺るぎません。

 帳簿はきちんと書かれてます。あれがそうなってこうなのですね。お疲れ様なのです。






「リン。」

 鹿角さんは私の名を呼んで、私の両腕をほどきました。

 私は、鹿角さんに預けていた体重を、床に戻します。


 交錯する私と鹿角さんの視線──。


 バッ


 きびきびと身を翻す音が、部屋に響きます。


 ……ふふん、足払いからの押さえ込みだなんて、お見通しですよ。

 私は自分の身軽さを生かして、鹿角さんの腕と、フェイントをかいくぐります。


 私は、十分に間合いを取って、鹿角さんと対峙しました。


 ピーッ…… チチチチ……


 沈黙を表すかのように、屋外の小鳥の鳴き声がよく聞こえます。


「……。」

「……。」


 じりっ……






 どのくらい対峙していたのか、私は長引かない内に、切り上げることにしました。

 笑ってお茶を濁します。


「──そろそろお茶にしましょうか。」

「えっ。……いや、うんその。……あぁ。」


 鹿角さんの返事が、聞こえるか聞こえないかの距離を、私は足早に取ります。

 ようかんを切りましょうね。ねえさんの作ったようかんは美味しいですよ。


 鹿角さんが物凄く「え、えぇ~……。」とした表情をしているのですが、知ったこっちゃありません。

 私は粛々(しゅくしゅく)とお茶の用意を始めたのでした。


 青空の下、窓の外の小鳥は、おおらかに鳴いています。






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