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月の下で、今宵も読み耽る

作者: neko_07manma
掲載日:2026/01/16

ある男は酒を嗜み、ある女は踊りを披露する。

町は繁盛し、人々は平安という時代を生きていた。

『大丈夫か?』


転んで怪我をし、泣いていた私に、優しく声をかけてくれた。

あのお方の手の温もりを、私は長いこと忘れられずにいた。

ただ手を差し伸べただけではない。傷の手当までしてくれたのだ。


衣服は簡素で、顔立ちは凛としていたのを覚えている。

そんな彼は言った。

『夜は危ない。私がお家まで送っていこう』


彼の手は暖かく、心強さを感じた。


『家は……ここかい?』

『うん!』

『そうか。では、わたくしとはここでお別れだな。さぁ、行っておいで』

『ありがとう!』


家に着き、振り返って手を振ろうとした時、もうそこに彼の姿はなかった。


それきりであった。

二度と会うことはなく、時は流れ、私は皇女として御簾の内に生きる身となった。


春の終わり、まだ夜の冷えが残る頃。

私のもとに、一通の文が届けられた。

差出人の名はない。封を開けると、一枚の紙切れが入っていた。


『春の夜はいまだ冷ゆかし』


ただ一文のみ。

不思議に思いながらも、なぜかその文を捨てることは出来なかった。


数日後、また差出人のない文が届いた。


『今宵は金色のお月が清げかな。いまだ今宵は冷ゆるゆえ、御身をやむごとなしにたまひたまへ』


今日は二文。

きっと同じお方であろう。

不器用な言葉遣い、貴族とは思えぬ悪筆。

それでも奥ゆかしく、私はその文を愛おしく思い始めていた。

それから、しばしば文は送られてくるようになった。


ある日、久方ぶりに外出しようと町へ向かった。

外の空気に慣れぬせいか、足がよろつき、倒れそうになったその時――

大きな手が、私の身体を支えた。


「大丈夫ですか?」

「えぇ。支えてくださり、ありがとうございます」

「そなたは……」


顔を上げると、がっしりとした肩幅に、凛とした顔立ちの男がいた。


「……なにか?」

「いえ、何も。どうか足元にはお気をつけて」

「感謝いたします」


それだけの会話を交わし、彼は去っていった。


御所に戻り、菓子を嗜んでいると、一通の文が届いた。

また、いつものお方であろうと思い、封を開ける。

だが、その文は悪筆ではなく、達筆であった。


すぐに、いつものお方ではないと分かった。

要件は、『盗人が近頃増えており、処罰を重くする』という刑法について。


私は、すぐに返事を書き送った。


それから――

あれほど届いていた文は、ぱたりと来なくなってしまった。


寂しさを埋めるように、私は一首の詩を書いた。


『あな、文を交はす者よ。

我はさうざうしく、きみのことを忘れられず。

なれど、今、同じ月を見たると思ふと、心が楽になる』


一晩中、私はあなたのことを忘れることがなかった。


数日後、一通の文が届いた。

私はすぐに受け取り、封を破った。


『すくよかに負ふや。

これに果ての文になりもこそ。

きみに行合ひ、文通じ、言の葉を交はして、

我にとりて、生くるあらましごとを与へき。

いかでか、これよりもうつろはぬ夜の月を、

優しき目にてご覧たまへ』


――あぁ。

私の詩は、このお方の心に届いたのだろう。

きっと、神様が見ていてくれたのだ。


私はその文を、そっと湿らせ、心の奥底に眠らせた。

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