第38話 からかいメイドと嫉妬の女神
◾️ディアブロ(バームベルク侯爵)
屋敷に来た侵入者(美女限定)を罠やモンスターを使って捕獲を楽しむ。悪魔伯爵と恐れられているが前世はオタク趣味のサラリーマン。表向きは隣で善良な領主をしている。
●エルザ
アシスタント兼ツッコミ。ディアブロの命を狙う刺客だったが、捕縛され悪趣味な遊びに付き合わされている可哀想な女性。金髪巨乳でお姉様系美女。
――バームベルク邸・朝の食堂。
いつものように食事の匂いが漂う中、老執事が一礼した。
「閣下。西の王国で行われる孫娘の結婚式に出るため、しばらく休暇をいただきたく存じます」
「めでたいことですね」
僕は笑って告げる。
「ゆっくり家族との時間を過ごしてください」
「ありがとうございます」
執事は深く頭を下げると、少し言いにくそうに続けた。
「ただ、私が留守の間、エルザ殿が屋敷を仕切ってくださると思いますが……人手が足りないかと。そこで、臨時でメイドを一人雇おうかと」
「ふむ。まぁ、お任せします。私はこのとおり貴族らしい生活してないし」
言いながら、つい食堂にまで持ち込んでしまった書類をあわてて隠した。貴族の威厳ゼロである。
「ありがとうございます。それでは――紹介しましょう」
扉が開く音。
ふわりと風が流れ込み、香水の甘い香りが鼻先をくすぐった。
「初めまして、メイドとして御奉公いたします。イドです。よろしくお願いしますね、侯爵閣下……♡」
うわ。
思わず目を見張った。
艶やかな栗色の髪、ほどよく開いた胸元、そして一つひとつの仕草が無駄に色っぽい。
まるで「恋愛フラグ」を立てに来たかのような新人メイドだ。
「要りません」
即答したのはエルザだった。
冷えた声。ぴしゃりと扉が閉じたような空気。
「え、エルザさん? 何かご機嫌ナナメ?」
小声でたずねると、彼女は氷のような目でイドを見据えた。
「あんな女、この屋敷にはふさわしくありません。メイドの件は即刻お断りを」
え、そんなに!?
僕は慌てて執事に告げる。
「あーまぁ、メイドのヘルプまで手配してもらう必要はないですよ」
ところが執事は困り顔で、申し訳なさそうに言った。
「実はこの娘、とある貴族の娘でして。礼儀作法の稽古を兼ねて働かせてほしいと、父君からお願いされましてな。私の顔もありますので、どうかお受けいただけませんでしょうか?」
ぐっ。
このラノベにほとんど出て来ないとへいえ、バームベルク家を長年支えてきている執事の懇願を断れるわけがない。
「……わかった。じゃあ、執事が留守の間だけ、ね」
「ありがとうございます!」
イドは花のように笑った。
一方でエルザは――笑っていなかった。
ーーーー
――翌朝。
屋敷の静寂を破るように、明るい声が響いた。
「おはようございます、侯爵閣下♡ こちら、本日の新聞でございます♪」
にこやかに笑いながら差し出すメイド――イド。
その距離が、近い。いや、近すぎる。
「ありがとう……」
受け取ろうとした瞬間、イドが軽く前屈みになった。
重力の法則に従って、柔らかな谷間が危険な角度を描く。
……胸見えちゃうよ!?
僕が目のやり場に困っていると、背後から氷点下の声が降ってきた。
「イドさん。こちらは結構です。今日の来客をお迎えする準備をお願いします」
エルザ。無理に作っている笑顔である。
「うふ♡ 閣下、また後で……♡」
イドはくるりとスカートを翻し、去り際にウインクまで残していった。
エルザの眉間にはピキピキしている線が見えそうだ。
――昼。
廊下の向こうから、また聞こえる。
「侯爵さま〜♡ こちらを……」
「イドさん、あちらをお願いします」
「侯爵さま〜♡ これはどうすればいいんですかぁ?」
あざとい。可愛いけど、あざとい。
しかも声のトーンが完全に“男を翻弄するモード”に入ってる。
「イドさん! わからないことがあれば私に聞いてください!」
エルザがすかさず介入。
声のトーンが軍隊の号令に近い。
「ちょ、エルザさん。なんか棘があるよ……?」
僕が小声で注意すると、彼女はピタリと動きを止めた。
「……わかりました。棘がないように、無表情で淡々と指導します」
こ、こわっ。
その言葉どおり、エルザは一切の感情を排してイドに指導を始めた。
まるで冷たい機械のような完璧さ。だが、部屋の温度も一緒に下がっていく。
――執事よ。
早く帰ってきてくれ……!
ーーーー
「侯爵さま〜。メイド長が怖いんです〜」
エルザが出かけている隙を見てイドが直訴してきた。まあ少し感情的になっているところはあるかな、とは思うけど...
