第45話 ゾンビに油揚げを攫われる?
◾️ディアブロ(バームベルク侯爵)
屋敷に来た侵入者(美女限定)を罠やモンスターを使って捕獲を楽しむ。悪魔伯爵と恐れられているが前世はオタク趣味のサラリーマン。表向きは隣で善良な領主をしている。
●エルザ
アシスタント兼ツッコミ。ディアブロの命を狙う刺客だったが、捕縛され悪趣味な遊びに付き合わされている可哀想な女性。金髪巨乳でお姉様系美女。
大公の死体を操っていた2人の悪魔、死霊使いの銀髪悪魔ルナ、その使い魔で処刑人の金髪悪魔ソルはディアブロ邸の魔導サウナに閉じ込めた。
そこで強制的に魔力を汗と一緒に出させて吸い取り、魔石を生産するのだ。
もっともコイツらの魔力から作った魔石は汗臭い汚染された水しか生み出せない。飲み水はもちろん、農業用水にも向かないので下水やトイレにしか使えないが、インフラ整備というニーズを満たすことはできる。変な魔力が混ざっているのか下水処理施設のスライムが大きくなっている気がするのだが……
まあそんな魔石でも金にはなる。売上利益はコイツらの犠牲となった遺族への補償や荒廃した大公領の復興に使わせてもらうことにしている。
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ハロウィン。
前世の世界では、浮かれた仮装パーティやお菓子の交換が定番だった。
だが、この異世界におけるハロウィンはもっと、生々しい。
夜になると、ゴースト、スケルトン、ゾンビ。あらゆるアンデッドたちが街を徘徊し始める。
しかも彼ら、単なる肝試しでは済まない。獲物、つまり“供え物”をもらうまで帰らないのだ。特にゾンビはしつこい。
トリック・オア・トリート?
笑わせるな。
ここでは、“くれなきゃ襲う”が標準装備である。その恐怖と言ったら東京のスクランブル交差点で有名な街の比ではない。
この日のために各家庭や職場はお供物を用意する。特に街の入り口にはゾンビ対策にあるものを供えるのがこの地方の流儀だ。
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今年もまた、その忌まわしき祭りの日がやってきた。
街の門前には、風に揺れる“油揚げ”の束。
ゾンビ対策のお供物だ。
「ねえ、なんで油揚げなんか吊るすようになったんだろう?」
僕は前々から気になっていた疑問を口にした。
「聞いたところによれば、かつての領主――つまりご主人様のご先祖様が、
“ゾンビに油揚げを攫われた”と言ったのが由来だそうですよ」
と、エルザが豆知識を披露してくれた。
……は?
それ、“トンビに油揚げを攫われる”の間違いじゃない?
ていうか、うちのご先祖転生日本人だったのか。じゃあ、異世界に変な文化や風習を持ち込んだのもうちのご先祖?
情報が多すぎて混乱してきた。
しかしそれにしても……伝言ゲームの精度、悪すぎだろ。でも『ゾンビが鷹を産む』とかは流石にならなかったんだな。
まあ、ゾンビたちが油揚げで満足して帰るなら、それで平和が保たれる。
理屈より実績。これぞ領主の心得である。
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日が沈み、街は緊張の闇に包まれた。
例年なら、すでにゾンビたちが門前をうろつく時間。僕は警備隊と城壁の上で厳戒態勢で待ち構えていた。
「油揚げの備蓄と配備状況は?」
僕が最終確認のため警備隊長に尋ねる。
「問題ありません。バームベルクの町は各門を中心に油揚げ投擲部隊に十分な量を持たせています。政庁からの補給体制も万全です」
警備隊長が報告する。冷静に考えると油揚げ投擲部隊ってなんなんだ?
「他の町や村は?」
「各町や村も例年の2倍の数のゾンビまでなら対応できる油揚げを用意しています。また、緊急時にはドラゴンライダーの航空部隊による油揚げ投下作戦を実施します」
騎士団長の報告。油揚げ投下作戦ってやっぱり変だよね。
でも、これらの徹底した対策で、うちはこのゾンビの夜での犠牲者を出していない。それがちょっとした自慢だ。
「よし!いつでも来い!」
〜1時間後〜
「………来ませんね」
エルザがボソッとつぶやいた。
……今年は静まり返っている。もう来てもいい時間なのだが?
