第42話 宮廷画家が描く虚構と真実
私はハンナ・ホルバイン。
代々宮廷画家を務める家の娘であり、そして見事に転落した女である。
宮廷画家に必要なのは、画力でも観察眼でもない。
“依頼人の望むものを描く力”
これに尽きる。
例えば、馬にも乗れない太っちょの王様が「威風堂々たる騎馬像を」と言えば、私は笑顔で「お任せください」と言い、立派な騎馬に乗る光り輝くプレートアーマーに身を固めた立派な英雄を描く。
ちなみにその王様にモデルになってもらった時、王様が乗っていたのはおとなしいロバだったというのは依頼人である王様との約束で秘密だ。
真実など要らない。必要なのは“顧客満足”という名の幻想だ。そのために絵を盛ることくらいどうと言うことはない。
“顧客満足”
これが私のスキルだ。私はスキルのおかげで依頼人が求めるものを理解することができた。そのおかげで宮廷画家としては大成功。数多の貴族の心を掴み、名声を揺るぎないものにしていた。
……そう、“あの依頼”までは。
北の島国エンゲランド。
その大臣から「国王のお妃候補の肖像画を描け」と命じられたのが始まりだった。
いわば“見合い用”の絵。
「王の好みに寄せてくれ」
大臣にそう言われた私は、エンゲランドの同盟国である国の姫の前で筆を取った。
だが、気づけばそこにいたのは“現実の姫”ではなく、“理想の姫”。
光沢のある髪、完璧な微笑み。目の前の姫様も美人だが、美人の系統が違う。完全に大臣から聞いた王様の好みの容姿。
……そりゃ王様も一目惚れするよね。依頼人が大臣だから仕方がないか。
結果。
縁談は成立し、盛大な結婚式が行われた。
そして地獄が始まった。
結婚して初夜。王が見た花嫁は、肖像画とは似ても似つかぬ“人間”だった。
怒り狂った王は大臣を追放し、私は命からがら逃亡。大臣からは報酬ももらえなかった。
悪いことは重なる。逃走中、乗った船が海賊に襲われた時には、もはや運命を呪うしかなかった。
だが、私には絵筆があった。
海賊の女首領を描き、その肖像画を「身代金代わりに」と差し出すと、彼女は笑って言った。
「悪くない。あんた、なかなか見抜いてるじゃない」
意外なことに女海賊は清楚な感じになりたいのか?私が描いた肖像画は海賊とは似ても似つかない上品なお嬢様だった。
――そして今。
私は故郷に近いバームベルクの公園で、路上似顔絵師として暮らしている。
宮廷画家から路上アーティストへ。これを転落と言わずしてなんと言おう。
「今日も客なし……ハローワークで画家以外の仕事を探そうかな」
独り言を呟いていたその時だった。
「すみません、一枚描いてもらえますか?」
振り向けば、上等な服を着た青年と、その隣に立つ冷静そうな女性。商人と秘書だろうか?
男の方は人の良さそうな笑みを浮かべていた。
「あ、はい。もちろんいいですよ。構図とかテーマとかありますか? なければお客さんが望んでいるお客さんご自身の姿を描いてみせますよ」
「僕の望んでいる自分の姿? 面白いことを言いますね。それじゃあお任せでお願いします」
私は筆を構え、スキルを発動する。
依頼人の“理想”を読み取り、キャンバスへと叩きつけるように描く。
筆が走る。休むことなくものすごいスピードで。
「……できました」
息を切らして見せた作品には、青年とその秘書が――腕を組んで寄り添う姿。
まるで恋人か、夫婦のように。
青年は一瞬、息を呑み、頬を赤らめた。
隣の女性が問いかける。
「ご主人様、いかがでしたか?」
青年は顔を赤らめ、視線をそらしながら答えた。
「いや……いい絵だ。本当に……ありがとう。後で屋敷に届けてくれ」
男から屋敷の住所が書かれた紙を強引の渡された。
「ご主人様。私にも見せてください」
秘書の彼女が覗き込もうとした時、青年は慌てて絵を抱えて立ち上がった。
「ハハハ。エルザ。いいんだよ。それじゃあ、行こうか、エルザ」
男は不自然な感じで誤魔化していた。
二人の背が夕暮れの街角に消えていく。
彼は自分の想いに気づいているのだろうか。
それとも絵を通して初めて知ったのだろうか。
私は微笑んで筆を置いた。
画家の仕事は“真実を描く”ことじゃない。依頼人が望めば虚構を描くことが仕事だと思ってた。
だが、さっきの男の気持ちについては真実かもしれない。
私は虚構に塗り固められた画家という仕事に絶望していたが、もう少し続けてみようと思う。




