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あれからエドモンドはわたしに嫌味を言うようになった。好いた人にすっかり嫌われていることに心が沈む。いっそのことこの恋心を捨てようと何度も思った。だというのに、気付けば彼のことばかり目で追ってしまうのだ。
(なんて愚かなの)
叶うことのない恋慕だ。どうせ適齢期になれば、家のためにエドモンド以外の男の元へ嫁がなければならない。自分の役割くらいは分かっている。
公爵家の令嬢としてその責務をきちんと全うしようと思っていた。それなのに、わたしの結婚相手はエドモンドに決まってしまったのだ。
(あぁ……。どうして、よりにもよってエドモンドなの)
他の誰かであれば、たとえ気持ちが伴っていなくとも『妻』の役目を完璧にこなしてみせたことだろう。けれど、その相手がエドモンドであれば話は別だ。
(きっとエドモンドだってこの婚姻を嫌がっているわよね)
自分とは真逆の理由というのが皮肉な話だ。しかし彼はわたしと会うたびに顔を顰めて、嫌味ばかり言い放つ。こんなにも露骨に嫌っている相手と結婚しなければならないだなんて、彼からしても頭の痛い話に違いない。
ならばとまだ纏まっていない内にどうにか結婚の話を断ろうと思って、両親に直談判までした。しかしその結果……わたしが逃げ出すとでも思ったのか結婚する時期がより早くなってしまった。
嫌っている相手と結婚しなければならなかった彼の心情を思うと胸が痛くて堪らない。
そしてわたし自身、エドモンドと一緒に暮らすことでこの気持ちが彼に伝わってしまわないか心配で仕方がなかった。
(だって殿下はわたしのことを『分かりやすい』って言っていたわ)
嫌いな相手と結婚して、なおかつその相手に想いを寄せられているだなんて彼からしたら迷惑なことこの上ない。だから自分の心情が吐露しないように、結婚してからも顔を伏せて、なるべく彼との接触も避けることにした。
エドモンド自身もわたしと関わるつもりは毛頭ないようで、なにか用件があっても使用人の口から聞かされることも多かった。
ほとんど関わりがなかったが、公爵家の人間として跡取りは残さなければならないらしい。
嫌っている人間と肌を合わせるとはどれほど不快なことだろうか。せめてわたしという人間を主張しないようにと彼の腕に抱かれている間、身体を硬くして声を洩らさないように口をきつく閉じる。
好きな人に抱かれてドキドキするというよりは、この想いがバレないか心配でハラハラしてしまう気持ちの方が強く、精神を摩耗させる。
一緒に住んでいるのだ。いつまでもこの気持ちを隠し通せるものではないと分かっている。だけど、ひた隠しにしてきた分、彼にこの想いを知られるのが怖かった。
――彼のためだと言っていたのは臆病なわたしの建前に過ぎない。
結局は彼に自分の気持ちを知られるのが怖いだけ。
けれど、どれだけ逃げようとそのツケを払う日はやってくるのだ。
***
夕食を終えて、部屋に戻る。一人で食べる食事はどこか味気ない。しかし、エドモンドは今日も王城で仕事をこなしているのだ。そんな彼に我儘が言えるわけがない。
(それにどうせ一緒に食事をとったところで、和やかなものにならないもの)
結婚して一年が経つが、夫婦になった今でも彼との関係は改善していない。嫌われているのだから、仕方のないことだ。
彼に嫌われていることは痛いくらいに自覚している。自分の気持ちがエドモンドに間違っても伝わらないように、神経を尖らせて注意していく必要がある。
(……大丈夫。きっと知られてはいないわ)
そう自分を慰めるが、相手はあの切れ者のエドモンドだ。いつわたしが抱く不純な想いに気付かれることになるか。
(もしも、エドモンドにこの想いを知られたら、どうなるのかしら?)
気持ち悪い、と顔を歪められるだろうか。
それとも、これまで以上にわたしと関わることを避けようとするか。
いずれにせよ、今よりも更に関係性が悪くなることだろうと思うと、胸中に苦いものが込み上げる。
(……もう寝よう)
どうせ考えたところで、暗い気持ちにしかならないのならば、さっさと眠ってしまった方が自分の心を守れる。だからベッドに入ろうとしたのだが、サイドテーブルに手紙が置かれていることに気付く。
(……一体誰から?)
普段であれば、わたし宛の手紙は従者から直接手渡されていた。だというのに、どうしてこんなにも無造作に置かれているのか。
白い封筒の外には何も書かれておらず、封蝋も施されていない。本当に自分が開けて良いのかと不安にすらなる。しかし、何故かこの手紙を読まなければならないと直感が告げる。
(もしもわたし宛でなかったら、使用人に渡しておけば済むことだもの)
それに、わざわざわたしの部屋に直接手紙が置いてあったのだ。
これで自分宛でないとしたら誰宛になるというのか。
ゴクリと息を呑み込んで手紙を読む。
手紙に書かれていた内容は……。




