第44話 友よ見てくれ、この勝利!
◾️ディアブロ(バームベルク侯爵)
屋敷に来た侵入者(美女限定)を罠やモンスターを使って捕獲を楽しむ。悪魔伯爵と恐れられているが前世はオタク趣味のサラリーマン。表向きは隣で善良な領主をしている。
●エルザ
アシスタント兼ツッコミ。ディアブロの命を狙う刺客だったが、捕縛され悪趣味な遊びに付き合わされている可哀想な女性。金髪巨乳でお姉様系美女。
「ご主人様。このような手紙を持ってきた女性が訪ねてきています」
いつも通り無表情なエルザが、一通の封書を差し出した。封書はしわくちゃ。長旅の末に擦り切れた跡が生々しい。
僕は手紙を受け取り開封する。
――ハイリンヒへ
詳しくは書けない。
妻のベルと子が他国に逃げるまで、君に匿ってほしい。
これが僕の最後のお願いだ。頼んだ。
アーサー
「……アーサー、か」
懐かしい名を口にした。
彼は、貴族の息子だった僕が、孤独だった頃にできた“初めての友”だった。
皇宮の広間で誰にも相手にされず、壁の花のように立ち尽くしていた僕に、
笑いながら話しかけてきたのがアーサーだ。
少し不器用で、だが真っ直ぐで、誠実な男だった。
政治も派閥も関係ない、ただ“人として”向き合える数少ない存在。
……もっとも、彼の家は帝国の中でも有力な大公派の中枢。
中立派の僕とは表立って親しくできなかった。
「アーサー……結婚して爵位も継いでいたはずだ。なぜ――」
つぶやく僕に、エルザが静かに報告した。
「その女性は、疲れ果てておりましたので。子供と共に客室で休んでもらっています」
さすがエルザ。状況判断が早い。
それに――夜更けに母子が逃げ込むほどだ。事態はただごとではない。
「……そうか。起きたら話を聞こう」
封書を見つめ直す。かすれたインクの跡が、切迫した心を物語っていた。
――友が助けを求めている。
ーーーー
翌朝。
アーサーの妻、ベルが目を覚ました。
「侯爵様……このたびは、お助けくださりありがとうございます」
その声は震えていた。長い逃避行の果てに疲労しきっているのが分かる。
「何があったんです?アーサーは……無事なのですか!?」
「ご主人様。奥様はお疲れです。もう少し――」
エルザに諭され、はっとする。
焦りのあまり、相手の心労を忘れていた。
「いいえ。お話しします。これはまず、侯爵様に伝えねばならないことです」
ベルは気丈に顔を上げた。
「アーサーは……殺されました」
時間が止まった。
覚悟はしていたはずなのに、その言葉だけは受け入れたくなかった。
「……誰に?」
「大公によって、粛清されました」
「なに……? 大公に……?」
ベルは震える声で続ける。
「主人は“何者かに操られている”と……。
その真実を掴んで距離を置こうとした矢先に、襲われました」
そして彼女は、あの夜の出来事を語り始めた。
◇ ◇ ◇
「ベル。僕は――大公に粛清される。
最近側にいる少女、あれは悪魔だ」
「あなた、何を……?」
「見てしまったんだ。大公殿下はすでに死んでいる。その骸を、悪魔が操っている!」
アーサーの声は切迫していた。
「僕はいまから帝国の諸侯にこの事実を知らせる。
ベル、君は息子を連れてハインリヒの元へ逃げろ!
