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記憶喪失のフリをしたら冷たかった夫に溺愛されました(全年齢版)  作者: 秋月朔夕@書籍発売中


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18

 

 一目惚れだった。


 王城で初めてのお茶会に参加した日。姉にくっついていたものの自分達の元に集まる人の多さに酔ってしまい、少し外れた場所で休んでくると告げて、一人になった。

 そして落ち着いた頃に会場に戻ろうと思っていたのに、すっかり道に迷ってしまったのだ。途方に暮れて、木の下でしゃがみこむ。


 レディとして美しくないことだとしても、ずっと立ちっぱなしで足が棒のようになってしまった。道を聞こうと先程から人を探しても誰も見当たらない。それならと開き直って、少し休んでから歩こうと思った。


(このまま帰れなくなったらどうしよう)



 足を折りたたんで顔をそこに埋める。胸中に浮かぶのは不安なことばかり。



(こんなことなら、もう少し会場から近い場所で休めば良かった)



 きっと姉ならば、いつまで経っても戻ってこないわたしのことを気付いてくれるだろう。けれど、広い王城の庭だ。そんな場所で自分のような小さな子供を見つけられるのか心配になる。



(でも迷子になったらやみくもに動いたらいけないってお姉様が言っていたわ)



 疲れがとれても歩き回らないようにしなければならない。胸に込み上げる不安に負けないように、ぎゅっと腕で自分を抱いて、ひたすらに人が通るのを待つ。



 そして耳を澄ましていると、足音が聞こえた。

 見上げると立っていたのは美しい少年。蒼銀の少し長めの髪が太陽にキラキラと反射していて、真っ直ぐにこちらを見つめるアイスブルーの瞳が綺麗だと思った。

 思わず見惚れている間に、彼は顔を顰めて元来た道を走り出す。



「ま、まって……」


 慌てて立ち上がり、置いていかれないように自分も走る。しかし、なんの準備もなく足を動かしたことで、もつれて転んでしまう。

 痛みよりも無様な姿を見られたことが恥ずかしい。

 けれど彼はそんな自分に手を差し出してくれた。喜ぼうとしたしたその矢先――触れた手が叩き落とされる。



「え……?」


 パン、と叩かれた音がひどく大きく聞こえた。派手な音と違って叩かれた場所にさして痛みはない。それよりも痛いのは心だった。



(どうして?)


 この短時間の間に嫌われることをしてしまったのだろうか。

 呆然と眼を丸くした後に、その事実に思い至り、涙が次から次へと流れ出る。



(ただでさえ嫌われてしまったというのに……)


 目の前で泣かれるだなんて、彼からしたら面倒な話だ。現にわたしの泣き顔を見て、彼は不愉快そうにこちらを見ている。せめて早く泣き止もうと思って、瞼を強く擦る。だけどそんなことをしたところで、所詮は気休めで、上手く感情を制御することができるはずもない。

 自分でもなんてみっともない姿なんだろうと思う。しかし、これがわたしとエドモンドの最初の出会いとなってしまったのだ。



***




 エドモンドと次に会う機会は思いの外、短いものであった。

 最悪な出会いだと自覚しているし、できることなら自分のことなんか忘れてほしい。そしてもう一度出会いをやり直したいと願ってうつむく。

 ――もしも、目が合ってまた彼に顔を顰められでもしたらと想像するだけで胸が締め付けられそうになる。


 あの日からずっと彼のことばかり考えていた。次に話せる機会がある時のために、何度も謝る練習もして、少しでも立派なレディに見えるように淑女教育も頑張ってこなしてきた。

 それなのに、いざエドモンドを直接目にするとどう対応したら良いのか分からなくて、その場から離れてしまう。

 だってエドモンドを見つけてから頬が熱いし、心臓がドキドキする。こんな状態で謝罪に行ったところで、さらなる醜態を晒すだけだ。それならば、ちゃんと落ち着いてから彼に声を掛けようと思ったのだ。



(大丈夫。あれだけ練習してきたんだもの。きっと上手くできるわ)



 自分を鼓舞して会場に戻ろうかと身を翻そうとすれば、いつの間にかシリウス殿下がわたし横にいた。

 挨拶され、次いで姉の居場所を尋ねられる。

 きっとこの質問をするために、わたしに話し掛けたのだと分かると、あからさま過ぎて逆に緊張が和らぐ。

 そして軽く世間話をした後に、殿下は姉の元へと向かおうとする。なんとも分かりやすい態度だ。そう思ったことが彼に伝わったのだろう。彼はニンマリと人の悪い笑みを浮かべる。



「きみだってずいぶんと分かりやすいものだよ?」

「え」

「アシュレイ公爵家のエドモンド。随分と彼に視線を送っていたじゃないか。それも頬を染めて。あんなに分かりやすいものはないよ」



 彼の指摘に頬どころか全身がカッと熱くなる。そしてその言葉を否定するよりも早く、彼は姉を探しにいってしまった。



 そのタイミングでエドモンドがやってきたものだから、せめて彼にだけは自分の想いを隠そうと、ついうつむく。

 まずは先日の件の謝罪をしなければならないのに、混乱した状態になったわたしは挨拶の言葉すら上手く紡げない。そんなわたしに彼は溜息を吐き出して、不躾なわたしの態度を咎めたのである。



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