第五話 復活
年末。鬼丸さんが稽古場に復帰した。
三ヶ月のブランクを経て、彼の体は以前よりも引き締まっていた。
「休養中、体幹を鍛える運動を続けていたんです」
鬼丸さんが説明してくれた。
「稽古はできなくても、出来ることはある。その積み重ねが、今の自分を支えています」
※
大正十二年一月場所、鬼丸さんは怪我のブランクも物ともせず、見事な相撲を取り続けた。
初日から八連勝。
九日目には、格上の横綱に突き出され負けてしまった。
千秋楽、同じ関脇との一番で、彼は祖父直伝の「吊り出し」を決めた。
相手の巨体を持ち上げ、土俵の外へ運ぶ。会場が驚嘆の声に包まれた。
「あれが谷風関の技か!」
「鬼丸、見事だ!」
鬼丸さんは優勝は逃したものの、九勝一敗で場所を終えた。
そして、大関への昇進が正式に決まった。
昇進伝達式の日、私は父と共に雷電部屋を訪れた。
紋付袴姿の鬼丸さんが、使者の前で口上を述べた。
「謹んでお受けいたします。土俵の伝統を守り、さらなる精進を重ねることをお約束いたします」
その凛とした姿に、私の目には自然と涙が浮かんだ。
式の後、鬼丸さんが私たちのところへ来た。
「見ていてくださって、ありがとうございます」
「鬼丸さん、いえ、鬼丸関。おめでとうございます」
「いえ、わたしの前では鬼丸さんと呼んでください」
彼は優しく微笑んだ。
「あと一歩です。横綱まで、あと一歩。もう少しだけ、待っていてください」
「はい」
私は力強く頷いた。
新大関で迎えた五月場所も鬼丸さんは、見事な成績を残した。
九勝一敗で初優勝。
【次の一月場所でも好成績ならば、横綱昇進となる可能性が高い】
新聞でもそう報じられた。
「でも、まだまだです。優勝したものの横綱にまた負けてしまいましたから。
お前にはまだ綱を張るのはまだ早いといわんばかりに。横綱になるには、横綱に勝つしかありません」
鬼丸さんの目は、真剣そのものだった。




