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「うそ……」
信じられなくて呆然と呟く。ジワジワと込み上げるのは嬉しさと不安。だって今までずっと彼に嫌われていると思い込んでいたのだ。たった一言でこの気持ちは払拭できるものじゃない。
「嘘なんかじゃありません。あなたに初めて会った時から僕はずっとフィオナが好きだった。一目惚れだったんです」
「でも初対面の時、エドモンドはわたしから逃げましたよね?」
「あれは、そ、の……初めての恋に上手く脳が働かなくて、つい衝動的に走ってしまいました……」
まさかそんな理由だとは思っていなかったから、口を開けて驚く。シュンと項垂れるエドモンドはどうしていいか分からない迷子の子供のようで、つい髪を撫でる。柔らかな髪は少し癖があり、その分フワフワとして触り心地が良くて、永遠に撫でられそうだ。
「……子供扱いしないで下さい。一応僕の方が、二つ上なんですからね」
「ごめんなさい。その、可愛らしかったからつい……。あのエドモンド。もう一つ質問をしても?」
「どうぞ」
彼が不服そうに唇を尖らせたものだから、名残惜しくも髪を撫でることを止めて、話を戻すことにした。それにずっと聞きたかったことを、今ならば聞けると思ったのだ。
「初対面の時、わたしが転んだでしょう? どうしてあの時、手を伸ばして……わたしの手を叩き落としたんです?」
「それはその……」
「あ。ええと、答えられなければ良いんです」
本当は真実を知りたくて堪らないが、苦い顔をして答えあぐねている彼の様子を見て諦めようとした。しかし、彼は決まり悪そうにしながらも言葉を続ける。
「いえ。すみません。答えます。あの時は、その……考えなしに手を伸ばしたのですが、僕の手には汗が溜まってしまっていて」
躊躇いがちに、けれどわたしの目から彼は視線を外すことはなかった。
「僕の汗があなたに触れでもしたら、目の前にいる綺麗な子が汚れてしまうのではないかととっさに思い込んでしまいまして……馬鹿な男の妄想で、あなたを傷付けてしまって申し訳ありません」
「そうだったんですね……」
「次に会う時に謝ろうと思っていたんです。ただシリウス殿下とは頬を染めて話していたのに、僕に会った途端、うつむいて顔も見せてくれなかったものですから、すっかり嫌われたのだと思い……」
嫌ってなんかいない。
そう思わせてしまったことが申し訳なくて自分の気持ちを吐き出す。
「殿下にはわたしがエドモンドばかり見ていて分かりやすいものだと揶揄われてしまって、その直後にエドモンドが来たでしょう? もしわたしの想いがエドモンドにまで伝わってしまったら、恥ずかしいじゃないですか」
今度はわたしの頬に熱が溜まっていく番だ。
ただ素直に自分の気持ちを伝えるのはどうしてこんなに照れくさい気持ちになってしまうんだろう。
(ずっと隠していたせいかしら?)
そのせいで随分と長い遠回りをしたのだと思う。
もしも初めからお互いに気持ちを伝え合えば、こんなにも長くすれ違わなかったはずだ。
二人揃って嫌われたと思い込み、自分の気持ち相手に隠していただなんて……。愚かなことをしていたと思う。
臆病になってしまったせいで、相手と上手く向き合えなかったのだ。
お互いの気持ちに素直になり、互いに惹かれ合うようにして抱き締め合う。
その時間は短いものであったのかもしれない。けれど互いの体温が伝わり、離れ難く思う。それはきっと彼も……。
「こうして密着しているとエドモンドの心臓の音が聞こえますね」
「フィオナの心臓の音だって聞こえますよ」
ぎゅうっと抱きしめられて、彼の温もりに浸る。
「……フィオナ。出会った頃からずっとあなたが好きでした」
「わたしも。ずっとエドモンドが好きでした」
もうわたし達の間に嘘はない。
だからこの先も心の想うままに、彼への恋慕を口にすることができるのだ。
出会ってから今までの間。ずいぶんと遠回りをしてきた。だからこそこの温もりが愛おしく思う。
「結婚できるって知った時どれだけ喜んだことか……」
広い彼の背中にしがみついて、初めて自分の意思で短いキスをした。
「愛しています」
彼はきょとんとした顔をしたかと思えば、頬を染めてふにゃりと口端を緩めた――その顔を見れるのはわたしだけだと思えば、なおさら嬉しくなる。
これからは素直に想いを伝えよう。
もう間違わないように。すれ違わないように。ずっとずっと一緒にいるために。
エドモンドの隣で毎日愛を囁くのだ。




