13(side:エドモンド)
僕と彼女が出会ったのは王家主催のお茶会であった。七歳になったばかりの僕はお手洗いに行くという口実で人の多いお茶会から抜け出していた。適当に時間を潰してから、終わり際に戻ろうと庭園をふらつく。
目的もなく歩いていると、その先に自分よりもまだ小さい子が木の下で膝を抱えて座りこんでいることに気が付いた。
(迷子か? 面倒だな)
見なかったフリをして迂回しようかと思ったが、途端その子も僕の足音が聞こえたみたいで、ゆっくりと顔を上げるーーその少女と目が合うと僕は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
腰まで伸びた銀糸の髪に、少し垂れた琥珀色の瞳。心細かったのか涙で濡れた頬に戦慄く色素の薄い薄紅の唇。今にも消えてしまいそうな透明感のある儚げな彼女に、僕は文字通り一目惚れをした。
(なんだこれは……!)
彼女を認識した途端に、顔がカッと熱くなった。心臓は張り裂けそうなほどに鼓動し、離れている彼女にすらこの音が聞こえてしまいそうだと馬鹿なことを想像する。
ギュッと拳を握ると手に汗が溜まっていた。そして、僕の存在に安心したのか微笑みながら近付く彼女にますますどうすれば良いか分からなくて脳が混乱する。
彼女を見ると胸が苦しくて、頭が回らない。そうしている間にも彼女が近付いてくる。
(~っ、ああっ! もう‼︎)
初めての感情に限界を迎えた僕は衝動のまま、彼女から背を向けて走り出してしまう。
幸いにもここはお茶会の会場からは曲がりくねった場所にあるだけで、そこまで離れてはいない。ならば、会場までの道筋を彼女に教えるついでに、僕自身も人混みに紛れて心臓を落ち着かせようと思った。
「ま、まって……」
しかし事情を説明することもなく、急に僕が走ったことで、彼女も慌てて追い掛けようとして、足をもつれさせえしまう。
ドテン、と派手な音を立てて転んだ音に驚いて、倒れた彼女の手を取ろうとする。けれどその瞬間、自分の手が汗で濡れていることを思い出して、つい彼女の手を叩き落としてしまったのだ。
(あ……)
自分の汗で彼女を汚したくなかった。ただそれだけの理由なのに、みるみる泣き顔になっていく彼女をどう宥めて良いのか分からなくて立ち尽くしている間にも、真珠の涙が次から次へと頬に流れ出る。
焦燥と後悔とどうしていいのか分からない不安で顔が歪んでいく。
その顔がよほど恐ろしかったのだろう。
彼女はますます涙を流した。彼女からすれば僕の印象は最悪に違いない。しかし、それが僕とフィオナの出会いとなってしまったのだ。
***
あの後すぐに、彼女の名前を探す大人達の声が聞こえたことで、僕は慌ててその場を去った。
(あの子はフィオナというのか)
名前すらなんて綺麗なんだろうだと思った。
フィオナ、フィオナと忘れないように心の中で何度も呼ぶ。心に彼女の名前を刻んで、大切にしまおうとした。
(……次に会った時に謝ろう)
もっと自分はスマートな人間であると思っていた。それなのに、なんて格好悪いところを見せてしまったのか。思い出すだけでも恥ずかしい。
(できればあんな格好悪いところ忘れていてくれたら、良いけれど)
彼女は泣いていたし、視界が濡れて、ちゃんと僕の顔が見えていなかったのかもしれない。……だけど、それは儚い幻想であったと知るのはその少し後のこと。
ーー次に対面した時、彼女は僕と眼が合った途端、そのまま方向を変えて逃げていった。
(は……?)
自分を見てフィオナは逃げた。だというのに、シリウス殿下に話し掛けられると恥ずかしそうに頬を赤らめる。それを遠目から見て、自分の中でどす黒い感情が渦巻き、嫉妬から彼女に会うたびにチクチクと嫌味ばかり言うようになった。
冷静に考えれば、最悪な出会いをしてしまったのだ。そんな僕を避けようとするのは仕方のないことだ。
しかし、自分と同じ年である殿下とは楽しく話しているくせに、僕の顔を見ただけで俯かれるのは面白くない。
こんなこと逆効果だと自分でも分かっている。けれど僕と話す時にだけ、苦行から耐えるようにして下ばかり見つめる彼女の姿に、気持ちがささくれる。
どんどんと美しく成長していくフィオナ。
彼女に好意を抱く者は多い。ライバルが多いことに焦り、ついには彼女の意思を無視したまま、結婚の承諾を得てしまう。
外堀を埋めたところでフィオナの好意は僕に向くことはない。そんなことくらい知っている。だけど、他の誰かに彼女を取られたくなかった。
たとえ、僕と結婚することが彼女の人生にとって不幸なことだとしても……。
結婚しても、僕達の関係はほとんど変わることがなかった。
一つフィオナに内緒にしていたのは、僕らの間に子供ができないように僕がこっそりと男性用の避妊薬を常習的に飲んでいたことだ。
だって『子供を作る』という名目で彼女に触れることができるのだ。
たとえこの行為がフィオナの本意ではないととしても、子供ができていないという理由で彼女をこの手で抱くことが出来る。
なんて卑怯でずるい男なんだろう。
こんなこと彼女に知られでもしたら、ますます嫌われるーーだからこそ自分の醜い妄執をひた隠しにしなければならないと思っていたのだ。