「おかしいな。警備隊長、ゾンビの群れは?」
「今のところ、どの町にも大規模な出現報告はありません」
嫌な予感しかしない。
ゾンビが“来ない”のは、つまり――“どこかに集まっている”ということだ。他の小さな町や村だと一大事だ。
その瞬間、伝令が駆け込んできた。
「報告します! ゾンビの群れが――ディアブロ領に向かっています!」
「……は?」
「ならバームベルクは安泰ですな。よかったよかった」
警備隊長は安堵しているが、よくないよ。
よりによって目標は僕のダンジョンじゃん。
あそこ、ノーマークだったから油揚げの備蓄は微妙だ。
エルザが眉をひそめる。
「ご主人様。無限サウナに閉じ込めている“銀色の悪魔”が死霊使いなのが、気になります」
確かに。大公を操っていた悪魔をディアブロ邸のサウナに閉じ込めている。そいつがアンデッドを操っている可能性。それは考えなかった。
ハロウィン限定で死霊が活性化するのを狙って、あの悪魔が――。
「急ぐぞ!」
僕は警備隊に警戒レベルを適宜下げて兵を休ませる様に指示し、転移魔法陣でディアブロ邸へ向かった。
ーーーー
案の定、ディアブロ邸はゾンビで埋め尽くされていた。
屋敷を囲む群れ、呻き声、そして目指す先は――別棟のサウナハウス。魔導サウナは当初、発明家ドワーフのウルバンの地下研究所に置いておいたが、コイツらの魔力を帯びた汗があまりにも臭いから裏庭にサウナハウスとして別棟にしたのだった。
女ドワーフ、ウルバンが慌てふためきながら走ってくる。
「伯爵! ゾンビが多すぎる! さっきから油揚げをばら撒いてるんだけど、このゾンビ達は油揚げに見向きもしないんだ。一旦退避しようよ!」
「ウルバン!コイツらはサウナにいる汗臭い悪魔が操ってるに違いない!サウナの出力を上げて魔力を吸い取り切るんだ!」
ゾンビを薙ぎ倒しながら僕は叫んだ。
「ご主人様!ボイラー室はゾンビに囲まれてます。もはや手遅れかと」
エルザが先に見てきてくれた。
「伯爵!ボイラーを破壊されちゃうと……もうサウナハウスはただの汗臭い部屋だよ」
ゾンビが意図を持ってそんなことをするとは思えない!やはりサウナにいる汗だくの悪魔が操っていると見たほうがいいだろう。
「ご主人様!これ以上は危険です。一旦退避しましょう」
エルザが撤退を勧める。最強クラスの暗殺者の経歴を持つエルザにそこまで言わせるとは、この状況は相当まずい。自分でも分かってはいるが……友人の仇をタダで逃すわけにはいかなかった。
「いや、逃げる前に――例の悪魔を始末する!」
僕は剣を構えてサウナハウスに向かった。
……だが、遅かった。
扉は破壊され、汗臭い湯気とともに現れたのは、バスローブ姿の二人の悪魔。
「ふぅ~……ようやく出られたわ。
おや、そこにいるのは――バームベルク侯爵じゃないか。
なるほど、ディアブロの正体は君だったんだねぇ」
しまった。正体を知られた。
「ルナとソル……貴様らだけは絶対に逃がさん!」
僕が剣を構えると、銀髪のルナはニヤリと笑った。
「相手してあげたいけど、今の魔力は借り物でね。一旦、帰らないといけないのさ。
――ソル、行くわよ」
「はい、ルナ様」
二人は翼を広げ、夜空へ舞い上がる。
「バームベルク! いや、ディアブロ!
次はお前の骸をおもちゃにしてやる! 楽しみにしてな!」
捨て台詞を残し、濡れたバスローブを脱ぎ捨て悪魔の姿になってから北の空へと消えていった。
……くそ、完敗だ。
ハロウィンを利用してゾンビを操るとは、あの悪魔め――。
僕は溜め息をつきながら、友の仇をみすみす逃してしまったことを後悔した。
それから足元に転がる何かを拾い上げた。
それは――悪魔たちの汗まみれのバスローブ。やはり汗臭い。
「ご主人様……シリアスな場面なのに、なぜそんなものを拾っているんですか?」
「いや、敗北の屈辱を忘れない様にと思って……その……」
結局、いつも通りしまらない感じでハロウィンの夜はふけていった。




