01:さらわれましたー
ある日、私たちは鬼にさらわれてしまいました。
さらわれてしまったと言っても、鬼への供え物としてなので、ちょっと語弊があります。
私たちの住む村は、実りの少ない、貧しい寒村でした。
その中で子供や老人は、幾人も養えません。
その上、盗賊だったり人を惑わす妖怪だったりを恐れる日々です。
しかし、私たちは鬼へお供え物を捧げることで、鬼の縄張りに住み、盗賊や他の妖怪から守ってもらえるのです。
捧げ物を用意するのは、数十年に一度で、周辺の村と持ち回りです。
私の住む村が、捧げ物を用意する年になりました。
私を含めた数人の少女たちが、村長さまの号令で集まります。
村が用意した捧げ物は、数人の少女と、なけなしの耕作物です。
捧げ物と、捧げ物を運ぶ者達は、口数も少なく、鬼との待ち合わせの場所に向かいました。
村から半日歩いた時、待ち合わせの場所に着きました。
そこには大きな二本の杉があり、おそらくこれが目印です。
待ち合わせの場所には、他の村からも、少女たちと食料が用意されてありました。
すべて合わせると、二十人前後の少女たちと、たくさんの食料です。
粗末な輿や、豪華な輿があります。
多くのお供え物は、村での質素な暮らしと相対して、かえって、これから起こる不吉な出来事を予感させます。
少女たちの格好も、粗末だったり豪華だったり、様々です。
ちなみに私の格好は、身なりを整えただけの、いつもと変わらない格好です。
女三人寄れば、かしましい。などと言いますが、状況が状況なので、とても静かです。
表情も硬く、悲しんでいたり諦めていたりです。
私たちを連れてきた、村の衆も早々と帰りました。
「……。」
「……、……。」
「…………。」
少女たちは静かです。
いつ来るかも分からない鬼を、鬱々と待ってるのも何なんで、私は近くの少女と、こっそり交流を図ってみました。
私は近くの数人の少女と、何回か会話をして、相手の緊張が少し和らいだかもしれない頃。
あたりが青い薄闇に包まれ、日も沈み始めた頃。
鬼たちは現れました。
「……。」
さっきまで、少しさわめいていた少女たちは、一斉に息を呑みました。
暗闇に現れた鬼たちは、供え物を運ぶのに十分な人数です。
その数十人の鬼たちの身の丈は、個人差はありますが、人の二倍三倍ありました。
頭からは、鹿とも牛ともとれない、白、黒、茶色、まだら、鬼によって色々なツノを生やしています。
たてがみは、ごうごうと枯れ草のような色です。
口からは、大小、凶悪な牙を、上から下から、生やしています。
耳まで裂けた、人ならざる口も、大変醜悪です。
格好は、獣の毛皮などなどを身にまとい、腰や背には武器を持ち、山賊の方がよほど気の利いた格好をしてると思われます。こわい。
鬼たちは、供え物を一瞥すると、数人の鬼の指示に従い、持ち上げ始めました。
少女たちも、悲鳴を上げる暇もなく、鬼にかつがれます。
「……!?」
食われる。(食的に)
などと危惧した少女たちですが、鬼たちは、少女や輿をさっさと持ち運び、移動をはじめました。
諸々のお供え物を、良い塩梅に持ち、大漁大漁とでも言わんばかりです。
「……。」
私たちは、鬼の肩の、前に後ろに適当にかつがれました。
薄暗い獣道を歩いて行きます。
鬼たちの体は、大きさからして人間と違うので、走っているのか歩いているのか、それこそ魍魎に化かされたかのように、まわりの景色は流れてゆきました。
不思議なものです。
私は、流れる景色をただ眺めました。
こんな状況に対して、はばかれる言い方をすれば、ちょっと感動していました。スピードすごい。
鬼たちは、少女を含めた荷物を黙々と運び、私語は聞こえません。
むしろ、少女たちのすすり泣きが聞こえます。
しくしく…… くすん、くすん……
そうですよね、こわいですよね。
産まれ育った村ともお別れですし。私も、大きな鬼は怖いです。
しかし、回りを流れる景色の何て不思議なことでしょうか。
いつもより高い目線の、何とおもしろいことでしょうか。これは目が離せません。
しかし、少女たちが泣いている時に、こんな風に楽しがるなんて、不謹慎かもです。
もしかしたら、高い所が苦手な人もいるのかもしれません。そうそう、昔から、なんとかと煙は高い所が好きって……。
私が無口に運ばれていると、
「リ、リンさぁん……。」
私の名前を呼ぶ、少女の涙声です。
ごめんなさい、こんな時に何ですが、そんな風に呼ばれると、ちょっときゅんとします。
私(をかつぐ鹿角の鬼)の前を歩く(牛角の鬼にかつがれている)少女の声でした。
さっき知り合いになった、私よりも、ふたつ年下の少女です。
まだ親も恋しい年頃です。あらあら泣かないで、大丈夫ですよ。私は少女に声をかけます。
「だいじょうぶ。たぶん鬼の村まで、運ばれているだけだから。」
まあ、見たままを言ってるだけなんですけど。
先のことを考えると、実はなにも大丈夫じゃないんですけど。
中身はなくとも、声かけは大事だと思うのです。
「だいじょぶよ。」
私は少女に笑いかけます。
根拠のない笑顔なのですが、人間ふしぎと、仲良くなった相手の表情につられてしまいます。
少女はすこし落ち着きを取り戻しました。手を伸ばして、
「わぁん、リンさん。手を繋いでください~。」
「それはちょっと……、さすがに手がとどかないよ……。」
私たちは、お互いに手を伸ばしましたが、いまいち届きませんでした。
「くっ、リンさーん……!」
「うう、ぃよいしょー……!」
ファイト一発的に手を伸ばしたのですが、やはり届きませんでした。
――――某時。某倉庫。
鬼たちは、人の村から頂いたお供え物を、整理していた。
穀物、野菜、酒。または織物、貴金属。
近年は悪天候による不作で、どこの村も世知辛い。
運搬をしている鬼が、目録を確認している鬼に、世間話を始める。
「鹿角。お前が運んでた人間たちは、妙にきゃっきゃしてたな。」
「そうだな。それソコの場所な。」
「おう。おれが運んだ人間は気が強くて、顔を蹴られたよ。」
愚痴のようだが、少女の蹴りなど、猫パンチもいいところ。鬼にとってはご褒美です。
他の鬼が、本気で陰鬱そうに言った。
「蹴られる位ならまだいい。おれなんか泣きわめかれたよ。一人が泣いたら、五人、十人と広がって……。混沌とするわ、いたたまれないわ……もう……。」
「……。」
「……。」
「……。」
生きるための略奪、いや、そこの目録をつけている鬼風に言えば、「治安の向上とその報酬の、交換条件」とは言え、いたいけな少女を泣かせるのは、やはり寝覚めが悪い。
鬼の一人が、「まあ……、なんだ……。」と、重苦しい雰囲気を変えようと、話題を変えた。
「おれうしろの方にいたから、分からなかったけど、きゃっきゃしてた人間って、どんな風だった?」
「片方はたれ目で小動物みたいなので、片方は切れ長黒目勝ち。鹿角が運んでいたほうが、切れ長黒目勝ち。」
「かわいい?」
「種類は違うが、両方かわいい。」
「……。」
「甲乙つけがたいな。」
「あとは好みの問題……か……。」
鬼たちは、とても難解な局面を迎えたかのように、神妙な面持ちで、倉庫の整理を続けた――。