彼は僕の親友だ。必ず助けてくれる!」
その瞬間――。
「グワァ!」
玄関から護衛の断末魔が響いた。
「もう時間がない! 隠れていろ!」
アーサーはベルと息子を隠し部屋に押し込む。
そして、黒い影が屋敷に入ってきた。
「逃げるなんて、大公様に失礼じゃなくて? アーサー閣下」
現れたのは、銀髪の悪魔。
その瞳は冷たく、どこか人外の光を宿していた。
「貴様……魔王軍の手の者か!」
「あらあら。バカねぇ。余計なことを嗅ぎ回らなければ生きていられたのに。
冥土の土産に教えてあげるわ。私は魔王軍の女幹部。死霊使いのルナよ♡」
「貴様の好きにはさせん!」
「本当に……バカな男」
ルナが放った魔法が、アーサーを青白い炎が拘束し、苦しめる。
アーサーは膝をつきながらも剣を握り締めた。
「負けない……! 決してお前なんかに……!」
「素材としても使えないわね。ソル、片付けて」
「はい、ルナ様」
金髪の悪魔――ソルが、無言でアーサーの命を絶った。
「ベル……息子よ……すまない……」
「妻子も殺しておきなさい」
銀髪の悪魔が冷酷に告げる。
「ハッ」
◇ ◇ ◇
「幸い、隠し部屋は見つからず、私たちは秘密の通路から逃げました」
ベルの声は涙で震えていた。
「ベルさん……これからどうするつもりですか?」
「実家も危険です。……侯爵様のところに長居するのも、申し訳なくて。南の都市国家に亡命しようかと……」
「いや、心配はいらない。ここにいればいい。いつまででも構わない。あなたは僕の親友が愛した女性だ。必ず力になる。それが、友の願いだ」
ベルは涙をこぼしながら深く頭を下げた。
「……閣下。ありがとうございます」
僕は静かに誓う。
アーサー。お前の仇は、必ず取る。
ーーーー
「エルザ。大公を、いや大公を操っている奴を倒す」
「危険なのでお止めください、と言うべきでしょうが……無駄ですね」
エルザがため息をつく。
「問題は、どうやって居城に忍び込むかです」
「招待されればいい」
「ご主人様、それは……理にかなっています。
大公派は次の皇帝選に向けて、中立派の動きを警戒しています。
ハインリヒ様が“皇帝と接近した”と見せれば、必ず誘いが来ます」
「だろ? じゃあ、皇帝に呼ばれたって体で出発しよう。通り道は……もちろん、大公の領地だ」
「ご主人様一人では危険です。私も同行します」
「エルザ……」
「勘違いなさらないでください。雇用主に何かあったら困るだけです。今はせっかくの正社員ですから」
わずかに微笑むエルザ。
その一言が、妙に頼もしかった。
ーーーー
僕たちは少人数で皇宮へ向かう――ように見せかけ、大公領を通過した。
案の定、待ち構えていた騎士団に呼び止められ、居城へとご案内という名目で連行された。
「よくぞ……参られた……。バームベルク侯爵……殿」
「少々強引なお招きに驚きましたが、サラザール大公殿下にはご機嫌麗しく」
僕は恭しく応答するが、大公の様子に違和感を感じていた。
その声は低く濁っていた。
ぎこちない動き。魔力を打ち消す僕のアイテムが反応している。
やはり――死体だ。
そして両脇に立つ二人の少女。
銀髪と金髪。ステータスをスキルで覗く。
――ルナ:魔王軍幹部(死霊使い)
――ソル:魔王軍副官(処刑人)
「……見つけたぞ。アーサーの仇」
僕は懐からマジックアイテムを取り出し、詠唱する。
「転移――ディアブロ邸!」
謁見の間が一瞬で揺らぎ、全員を僕の屋敷へと転移させた。
同時に、ミノタウロス粒子を噴霧。魔力を吸い上げる霧だ。
大公の身体が崩れ、ミイラに変わり果てる。干からびた骸が床に落ちる。
僕はそのすきにディアブロに変装して姿を現した。
