第49話 【笑なし】裏切り者の末路
私はゲスラー。大公殿下の領地を任されている代官だ。
私の任地は比較的、国境から離れていた。そのためもあってか、のどかな地域で、仕事といっても税の取り立てと、たまに町外れにある、あまり利益が出ない鉱山から取れる鉱石を管理するくらい。
だが、私はこのような田舎の代官で終わるつもりはない。いつかは爵位を得て貴族になる。それは私の秘めた野心だが、この平和な町ではそれも叶いそうにない。それくらい平和で穏やかな日常だった。
そう……あの連中が来るまでは。
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町に新しい酒場ができた。小さな町だからすぐに評判になって繁盛しているようだ。
「へっへっへ。代官様。今度新しいパブに行きましょうよ。ご案内しやすぜ」
この男は代官屋敷の小間使いとして雇っている。気がついたら住み込みで働くことになっていた。胡散臭いのだが、何かと気がつく男なので重宝している。
まあ、それはさておき、たまには市井で酒を味わうのもいいだろう。私はそんな軽い気持ちでその店に出向いた。
「こんばんわ〜」
目のやり場に困るような格好の大勢の若い女が出迎える。
案内され席に座ると両サイドに太ももを露わにした女性が座った。目のやり場に本当に困る。
「へっへっへ。お気に召しましたか?代官様」
小間使いがニタニタ笑いながら話しかける。
「サラザール大公は質実剛健な方だ。このようないかがわしい店で、臣下が飲むのを快く思わない。バレたらきっとお叱りを受けるだろう。帰るぞ」
私は帰ろうとした。
「えー待ってください。今日は代官様のために貸切にしたんです。これで帰られたら、ウチは大損ですから」
店主と思われる女が引き止める。
「へっへっへ。お金を落とすのも領民のためでもありまさあ。今日だけは遊んでくださいよ。旦那」
小間使いの男が下卑た笑を交えて話す。
「では少しだけだぞ」
女達と小間使いに勧められ、少しだけ滞在することにした。
女達との会話は心地よかった。
「さすがですね〜」
「知りませんでしたぁ」
「すご〜い」
「センスいいですね!」
「そうなんですか!」
なんとも……私の自尊心をくすぐる。平和な町で野心を叶える機会を失い燻っている。そんな私にとってはストレートに褒め称える彼女達のトークが非常に心地よかった。
気がつくと、私は彼女達のペースに乗せられ、酒をあおっていた。
「ゲスラー様。もっとお飲みになって」
「おう!今日はとことん飲むぞ!」
ああ。楽しい。これほど楽しい店がこの町にあるなんて……目がまわるような……天にものぼる気持ちで楽しんでいた……
朝になった。どうやら寝てしまったらしい。
「な、なんだこれは?」
私の周りには裸の女性が何人かいる。
「あら、ゲスラー様。おはようございます」
店主の女が声をかけてきた。
「て、店主!これは一体?」
私は何が起きたのか理解できなかった。
「何って、昨夜はお楽しみでしたわよ。でもご安心ください。私たちは口が固いので。決して大公様のお耳に入るようなことはありませんわ」
「そ、そうか」
女店主の声に安堵した。
「ただ、お願いがありまして」
「うん?」
「この子たち、まだ、こういうお店で働くには若いので、大公家のメイドにしてもらえないかと思ってますの」
紹介されたのは金髪と銀髪の少女。確かに酒場で働くには若すぎる。
「ゲスラー様のお姉様は大公家のメイドの教育係とか。それであれば、この子達の面倒を見てほしいのです」
私の中で逡巡した。昨夜の秘密を守れるなら安いものか。
「わかった。それくらいならすぐに動こう」
こうして、金髪と銀髪の少女を大公家のメイドに送り込むために推薦状を書いた。
それが過ちだったのだ。
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私が推薦した少女達は大公の身の回りの世話役になったとのこと。なかなかに鼻が高い。これが私の出世の糸口にならないものか。そんなことを考えていた。
同時に、奇妙な噂を聞いた。
大公様が途端に無口になったとか。
最近言葉にするのは「よかろう」「そうせい」「ご苦労」くらいと言う。
城で何かが起きているのかもしれないが、一代官の私には知る由もない。
まあ、そんなことは置いておいて、今日も例のパブで乱痴気騒ぎを楽しむつもりだ。
あれからもちょくちょく女店主から色々とおねだりをされている。今日は帝国国内の地図だという。この前は貴族名鑑だったな。どちらも国内では普通に売られているものだ。
こんなものをもらってどうするつもりなのだろうか?
