15
エドモンドはあれから屋敷に帰ってこなくなった。
連日どれだけ忙しくても日が変わる前までには帰ってきては一緒に眠っていたから、なんだか落ち着かない。いつの間にかエドモンドと眠ることが習慣になっていたのだ。
その時間が過ぎるまではエドモンドの帰りを起きて待っていた。しかし、もう二週間近く経つのに、あれから彼が帰ってくる気配はない。
エドモンド付きの使用人にいつ彼が屋敷に戻ってくるのか予定を聞いてみたけれど、彼も予定を知らされていないようだ。
諦めて大人しく待っている。
(……今日も帰って来ないか)
彼が隣にいないベッドがやけに広く思える。
一人で横になっているとなんだか落ち着かなくて、何度も寝返りを打つ。
どうせ帰って来ないのなら、眠る場所は元の自室に変えるべきか。けれどもし、彼が屋敷に帰ってくるとしたらこの部屋を一番先に訪れるだろうと思うと踏ん切りがつかない。
(できれば、早く謝りたいのにな……)
エドモンドに直接話を聞くこともなく勝手にわたしが飛び降りた部屋に入ってしまった。
前日の夜に意図的に薬を飲まされたことが不服だったのなら、きちんと彼と対面した上で、弾劾すべきだったのだ。
だというのに、わたしは自分の胸に抱いていた不信な点を手っ取り早く解消することを選んだ。
ーー思えば、わたしはいつも彼と真っ向から話し合うことを避けていた。顔も見ずにうつむいて、ただ足元ばかり見ていた。
(……だけど、それには理由があった気がする)
改めて昔のことを思い返すと、ところどころ記憶が虫食い状態のところがあった。記憶をなくしたと言ったのはエドモンドに告げたとっさの嘘だったつもりだが、少しは事実が混ざっていたようだ。
ゴロリと横になっていても眠気がやってこない。
時間があるからこそ、色々なことを考える。
けれど、次第に暗いことばかりを想像し、陰鬱な溜息を吐き出す。
(そういえば、眠る前に紅茶を飲む習慣もすっかり無くなったわね)
エドモンドが屋敷に戻らなくなってからは、使用人がお茶を届けてくれていた。だけど、そのお茶を飲むと急激に眠くなることに気付いてからは、もうお茶を受け取ることは止めたのだ。
(あのお茶はエドモンドの指示だったのかしら?)
彼の淹れたお茶と同じ味がしたし、多分そうなんだろうと思う。
しかしだとしたら、どうせ帰ってこないのに睡眠薬を常飲させようとしたその意味は一体なんなのか……。
***
両親から手紙が届いたのは次の日のことだった。
その内容は「倒れたと聞いて心配している。もしフィオナの都合が合えば、一度屋敷に顔を見せにきてくれないか」というものだ。
手紙の内容にわたしは驚いた。だって実際のところ、わたしと両親の仲はそこまで良い方ではなかったからだ。
わたしとしては別に両親のことは嫌いではない。むしろ両親と仲の良い姉のことを羨ましいと思うほどだ。幼い頃はわたしも両親と距離を縮めようと頑張ってはいたが、どうにも上手くいかなかったので、いつしか諦めてしまった。
だから今回両親から手紙が届いたのは意外ではあったけれど、両親からの誘いは初めてのことで嬉しく思う。
(……でもエドモンドに聞いてからじゃないといけないわよね?)
本当は直接聞けたら良いのかもしれないが、今は顔を見る機会すらないのだから仕方がない。
いそいそと王城に居るエドモンドに手紙を送って、許可を得ようとしたーーしかし結局エドモンドからの手紙は返ってくることなかった。
そうしている間に、両親から催促の手紙が届く。本来であれば、エドモンドに確認してからだろうと思っていたが、使用人に伝言を頼んでも、それにすら返答が貰えなかった。悩んだ末に誘いを受けることにした。
別に実家に帰って両親にわたしの顔を見せるだけだ。わたしが住んでいる場所から実家までの距離はさして遠くはない。昼に行っても夕方には帰って来られるだろう。
(……どうせ、エドモンドは帰って来ないものね)
いくら忙しいといえど、まさか返答すら貰えないとは思ってもみなかった。それほどわたしの存在なんか彼の中ではどうでも良いものなんだろうかと思うと胸がチクチクと痛む。
それでも、念のため実家に帰る旨をエドモンドの私室に書き残していったのは、もしかしたら帰ってくるかもしれないという気持ちがまだあったからかもしれない。
馬車に揺られながらわたしはずっとエドモンドのことを考えていた。
仕事が忙しいと人伝てに聞いてはいるが、それは本当のことなんだろうか。わたしと会いたくないからそういう嘘を付いているのではないかと疑ってしまう自分が嫌だった。
(だって仲違いした翌日から帰ってこないんだもの。こんなの疑って下さいって言っているようなものじゃない)
不貞腐れた気持ちでうつむく。ここで泣くのはなんだか負けたみたいで悔しかった。手の甲をつねって痛みで誤魔化し、いつまでもウジウジしていられないと気分転換がてらに、家族のことを思い返そうとした。
それなのに、気がつくとエドモンドのことばかり考えてしまう自分にひどく動揺する。




