21
屋敷に到着したことで、眼が覚める。隣に座るエドモンドはまだ瞳を閉じたままで、未だわたしの手を繋いでいた。
(わたしって随分と馬鹿な理由で落ちたのね)
自分の間抜けさが恥ずかしくて仕方がない。
けれど、ようやく全てを思い出した解放感は清々しい。
それと同時に思い出した恋心のせいで、エドモンドとの近しい距離に頬に熱が集まる。
「……百面相ですね」
「起きていたのですか?」
「いえ。今、眼が覚めたところです。それであなたはどうして頬を染めたりしていたのです?」
「えっと、その……」
言っていいのだろうか?
だけどこの想いが知られたらまた『魔女の秘薬』を飲まされるのではないだろうか?
逃げ腰になったわたしを追い詰めるように彼は鋭くわたしを睨む。
「嘘は言わないと約束してくれたじゃないですか」
彼の言葉にハッと息を呑む。わたしはこの後に及んでまた逃げ道を探そうとしていたーーそのことに気付いて、姿勢を正す。
「……記憶が戻って、わたしが抱いていた恋慕を思い出したからです」
消え入るような小さな声。けれど、彼から眼を離さずに自分の想いを言えたのだ。面と向かっての告白に恥ずかしさが込み上げる。それと同時にエドモンドから向けられる白い目も覚悟したのだが……どういうわけか彼の顔色は悪い。
「エドモンド。大丈夫ですか?」
もしかして馬車の移動で酔ってしまったのだろうか。心配で握られていない方の手を伸ばそうと、彼はガシリと片腕でわたしを抱きしめる。
「本当に全部思い出してしまったのですか?」
ありありと絶望が伝わるほどの低い声。抱きしめられたことにより、彼の顔は見えないがきっと今、苦渋で歪んでいることは想像出来る。
「ええ」
「……ではあなたの想い人のことも?」
「そうです」
「そんな……!」
上擦った声の悲鳴。そんなにもわたしの気持ちが迷惑なのだと思うと、申し訳なさすら込み上げてくる。
「ごめんなさい」
「なんの謝罪なんです?」
「だって、その、わたしの想いなんか迷惑でしょう?」
「ええ! そうですよ。だから『魔女の秘薬』まで使ったのに……!」
歯を食いしばる音が耳元に聞こえ、せめてもの気持ちで謝罪を重ねる。
「……そうですよね。わたしなんかがあなたを好きでいてごめんなさい」
「は?」
想いを知られているとはいえ、自分の好きな気持ちを直接声に乗せて伝えるのは恥ずかしい。けれど、たとえ迷惑だと言われても一度くらいは自分の想いに素直になりたかった。
「……エドモンド?」
すっかり固まってしまったエドモンドを呼び掛ける。彼は勢い良くわたしを剥がし、今にも射殺さんばかりにわたしを睨み付けた。
「どうしてそんなに残酷な嘘をつくのです?」
「嘘なんてついていません……」
「だ、だってあなたが想いを寄せているのは、シリウス殿下なのでしょう!」
「どうしてそこに殿下が出てくるんです?」
「だって殿下と話す時のあなたはよく頬を染めて、恋する乙女の顔になっていたじゃないですか」
「それは多分……エドモンドばかり見ていてはすぐにわたしが誰に恋をしているか分かってしまうよ、と殿下が仰るものですらなんだか恥ずかしくて……」
正直に自分の気持ちを吐露するのは、ひどく緊張する。いつもの習慣でうつむきそうになるのをなんとか堪え、唇を噛んでエドモンドを見据える。彼の反応を見るのが怖い。しかし彼はわたしの予想とは反対にぶわりと顔を紅潮させる。
「エドモンド? 耳まで赤いけれど」
「言わないで! だって、その、不意打ちじゃないか」
「えっと。不意打ちとは、なんのことですか?」
わたしの想いなんてとっくに知っていたはずだ。それなのに今更何を驚くことがあるというのか。
「……僕はずっとフィオナが殿下のことを好いていると思っていたんです」
「……えっ」
「だって僕と話す時はあからさまにうつむいて、避けようともしていたでしょう? そんなにも僕のことが嫌いだと思っていたんです」
「それは、その。わたしはどうにも分かりやすいみたいだから、恥ずかしくて……」
「……分かりやすくなんてなかったです」
「それなら良かった」
自分の努力は確かに実っていたのだ。心から安堵すると、彼は恨みがましい視線を送る。
「ちっとも良くないです! 僕はずっと好きな人に避けられていたのですよ」
「……え?」
「僕はフィオナが好きだったんです」
抗議するように勢いよく捲し立てられるも、だんだんと彼の声は小さくなり、顔も伏せられる。
しかし彼の想いは確かにわたしの耳に届いた。




