12(side:エドモンド)
彼女は顔を俯けたままズンズンと遠慮もなく、こちらにやって来る。大股で歩くその動きは淑女としていかがなものかと思うが、突っ込むと面倒なことになるのは目に見えているので、放っておくことにした。
(まぁ、ここなら確かに人目はないが……)
きっとフィオナであれば、やらないであろう乱雑な動作だ。彼女は自分の姉のことを『完璧な淑女』だと思い込んでいるが、それはグレイシアが猫を被っているからに過ぎない。実の妹にいつまでも尊敬されたいがゆえに、見栄を張っているのだ。
身内すら騙し通せる彼女の演技力に脱帽する。このことを知っているのは幼馴染である僕ともう一人……。
「……なによ?」
「いいえ。何も。仕事のことを考えていただけですよ」
適当に誤魔化したのは、変に彼女に絡まれるのを避けるためだ。チロリと視線を書類にやれば、さすがのグレイシアも仕事の邪魔をすることはない。
大人しく来客用の長椅子に座って、苛立たしげにきつく眼を閉じる。そうして落ち着いた頃を見計らって声を掛けた。
「毎回ここを『逃げ場』にするのは止めて頂きたいのですが……」
「ここじゃないとすぐに明け渡されるのだもの。エドモンドなら簡単にわたしを差し出さないでしょう」
「だけど密室に年頃の男女が二人きりだなんて、外聞が悪いと分かっているでしょう」
「……だってあなたしか頼れないの」
切実にこちらを見上げる彼女の瞳は不安げに潤んでいる。頼りなく下げた眉は男の庇護欲を煽るものだろう。こんなところあの方に見られでもしたら、余計な修羅場を招いてしまうじゃないか。
想像するだけでうんざりとした気持ちが強くなる。我ながらなんて損な役割なんだろうと眉間の皺を揉み解す。
(まぁ万が一、僕とグレイシアにそんな不確かな噂が立つようであれば、すぐにあの方が揉み消すだろうが……)
この姉妹の男運の悪さに同情を禁じ得ない。とりあえず、いつあの方がやって来ても良いように話題を変えることにする。
「……どうせ、ここに来たのはフィオナの近況が知りたいのもあるからでしょう」
「あら、バレた?」
にこやかに片目を瞑ってみせる彼女の顔に悪びれる様子はない。
それを見て苦々しく思う気持ちはあれど、素直に口を開くことにしたのは、フィオナと結婚することを反対していたランブルン公爵家を宥めるために『ある約束』を交わしたせいだった。
ランブルン公爵家との約束ーーそれはフィオナに何かあった時、必ずその出来事を包み隠さずに知らせるというものだ。
ゆえに彼女が自分からバルコニーから飛び降りた時も、記憶をなくしたことも全て手紙で知らせる必要があった。
「……ここのところは特になにもありませんよ」
ふと脳裏に過ったのは最後に見たフィオナの泣き顔。しかしこれは夫婦間の問題である。大っぴらに語らなくても良いはずだ。
そう思うのに胸が嫌にざわつくのは、自分が彼女を傷つけてしまったことに対する罪悪感があるからか。
「ふーん?」
「なんです? その意味深な返答は」
「ねぇ、エドモンド。本当はさ……」
何か言い掛けたグレイシアだったが、ちょうどその時。部屋の外から扉を叩く音が聞こえた。それに応えるよりも先に扉が開いて、当たり前のようにその人物が中に入る。突然の乱入者にグレイシアの肩はビクリと跳ねた。
「ああ、やっぱりグレイシアはここに居たか」
悪びれもなく入室したのはこの国の第三王子であるシリウス殿下だ。
金色の髪に青い瞳。人々が想像する理想の王子を体言したかのような風貌ではあるが、その見た目と違って彼の性格は中々に図太い。
「シリウス殿下。返事を待つことなく、勝手に入室しないで下さい」
「それに関してはすまない。けれど僕がやって来たのだと知られたら、グレイシアに逃げられるじゃないか」
意味深に視線をこちらに向けられる。とある個人的な『因縁』から、今までグレイシアを何度か匿ってきたことが気に食わないらしい。
僕と殿下が話している間に、こっそりとグレイシアは長椅子から腰を浮かせてこの場から立ち去ろうとする。しかしそんな稚拙な逃げ方では目ざとい殿下を撒くことはできない。
彼は素早くグレイシアの横に座り、逃がさないように腰を抱く。
グレイシアは頬を引き攣らせて、やんわりと自分の腰に回った彼の腕を剥がそうとするが、反対にその手を握られてしまう。
「エドモンド……」
「おや、グレイシア。僕がいるというのに、他の男を呼ぶだなんて感心しないね。それとも妬かせようという魂胆かい? であれば、その作戦は成功だ」
助けろ、と視線で訴えられるが殿下に睨まれるつもりはない。エスコートされて、部屋の外に連れていかれるグレイシアを笑顔で見送る。
勝ち誇った殿下の横顔を見て、意地の悪いお方だと思うーーけれど、そんな相手をフィオナは好いているのだ。