「代官様のような優秀な方がなぜ、こんなところにいるのかしら」
ここの女達はトークが上手い。
「おうおうおうおう。わかってくれるか。ワシはこんな田舎で終わらなんぞ。貴族になってやる!」
「まあ、すごい!そのためには悪魔に魂を売れるかしら?」
「我が野心のためなら悪魔に魂を売るぞ!ガハハハハハ!」
「本当?じゃあ、取引しない?」
すると、店は薄暗くなり、女達は悪魔の姿に変わっていた。
「え、なに?どういうことだ?」
私は混乱した。今まで楽しく飲んでいた酔いが覚めた。
「フフフフ。私たちは魔王軍の工作部隊。帝国に侵食するのが任務なの」
「おのれ!謀ったな!」
「まあ、ゲスラー様。怖いこと。私たちに逆らうと貴方様が大変な目にあいますわよ」
「どう言うことだ?」
「さんざん、私たちに協力してくださったんですから。地図に貴族名鑑。帝国の情報をたくさんくれたわね。渡していたものが、普通に売られているような品物でも魔王軍の工作員に代官様が接触していたと知られたら?……ゲスラー様は外患罪で死刑じゃないかしら? 残念ね。貴族になれなくて」
女達はクスクス笑っている。
「ぐっ。何が目的だ?」
「あら、話が早い。これからも協力してほしい
のよ」
「そ、それで?」
「そうね。まずはアジトが欲しいのよね。この町外れの鉱山。あそこをいただけないかしら。どうせ廃坑同然でしょ?」
「わ、わかった……」
「あと、大公派の貴族に浸透していきたいから、お金で転びそうな人を紹介して♡」
「う、うむ……」
「それから……」
私は気がついたら魔王軍の侵略行為に積極的に加担していってしまった。
「安心して。あなたはちゃんと魔王軍の貴族として今の帝国の一部を領地にするのよ。楽しみでしょ♡」
最初は罪悪感もあったが、途中からは貴族になれるという功名心がまさっていってしまった。そのため、積極的に魔王軍に協力するようになっていった。
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しばらくして、大公を操っていた悪魔が退治された。この町にも諸侯連合の軍勢がやってきて暫定統治するらしい。
酒場の悪魔達はいつしかいなくなっていた。
私は内通の事実を秘密にして、このままシラを切り通せるか心配だが、やるしかない。
だが、バームベルク侯爵の諜報部隊は優秀だった。大公領に潜む魔族はもちろん、私以外の人間の協力者も捕まっていった。
「ゲスラー殿。バームベルク侯爵から大公の城へ出頭せよとの伝言です」
大公の城から伝令がやってきた。ついにきたか。おそらく私が内通していた証拠はすでに掴んでいるのだろう。
「亡命するか……」
私は魔王の国へ亡命することにした。
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魔王の国は北方だった。まだ秋だと言うのに寒い。だが追っ手が来ているかもしれない私は帝国を一刻も早く出るために国境まで不眠不休で目指した。
関所に到着した。ここを入れば魔王の国だ。
「止まれ!人間!」
門番の魔族に止められる。
「私は魔王軍の協力者だ。亡命させてほしい!」
そう言うと、門番は中に通してくれた。
建物の中には銀髪と金髪の少女。私が大公の城にメイドとして推薦した2人がいた。やはり魔族だったのか。
「私は今まで魔王軍に協力してきたはずだ。亡命させてほしい!」
私は少女達に懇願した。すると少女達は大人の悪魔の女に姿を変える。漢字からすると魔王軍の幹部か?
「あははは。簡単に裏切るような人間を信用するわけないじゃない。ソル。始末して」
銀髪の女が冷酷に言い放つ。
「はい。ルナ様」
金髪の悪魔が剣を携え、私に近づく。
「や、やめてくれ」
だが、悪魔の剣は私の心臓を捉えた
「た、たすけ…て……」
私はどこで道を踏み外したのか。私は薄れゆく意識の中で後悔したが全てが遅かった。




