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07.動き始めた家族たち


 『便利なお姉ちゃん』という呪縛は解け、私の手元には『最強のお姉ちゃん』という魔法だけが残った。


 それから、我が家には「泣き言」を言う者は一人もいなくなった。

 正確には、魔法(物理)の恐怖を骨の髄まで叩き込まれた彼らに、不満を漏らす余裕などなかったのだ。



 とはいえ、今まで何一つ役に立たなかった家族に対し、私は過度な期待も抱いてはいなかった。




 だが意外にも、新しい環境に真っ先に順応したのは、義妹のフルールだった。


 村の子どもたちに読み書きや計算を教える教会へ通わせるまでは、死ぬほど駄々をこねて抵抗したものだ。けれど、説得が面倒になった私が、風魔法で彼女を宙に浮かせ、無理やり教会まで吊り下げて運んだ。


 すると、どういうわけか状況が変わった。


 一日中、同年代の子どもたちと共に学び、時には慣れない雑用を命じられる生活。そんな時間が、彼女には心地よかったらしい。

 翌日からは、あれほど嫌がっていたのが嘘のように自ら進んで向かうようになったのだ。


 かつての彼女は、傲慢で癇癪持ちの「お姫さま」だった。けれどそれは、誰も自分を正しく導いてくれない環境下での、彼女なりの悲鳴だったのかもしれない。


 七歳の彼女に真に必要だったのは、甘やかすだけの召使ではない。自分を律してくれる教師と、共に土にまみれて走り回れる学友だったのだ。





 フルールの変化に触発されたのか、次に動き出したのは継母だった。

 当主交代から二週間が過ぎたある日の朝食後、彼女は意を決したように私へ声をかけてきた。


「そ、ソフィー様?」


「……呼び方は、今までどおりで構いませんよ」


「あの…………お、お姉ちゃん。以前おっしゃっていた、隣国のドレス店についての新聞記事……あれを、見せていただけないかしら」


「……いいでしょう。後で執務室へ」



 執務室を訪れた継母に、私は何枚かの切り抜きを差し出しながら構想を伝えた。


「下位貴族の懐事情は、お継母さまが一番よくご存じでしょう。自由にできるお金には限りがある。けれど、社交の場で輝きたいという欲望は、どんな娘も同じです」


「……そう、ね」


 継母の視線が、私の姿を上から下までなぞり、苦しげに歪んだ。今日の私の装いも、相変わらず着古されて生地の痩せた、色褪せたワンピースだ。


「素敵なドレスを何着も誂えるのは無理でも、借りることならできる。それがこの貸出(レンタル)です。隣国でじわじわと流行り始めているけれど、利用者は借り物であることを隠したがるから、まだ表には出ていない情報よ」


 これは王子様に夢見ていた頃の愚かな私が、帝国の情報を求めて地方紙や商業誌まで通読していたからこそ、掴めた商機だった。


「伯爵家の限られた予算で……まぁ、少々買いすぎだとは存じますが、お継母さまは常に最高の品を選んでいらした。私には流行の最先端は分かりませんが、夜会から戻られた際のあのご機嫌な様子を見るに、他家の夫人に引けを取らない装いだったのでしょう?」


 継母は、怒りと羞恥が入り混じった複雑な形相で、握りしめた扇子を震わせた。

 それでも苛立ちに身を任せて立ち去ろうとしないのは、自分の行いに対する負い目と、私に縋るしか生き残る道はないことを理解しているからだろう。


 つい皮肉が出てしまったが、せっかくやる気になった駒を手放すのは惜しい。

 私はふぅ、と小さく息を吐き出し、私情を脇に置く。


「……私は、お継母さまのその審美眼を買っているのです。最初に袖を通すのは貴女で、後はお下がり……いえ、伯爵夫人お墨付きの逸品として貸し出す。贅沢な話だと思いませんか? まずは手持ちのドレスを活用しますが、売上が立てば、その金で好きに新作を仕入れて構いません」


「……やって、みましょう。やってやるわ」



 それから、誇り高かったはずの彼女は、慣れない帳簿の数字と格闘しては知恵熱を出し、徹夜でドレスの綻びを自らの指を針で刺しながら必死に繕っていた。





 一番手がかかったのは、父だ。


 彼は元々、争いごとを嫌うと言えば聞こえはいいが、要するに面倒なことから逃げ続けてきた男だった。

 私が当主になってからも、どこか他人事で、温かいスープとふかふかの寝床が約束されていると信じ切っている節がある。


「お父さま、これ。今日のノルマです」


 私は執務室の椅子に深く腰掛けたまま、呼び出した父の前に、濁った安ワインの入ったグラスを置いた。


「な、なんだいこれは……。ひどい匂いだよ。まるで雑巾を絞ったような……」


「ええ、領民が飲んでいるのはこれ以下の代物です。お父さまの仕事は、水魔法で不純物を取り除き、強制的に熟成状態へ精製すること。……これからお父さまの夕食の飲み物は、そのひどい匂いの液体になりますから、必死に頑張ってくださいね」


「そんな、殺生な……!」


「殺生? ろくに仕事もせず、穀を潰すだけの殿方に、練習用の酒まで出してあげる優しいお姉ちゃんに向かって、何か文句でも?」


 挑発するように見上げると、父は情けない顔で、恐る恐る瓶を手に取った。


 彼に自発性やら責任感などを期待しても無駄なのだ。

 けれど父は、食い意地に関してだけは譲れない執着を見せる。現に、朝食のスープの味付けだけは、今や私よりも上手く仕上げるようになっている。


 ならば必要なのは、退路を断つ的確な指示。

 そして、成果を出さねば餓えるという適度な危機感だ。


 もしも父がまた怠けたとしても、夕食のワインが安物で済む分、経費が浮くだけの話。私が父のためにこれ以上時間を割くのも無駄だし、ひとまずは、これでよしとしよう。




 贅沢三昧だった継母は、没収されたドレスの山を前に絶望していたが、私が「レンタル業」という逃げ道を示すと、生き残るために必死で帳簿と格闘し始めた。


 父は、毎日泥水を飲むような苦行――水魔法による精製作業に没頭し、かつての肥満体型は見る影もなく引き締まった。


 そして義妹のフルール。彼女は私が強制した教会通いと土弄りの中で、初めて「自分の力で何かを育てる喜び」に目覚めていった。




 最初は恐怖から始まった変化だった。


 けれどウォルジー伯爵家は徐々に、確実に生まれ変わっていった。



課されたのは「役割」という名の義務。

だが、必死に汗を流す日々の中で、

彼らの中にあった「眠れる才能」が静かに芽吹き始める。


逃げ続けた父、虚栄に生きた母、我儘だった妹。

変わっていく彼らの姿に、ソフィーの頑なな心も揺れ動く。


次回、誰が彼らを無能にしたのか?

――冷え切った食卓に、十年ぶりの温かな灯がともる。


次話は、明日の朝7時半頃更新予定です!

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