……しかし、その姿勢、完全に『おねだり女子』じゃないか。僕みたいな女性との話し方もわからないような男には目のやり場に困る。
僕が戸惑っていると、空気がひんやりと変わった。
「イドさん……」
気配を立てずに、エルザが横に立っていた。元暗殺者の無音移動、相変わらずおっかない。表情は無。威圧だけが静かに伝わってくる。
「来客を迎える準備は終わったのですか。ご主人様は執務中です。邪魔をしないようにしてください」
エルザの声は淡々としているのに、その一言に鉄の刃のような冷たさが乗っていた。
イドはふくれっ面で「はーい」と小さく返事をする。
そして去り際に、わざとらしくこっくりとお辞儀をしてから、部屋の扉のところで振り返った。
「それじゃあ続きは あ と で ♡」
胸の谷間に視線が吸い込まれそうになりながら、イドはすたすたと歩いて行った。背中越しに投げたウインクは、僕の理性に小さな割れ目を作った。困ったものである。
「ご主人様!目を覚ましてください!あのあざとい女は得体の知れない人物です!」
エルザが怒気を含んで訴える。
「そんなことないでしょ?貴族の娘だって言ってたし。ちょっと冷静になってよ」
僕が苦笑交じりにエルザをなだめようとすると、彼女は書類を取り出して静かに差し出した。紙面にはぎっしりとした文字と印章——明確な書類だ。
「このイドの父親という貴族には、娘はいません。賭け事で負けた当主が借金の棒引きの代わりとして、イドを養女にしました」
エルザの報告は端的で無駄がない。だが、その瞳の先には真剣さが滲んでいた。
「つまり、養女という名目で屋敷に潜入させた。スパイ、あるいはなんらかの工作を行う目的がある──そう考えるのが自然です」
擬似恋愛ゲームかと思った“恋キュン”の展開が、いつの間にか陰謀の匂いを帯びてきた。
「しかし何のために?」
僕はこの手の陰謀が嫌で権力争いから距離をとっているのに。
「ご主人様は大貴族です。そして皇帝の選挙権を持つ選帝侯です。弱みを握って派閥に引き込むとか色々考えられます。もう少し危機感を持ってください」
エルザがこちらを熱っぽく見つめる。
その瞳に懇願に近いものを見て、僕は深く息を吸った。
「よし。今夜、イドが寝たら——ディアブロ邸へ連れて行って尋問しようか」
ーーーー
深夜。すっかり寝入ったイドの寝室に、僕とエルザの影が忍び寄る。
イドを屋敷の転移陣に運ぶ。
転移先は、ディアブロ邸。
イドを座らせたのは、中央に据えられた奇妙な椅子だった。
足元と両脇には水車のような装置がついている。
「ちょっと、これを試してみようと思ってね」
僕が得意げに言うと、エルザが冷えた目でこちらを見た。
「……まさか、例の“ハケ水車”ですか?」
「その通り!」
胸を張る僕に、エルザが呆れたように見つめる。
「今回は違うんだ」
「どう違うんですか?」
「その名も『嘘発見ハケ水車』だ!」
「……はぁ」
エルザは深いため息をついた。もう慣れた。
「とりあえず、尋問を始めようか」
ーーーー
イドが目を覚ましたのは、その数分後だった。
「うっ……ここは……?」
瞼を開けた彼女は、見知らぬ空間に目を丸くする。怪しい地下室。
「起きろ! 貴様がディアブロ邸で働きたいと言っていたメイドか?」
僕もエルザも変装して正体を隠している。
「え……侯爵さま? メイド長? ……じゃない?」
よし、バレてない。完璧な変装だ。
イドは小悪魔的な態度から豹変した。
「ちょっと! なんなのよここ!?」
おおっと。素が出た。敬語どこ行った。
普段の「うふ♡」はどこへやら、口悪いな。
「これよりディアブロ邸のメイド採用面接を行う!」
「はぁ!? こんな趣味の悪い屋敷で働くなんてゴメンなんだけど!」
悪かったな。趣味が悪いって言うな。
「黙れ! 貴様に拒否権はない。その椅子に仕掛けられた装置を知っているか?」
「な、何これ……?」
「『嘘発見ハケ水車』だ!」
イドの眉がぴくりと動く。
うん、普通に意味わからない顔してる。気持ちはわかる。
――こうして、からかいメイドの“採用面接”と称した尋問が始まった。
「ご主人様。この女には……個人的にムカついていますので。ここは私にお任せください」
「え、ちょっと私情が……」
と言いかけたけど――やめた。
エルザさんの目が、まったく笑ってない。
ちょっと怖すぎる。
「では――始めましょうか」
エルザが静かに言うと、部屋の空気が一瞬で張り詰めた。
「貴族の屋敷には秘密が多いものよ。もちろん、守れるわよね?」
「も、もちろんよ!」
イドが胸を張って答える。
ブーーッ! ガコンガコン!
水車が元気よく回転を始めた。
「ちょ、ちょっと待って! なにこれヒャハハハハハッ!」
椅子の下のハケが足元をくすぐり、イドは身をよじって笑い転げる。
エルザの口元がほんのり上がった。
……怖い。
「あなた、何か変な目的を持ってバームベルクに来たわけじゃないわよね?」
「そ、そんなわけ――」
ブーーッ!
「ちょっ……まっ……あははははっ! やめてってば!」
イドは涙目になりながら必死に笑いをこらえるが、ハケは容赦なく回転を続ける。
「本当の雇い主は誰?」
「さ、さあ? 知らないわよ……!」
エルザがスイッチを押す。
ブーーッ! ガコンガコン!
「わ、わかった! 言う! 言います! 雇い主は――大公様!」
イドは笑い泣きしながら白状した。
「任務は?」
「き、切れ者メイドの排除よ! バームベルク侯爵の!」
なるほど。
僕じゃなく、エルザがターゲット。
悪くない策だ。僕の弱点をよく知っている。
「ふん……あんたみたいな中途半端なメイドは不採用ね」
エルザは満足げに髪を払う。完全に“勝利の女王”モードである。
「ねえ、エルザ……大丈夫だよ。あんな誘惑に負けてエルザを裏切るようなことは絶対にしないよ」
無言。
けれど、その頬がわずかに赤く染まっていたのを、僕は見逃さなかった。
――こうして、からかいメイドの工作は、嫉妬深い我がメイドによって暴かれたのだった。
こんなくだらない物を読んでくださってありがとうございます。
とても暇な方ですか?どうせ暇なら、ついでに感想など聞かせてください♪




