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記憶喪失のフリをしたら冷たかった夫に溺愛されました(全年齢版)  作者: 秋月朔夕@書籍発売中


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6/22

6



 あれから彼は毎晩『練習』と称して、わたしの手を握るようになっていった。そしてつい先日はとうとう口付けも……。



 最初は触れるだけのキスで終わった。

 それならまだ大丈夫だと固まりながら耐えたのがいけなかった。エドモンドはわたしの反応を見ると「これなら大丈夫そうですね」と笑みを深め、短いキスを何度も繰り返したからだ。


 啄む程度のキスではあったけれど、執拗なくらいに口付けをされたことにより、わたしは息を吸うのも忘れ、酸欠からだらしなくエドモンドに自ら縋りついてしまった。



(だってしょうがないじゃない。エドモンドにされたキスなんて結婚式の時以来だったもの)



 義務としてあっさりと終えたキスとは違い、何度も繰り返された唇同士の触れ合いを思い出すだけで、頬に熱が溜まっていく。


 彼はいけしゃあしゃあと「記憶を失う前はキスも頻繁にしていましたからね」と嘯き、慣れるためにと何度も短いキスをしてきた。


 恥ずかしいのであれば、自分からしますかと言われたが、そんなことできる勇気はこれっぽちも湧かない。ふるふると首を横に振ると彼は残念そうに口を尖らせていた。


 あの行為が今夜もあるのだと思うと羞恥から身体が熱くなる。



(けど、わたしが本気で嫌だと言えば、離れてくれるのよね)



 昨夜も口の中に舌が侵入される恐怖に胸を叩いたら、あっさりと引いてくれた。

 ただその代わりに「ではフィオナが慣れるためにも短いキスを沢山しましょう」と提案されてはいるけれど……。

 ーーそれでもわたしの意思を辛抱強く待ってくれている。だからなんとか慣れようとは思うものの、異性との接触はどうにも恥ずかしくて、その手の指南書を読んでみようかと思っているところだ。 



(けど、どうやって手に入れたらいいの……?)


 お忍びで街に行きたいところだけれど、頭を打った件で彼は過保護となり、自分と一緒でないと外出を認めないと言い張っている。

 使用人を連れて行っても駄目ですか、と何度か尋ねてたが彼の答えは変わることがない。


 それどころか「行きたいところがあるのならば僕が日程を調整して一緒に行くと言っているのにあなたはどうしてそんなに頑ななんです」と反対に問い詰められてしまい、エドモンドに不信感を抱かせてしまった。


 探るようなエドモンドの視線が痛く、かと言って真実を正直に口にするのははばかられる。

 だから大人しく屋敷で過ごすようにしていたのだ。



***



 気分転換がてらに庭園を散歩した帰り、玄関先に人が集まっていることに気が付いた。

 来客の予定はなかったはずだ。一体誰だろうと考えていると、人垣から見知った顔が飛び出てきた。



(なんでここに?)


 眼が合った女性は鮮やかに微笑む。人を惹きつける美しい太陽のような美貌。その人物の名前を口にしようとして、慌てて押し黙る。


(いけない。今のわたしは『記憶がない』のだった)


 自分の吐いた出まかせを思い出し、身体が強張った。しかし彼女は耳元で「大丈夫。あなたに記憶がないことはもう知っているわ」と囁き、少し歩かないかと誘われる。

 わたしはそれに頷いて、二人並んで散策することにした。そしてややあって人気のない場所に出たところで、彼女はおもむろに口を開く。




「わたしはグレイシア。あなたの姉で、ランブルン公爵家の長女。あなたが結婚してから、中々会えなかったけれど、わたし達仲の良い姉妹だったのよ」


 パチリと片目を瞑って茶化してみせたのは、空気を軽くしようという気遣いなのだろう。

 久しぶりに会えた嬉しさがジワジワと胸に広がっているのに、それを表立って出せない歯痒さが苦しさに変える。


(……あんな馬鹿な嘘つくからだわ)


 

 仲の良かった姉にすら嘘をついている事実が罪悪感となり、ぎこちなく微笑むと彼女は穏やかにわたしを見つめ返す。


「わたしのことはグレイシアお姉様と呼んでいたわ。だからあなたも同じように呼んでくれると嬉しいわ」

「分かりました。グレイシアお姉様」

「うん……今日はね、あなたの顔を見に来たの」

「ありがとうございます」

「本当はもっと早くお見舞いに来たかったのだけれど()()()()()()。今、わたしの結婚のことでお父様達と揉めているの」

「まぁ……! 結婚のご予定があるのですか?」

「違うわ。その逆。わたしが成人しても結婚相手が中々決まらないからお父様達が焦ってきているのよねー」



 力なくゆるゆると首を横に振る姉はげんなりとした様子だ。しかし彼女はそれを誤魔化すようにして、再びゆっくりと歩き始める。


 家の近況や、過去の思い出話、姉妹で秘密にしていたことなどを語ってくれる姉の横顔は優しく、だからこそ、罪悪感が増して俯いた矢先――グレイシアはポツリと呟く。



「ねぇ、フィオナ。あなたはどうして自分からバルコニーから飛び降りたの……?」

「え?」



 思ってもいない質問に時が止まったような気がした。



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