/F_o_a_F/ (たぶん)友達のともだちから聞いたはずの不穏な話
押し入れの中
_/2015年前後/東京都もしくは神奈川県/男性/24歳/学生/
大学の空手部で部長をしているO君の部屋に、いきなり後輩が押しかけてきた。
深夜である。寝入りばなを邪魔され苛ついてドアを開けたO君の前に、いかつい肩を縮こまらせた後輩が立っている。
今まで見たこともない表情……ほとんど泣き顔だ。
「先輩、夜分本当にすみません」
「おう、まったくだぞお前」
「申し訳ないです……今夜ちょっと、泊めてもらえませんか」
「ああ? なんだ酔っ払ってんのかてめえは。家、すぐ近くだろうが」
「や、そういうわけではなく……」
埒が明かないのでとりあえず部屋に入れ、話を聞いた。
後輩が居酒屋の厨房バイトを終えてアパートへ帰宅すると、もう深夜1時を回っていた。
明日は1限から出席確認が厳しい講義がある。バイトの疲れも溜まっているから、今日は速攻で寝てしまおう。
そう思って蒲団をしまっている押し入れを開ける。
なぜかそこに蒲団はなく――かわりに正座した女の後ろ姿があった。
着物姿。引っ詰めにした白髪と脂気のないうなじ。老婆らしい。
だが、大きい。着物がぱんぱんになるまで肥大して……いや、サイズそのものが大きいのか。
蒲団を重ねて収納していたはずの空間いっぱいに、後ろ向きに正座した老婆が、みっちりと詰まっていた。
そのまま部屋から逃げ出して、近所に住んでいたO君のアパートへ転がり込んだ、という。
歯の根が合わないのか、どもったりつっかえたりで要領を得ない後輩の話をまとめると、そういうことだった。
「おばけか。お前の部屋に」
「はい……いや、あの」
「おばけが出たのか。それでビビってんのか。アホかお前。そんなだといつまでも茶帯止まりだぞ」
「いや……あの、無理っす、正直、無理なんですあれ」
「なにが無理だよ、ちょっとデカいだけのババアだろがよ」
「いや、ちがくて、あれ……あれ母親なんです。お母さんなんですよ」
あれはお母さんだった、という意味のことを焦点の定まらない目で繰り返す後輩に呆れ、もう好きにしろと吐き捨ててO君はベッドに戻った。
よくわからないことを言っている後輩の様子が若干気になったものの、眠気が勝る。
次の朝、起きてみるとすでに後輩の姿はなかった。早くに大学に行ったかと思い、特に気にせずO君は朝の支度を始めた。
その日から、後輩は部活に姿を見せなくなった。講義にも出席しておらず、バイトにも出て来ないという。
二週間ほど経ち、さすがに気になったO君は後輩の同期にあたる部員たちを集めて話を聞いた。しかし誰も後輩の消息を知らない。
「そうなると、あいつに最後に会ったのは部長ということになりますね」
「そうなるのかあ、めんどいなあ。これ警察行ったほうがいいのか? あ、その前に学生課行って親御さんに連絡してもらうのがいいのか」
「あいつ親いないっすよ。去年、親父が交通事故で亡くなったって、しばらく休んでたじゃないですか」
「……そうだったな。でも母親――」
(正直、無理なんですあれ)
(あれ母親なんです。お母さんなんですよ)
あの夜の、後輩の言葉を思い出した。お母さんが――
「あ、部長は聞いたことなかったですか? あいつ片親ですよ」
「そう、母親はあいつ産んだときに死んだって話で」
「ショック受けた親父が写真とか全部処分したから、あいつ母親の顔とか全然知らないって」
だから親はもうどっちもいないですね、親戚とかが連絡先になってるかもですけど、という後輩たちの声を上の空で聞きながら、O君は気持ちが悪くなった。
お前、じゃあなんでそれを「お母さん」だと思ったんだ。
なにが「無理」だったんだ。
結局、後輩の行方はわからず、大学の籍も次の年には抹消された。