「我が名は悪魔伯爵ディアブロ!やはり……貴様か。大公を操っていたのは貴様だったんだな!」
「クソッ! 魔力の衣が剥がれていく。変装術が!」
そんな叫びが、謁見の間にこだました。大公の側にいた銀髪と金髪の少女が、その身を悪魔の姿へと露わにする。ベルから聞かされた特徴とぴたり一致した。やつらが、アーサーの仇だ。
「返事魔法がなんで効かないのかは構わないわ。正体が露見した以上、生かしておく理由はない。地獄の業火で焼け滅びなさい!」
銀髪のルナが術式を描く。掌の魔力が空気を震わせ――
プスン。
「な、なんで魔法が……使えないの?」
当然だ。室内はミノタウロス粒子で満たされている。こちらが魔力を吸い尽くしているのだから、向こうの魔法は発現しない。。
「ソル! 始末しなさい!」
「はい、ルナ様」
金髪のソルが、僕めがけて剣を抱え跳びかかる。だが、その動きはどこかぎこちない。粒子のせいで、筋肉まで鉛のようだ。瞬間、エルザが横合いから滑り込んでソルの剣を弾いた。
「あなたの相手は私よ」
エルザの動きは速い。吸収の影響で鈍っている相手をあっという間に制した。勝負はあっけなく決着した。
僕はルナを挑発する。
「どうした? 地獄の業火ってのは、さっきの“種火”のことか? それとも魔力が尽きたか?」
「ちっ……そんなはずがない! 私の魔力は常に魔王軍から補給されているわ!」
死霊術は魔力消費が激しい。だが、それが外部供給で成り立っているなら話は別だ。――だが今は、ひたすらミノタウロス粒子が魔力を吸収している。
魔力を失ったルナは、もはや敵ではなかった。僕は金と銀の悪魔を鎖で縛り上げ、尋問を始める。
「貴様だな!? アーサー卿を殺したのは!」
「ふん。誰を殺したかなんて、いちいち覚えてないわ」
期待通り、救いようのない腐れた返答だ。さて、どうしてやろうか。
「ねえ伯爵。魔力の供給が続くなら、そのまま魔石を生産してもらえないかね?」
発明家ウルバンの“面白い提案”――魔力を吸収し続けるロウリュ付きのサウナに放り込めば、勝手に魔石を生産してくれるという。
僕は二人を、冷笑を浮かべながらサウナ室へ突き落とした。
「ちょっ、なにをするの!?」
銀と金の悪魔が絶叫する。魔力を吸われる苦痛はあるが、すぐに死ぬほどではない。だがそれが彼らの“罰”だ。
「アーサー卿は殺された。命を奪わないだけ感謝しろ。今からお前らは、殺した者たちへの償いとしてここで魔石を作り続けるのだ」
──やがて、ウルバンが興奮して叫んだ。
「すごい! 純度の高い水属性の魔石だ!」
「ほう。それ、水道インフラに使えるかもな」
「でもさ、この石から出る水、汗くさいんだよね。飲料向けじゃないね」
「確かに汗臭い悪魔の汚ねえ魔石だな。使い道はあるのか?」
「まあそれでもトイレや下水には使えるかな」
「ちょっ、誰が汗臭いって!? 好き勝手言わないでよ!それに私の高貴な魔力を下水に使うなんて!」
「黙れ。お前らはここで汚い魔石を生産し続けるんだ」
「鬼!悪魔!」
悪魔伯爵を名乗ってはいるが悪魔に悪魔呼ばわりされる筋合いもないのだが……まあいい。
彼らの怒号と泣き声を背に、僕はサウナ室を後にする。
―翌日。
「伯爵、魔力収集効率が落ちててるんだ。多分、魔王軍からの供給が断たれたんじゃないかな?」
ウルバンがデータを差し出す。数値は右肩下がりだ。
「やはり、こいつらが敗れたことに気付いたか。まあ構わない。こいつらの魔力が回復したらまた作業してもらおう。永久にな」
サウナで干からびかけた悪魔が、必死の形相で懇願する。
「もう、殺してくれ……」
だが、許さん。
僕は静かに呟いた。
「アーサー。お前の仇は、取ったぞ」




