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「先に横になっていて構いませんからね」
「本当に一緒に眠る気ですか?」
「だって僕達は夫婦でしょう。確かに僕の仕事が忙しくて、毎晩共に眠るのは無理でしたが、時間が許せば僕とあなたは一緒に眠っていましたよ」
「なっ……」
ぬけぬけと嘘を言ってのける彼に絶句する。けれど面と向かってそのことを指摘すれば、『記憶をなくした』というわたしの嘘がバレてしまうだろう。
どうしようかと頭を悩ませるわたしに彼は労わるような仕草で肩を叩いた。
「僕はただフィオナが心配なのです」
「心配?」
「だってあなたは頭を打ってしばらく目を覚さなかったでしょう? 医師から大丈夫だと伺っていますが、もしまたあなたの身に何かあるかと思うと心配で眠れそうにない」
「…………」
「ねぇ、フィオナ。誓って何もしません。ただあなたに僕の横で寝て欲しい。もしあなたがどうしても嫌だというのならば、床で寝ます。だから、どうか同じ空間で眠ることを許してくれませんか?」
「…………分かりました」
ここまで切実に訴えられては断りにくい。彼はわたしが頷くと破顔させ、そしてそのまま入浴のために部屋を出ていった。
エドモンドには先にベッドに入って良いと言われたので、大人しくそれに従おうと横になったけれど、なんだか落ち着かなくて無意味に寝返りを何度も打つ。
(なんでただ一緒に眠るだけなのに緊張しちゃうんだろう)
性的な行為を仄めかされていないのに……。
いっそ先に寝てしまおうかと眼をきつく閉じても眠気は中々やってこない。そうしている間に、入浴を終えたエドモンドが戻ってきたものだから諦めて布団から顔を出す。
彼は白いガウンを羽織り、少しウェーブの掛かった青み掛かった銀糸の髪はまだしっとりと濡れていて艶っぽく見えた。
「……起きていたんですね」
「ええ」
これから本当に彼と眠るのかと思うと身体が強張り、返事もぎこちない。
「そんなに緊張しないで。ただ眠るだけですよ」
「けど……」
「……フィオナがどうしても嫌なら、床で寝ましょうか?」
「それは駄目です」
毛の長い絨毯が敷き詰めてあるけれど、床で眠るとなると身体が痛むだろう。だから覚悟を決めて、ベッドに入ってもらう。
通常の物よりも広いベッドではあるけれど、さすがに成人した男性が一緒に横になると、いつもより狭く感じた。
身のやり場がなくてベッドの端に寄れば、エドモンドが「落ちますよ」と自分の方にわたしを引き寄せる。
「大丈夫。ただ眠るだけです。触りはしません」
「……分かっています」
分かってはいても、彼と眠ることは初めてなのだ。
確かに夫婦としての行為はしていた。けれどそれは必要最低限の接触で、用が終われば彼は速やかに去っていった。服もほとんど脱がないままの情事は色気もなく、子作りのためなのだと認識するに十分なものだ。
それなのに目的もないまま近付かれると距離感が分からなくて緊張する。
沈黙がやけに重く感じて、訪れない眠気が忌々しい。これ以上意識しないように彼のいる場所の反対側を向いて眠ろうとすれば、背後でエドモンドが動く気配がした。
「……同じベッドではフィオナが休めないようでしたら、やはり僕は床で寝ましょうか?」
彼は起き上がってわたしの顔を覗き込む。端正な顔が近くに来られると胸がドキリとする。
彼の提案はわたしには有難い。
けれど、わたしの看病のせいで、エドモンドがここ数日ろくに眠れていないことを使用人から聞いている。だからわたしは彼の提案にふるふると首を横に振った。
「それではエドモンドの身体が休めないでしょう」
「僕はどこでも眠れます。仕事で王城に泊まり込みの時はそれこそ、床に寝る日もありましたよ」
けろりとした彼の告白にわたしは眼を瞬かせる。
「そんなに忙しいのですか?」
「まぁ、王城で働き始めた頃は特に僕を親の七光りだと馬鹿にした奴らが僕の足を引っ張ろうとして、仕事を押し付けてきましたからね……」
子供の頃からエドモンドに意地悪されてきたわたしからすれば、よくエドモンド相手にそんなことができるのだと尊敬する。
わたしなら報復が怖くてそんなことはできない。
案の定、エドモンドは皮肉げに笑った。
「そんな奴らは決まって他にも何かをやらかしてますから、完璧に仕事をこなした後に、彼らの抱えている後ろ暗いことを全て暴いてやりました。お陰で出世も早まったので感謝もしていますよ」
「それは、大変でしたね」
果たして本当に大変だったのは彼か。それとも無謀にも彼にちょっかいを掛けてしまった人達か。判断できずに曖昧に笑うと彼も緩やかに笑った。
そして、どうせ眠れないのならば、リラックスするためにお茶でも飲みませんかという彼の提案に頷く。
てっきり使用人を呼ぶのだと思っていると、彼は颯爽とお茶を淹れてきたものだから驚いた。
「ハーブティーです」
「……自分でお茶を淹れられるんですね」
「夜に目が覚めている時に、いちいち使用人を呼ぶのは煩わしいですから」
公爵家の次男である彼が自分でお茶を淹れられるだなんて思ってもいなかった。口調こそキツいものではあるが、それはきっと使用人を起こさないための彼なりの気遣いなのだろう。
「……いただきます」
「どうぞ」
お互いに紅茶を飲む間の静けさ。しかし今はそれが気まずいと思わないから不思議だった。
そのまま彼と話している内に眠気がやってきて、エドモンドに促されるままわたしはベッドに入るとすぐに瞼が重くなり、瞼を伏せる。
睡魔に負ける直前、エドモンドが昏く嗤ったような気がした。




