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眠る彼女の横顔を観察する。
すっかり『日課』となった愛しい人の穏やかな寝顔を眺めることのできるこの時間が一等好きだった。
長い睫毛を伏せて眠る彼女の寝顔は穏やかで、可愛らしい。血色の良い頬に触れて、起きないか反応を見る。まろい頬は弾力が良く、いくら触っていても飽きそうにない。
細い首筋をなぞると、くすぐったそうに身を捩る。その愛らしいさまに耐えきれず、寝ている彼女の唇にそっとキスをする。
(フィオナ、フィオナ。愛しています。だから僕から離れないで)
愛は免罪符にはならない。そんなことくらい分かっている。
僕が本当に彼女のことを想うならば、結婚を諦めるべきだった。こんな醜い妄執を持っている男の元にいつまでも縛り付けるのは可哀想だ。
自分でも痛いほどにそれを理解している。
けれど僕と離れて、他の男の隣に立つフィオナの姿を想像するだけで気が狂いそうになる。
「ごめんなさい。僕なんかがあなたを愛してしまってごめんなさい」
自分の腕に彼女を抱きしめながらの謝罪。
きっと僕と一緒にいない方がフィオナは幸せになれただろう。
ふと脳裏に過ったのは彼女が想いを寄せていた男の姿。
その存在を忘れてくれたことが、僕は一番嬉しいのかもしれなかった。
***
わたしが起きた時にはエドモンドはいなくなっていた。普段彼が寝ている場所にそっと手を置けば、温もりは残っていなかった。恐らく彼がベッドからいなくなって、ある程度の時間が経過しているのだろう。
ホッと息を吐き出して、ナイトドレスの裾を握り締める。
わたしが頭を悩ませているのは、やはり昨夜の出来事だ。
彼はわたしに何らかの薬を飲ませ、そしてわたしの寝顔をじっと眺めていた。
(……あれは夢じゃないのよね?)
無表情に自分を見下ろすエドモンドの瞳は昏く、恐ろしささえ感じた。
(エドモンドは本当に何がしたいの?)
ぶるりと背筋を震わせ、部屋を出る。おぼつかない足取りで向かった先は、わたしが転落したという客室の部屋だ。
もちろん行ったところで、何がある訳でもない。ただわたしは転落したことによって忘却してしまった記憶の手掛かりを自分自身の手で探したかった。
(だって今はエドモンドのことが信用できないわ)
思えば、彼にだって不審な点はいくつもあった。
けれどそのことに目を瞑って受け入れていたのは、ただわたしが楽な方に流されたかった卑怯者だからだ。
(今夜エドモンドが帰ってきたら、わたしがついていた嘘を全て白状しよう)
最初に大きな嘘をついたのはわたしだ。
そのことを心から謝って、今後のことを話し合おうと思う。
今後の話と言っても、それは暗い話だけではない。お互いに思っていることを一度吐き出して、そこからきちんと分かり合えるようになりたいと思っていた。
――この部屋に一人でやってきたのは自分の弱さと向き合うため。だから、覚悟を決めて扉に手を掛ける。
(……開いてるのね)
幸いなことに鍵は掛かっていなかった。唾を飲み込んで、ゆっくりと慎重に足を進めると人影が見える。
その人物が誰か理解するよりも前に、ベッドに突き飛ばされてしまった。




