第33話 女占い師と悪魔保育園
◾️ディアブロ(バームベルク侯爵)
屋敷に来た侵入者(美女限定)を罠やモンスターを使って捕獲を楽しむ。悪魔伯爵と恐れられているが前世はオタク趣味のサラリーマン。表向きは隣で善良な領主をしている。
●エルザ
アシスタント兼ツッコミ。ディアブロの命を狙う刺客だったが、捕縛され悪趣味な遊びに付き合わされている可哀想な女性。金髪巨乳でお姉様系美女。
――久々に、屋敷のダンジョンレベルが上がった。
新たに追加されたのは、魔道具《部屋転移》。
その名の通り、部屋ごとディアブロ邸に瞬間移動できる代物だ。
……とんでもなく高いけど。
「まあ、一個だけ持っておくか」
財布の中身と相談して購入を決断した。
ーーーー
「ご主人様、少々気になる報告があります」
エルザが入ってきた。
「近隣の貴族や、ご主人様の配下の中に……『バームベルクの母』というところに通う者が増えております」
「バームベルクの……母? それ、占い師か何か?」
「おそらく。しかし、詳細が不明です。占いの店らしきものは確認できるのですが、内部の様子を見た者がいません」
「ははぁ……中で何やってるかわからないってやつか」
宗教じみたスピリチュアル商売か?
敵対勢力による洗脳活動だったら面倒だ。
エルザは書類を差し出した。
「こちら、出入りしている人物のリストです」
僕は目を通し、呆れた。
近隣の貴族、町長、修道院長――おまけにうちの警備隊長まで。
「……なあエルザ。これってマズイ?」
「おそらく」
僕は椅子から立ち上がった。
「よし、ここは一つ――潜入調査といこうか!」
「バームベルクの母」は一見さんお断り——要するに、紹介なしでは入れない会員制だと判明した。
「かなり秘密保持が厳重だな」
実は――エルザたちも既に潜入を試みた。どれも全部ダメだった。
紹介してくれそうな人物として顧客リストにあった警備隊長を呼び出した。
「お呼びでしょうか? 侯爵閣下」
会話は序盤は無難に流した。領地の治安、国境の些細な動き、夜警の巡回ルート。重責の人間に向ける言葉は、僕がいつも思っているほどにやさしい。
「警備隊長のような重責、なかなか頼れる人もいないでしょう?」
「いえいえ! 閣下のお力のおかげでございます」
僕は慎重に、しかし確実に導入する。
「私にも悩みはあるんですよ。たまには誰かに話を聞いてほしいと思うこともあってね……あ、領主らしくない話でしたね。忘れてください」
ここまで誘っておいて、さあ来い。バームベルクの母に関するワードをさりげなく差し向けるタイミングだ。
「私も、すべてをさらけ出したくなる時があるのでわかります」
これだ!
「……あの、閣下。お人払いを……」
警備隊長の目が一瞬泳いだ。僕は小さく頷き、エルザに後退を促した。エルザは密かに天井裏へ移動する。
誰もいなくなったことを確かめて、警備隊長はやや低い声で話し始めた。
「実は、私が通っている場所がありまして──秘密裏に、すべてを打ち明けられる場所があるのです」
「興味ありますね。どんなところですか?」
警備隊長は口元に影を落とし、静かに言った。
「それは、まだ言えません。お連れするのは構いませんが、中での出来事は決して他言無用──それをお約束いただけるのなら、お連れします」
随分と気取った条件だ。主人に向かってその物言い──失礼極まりない。だが、逆にそれだけ隠されているものがあるということだ。
「もちろんです。私は隊長のことを信頼しているのですから」
僕は笑って答えた。ニコリとするのは、作戦を思いついたときのクセだ。内心では、万一ならばバームベルクの母をぶっ潰すことだって考えている。
紹介の条件は堅い。「中のことを話すな」。
それはすなわち──中で何か重大な秘密隠されている!
ーーーー
僕は警備隊長の案内で、秘密の場所へ向かった。
場所は領内でも有数の高級住宅地の一角。
道の両側に整然とした石畳の庭。
その奥に、古びた館がひっそりと建っていた。
外観はいかにも「占いの館」といった雰囲気。
重厚な木の扉に、月の形を模したランタン。
派手な装飾は一切ない。
僕はその看板に刻まれた文字を読み上げた。
「……“バームベルクの母”?」
ぽつりと呟くと、隣の警備隊長が妙に含みのある声で言った。
「閣下、それは“はは”ではありません。……まあ、中に入ればお分かりになります」
なにそれ、意味深。
気になるじゃないか。
警備隊長は迷いなく重い扉を押し開けた。
中は薄暗く、長い廊下が真っすぐに伸びていた。
廊下の途中、ひとつの部屋の扉にプレートがかかっていた。
「……保育室?」
僕は思わず足を止める。
(占い師が託児所もやってる?)
疑問を胸に抱えたまま、一番奥の突き当たりへ案内された。
「閣下、私は先に行っておりますので」
警備隊長はどこか晴れやかな顔で、廊下を戻っていった。
ますます怪しい。
扉を開けると、そこには――典型的な“占い師”の格好をした女がいた。
ローブ、頭巾、そして月飾りのペンダント。
年の頃は二十代後半。思ったより若い。
これが、“バームベルクの母”か?
女は何も言わず、静かに僕を見据えた。
そして唐突に口を開く。
「それでは、あなたに質問です」
質問? いきなり始まった。
「あなたは、孤独だと感じることがありますか?」
……急にそんなこと聞く?
まあ、孤独っちゃ孤独だ。前世ボッチだし。
「はい」
女は頷く。瞳の奥に何かを探るような光。
けれど、魔法の気配はない。純粋に“人の目”で見透かしてくるタイプらしい。
「あなたは、愛情に飢えていますか?」
刺さる質問だな。前世の僕へのインタビューか?
「……はい」
また頷く。空気が一段と静まる。
「最後の質問です。あなたは――秘密を守ることができますか?」
秘密厳守のお約束か。
まあここまで来て“いいえ”とは言えない。
「はい」
「わかりました。あなたには、新しい扉が開かれるでしょう。ついて来てください」
女は淡々とそう言うと、歩き出した。
先ほど通った廊下を引き返し、今度は“保育室”と書かれた部屋の隣の扉の前で立ち止まる。
「ここでしばらくお待ちください。……ああ、そうそう。道具はこちらです」
道具? 何の?
彼女は部屋の隅に置かれたカゴを指差し、すぐ隣の部屋へと消えていった。
僕は恐る恐るカゴを覗き込む。
中には、赤ん坊用のよだれ掛けとおしゃぶりが丁寧に畳まれて入っていた。
(え? 何これ?)
わけがわからない。
やがて扉が再び開く。
先ほどの“占い師”が戻ってきた――ただし、今度はローブではなく普通のエプロン姿だ。
家庭的な笑みすら浮かべている。
「それじゃあ、いきましょう」
そう言って、彼女は隣の扉を静かに開けた。
ーーーー
「な、なんだ……これは!?」
思わず声が裏返った。
僕の目の前に広がっていたのは、想像の斜め上だった。
広い部屋の中。
そこでは大人の男たちが――よりにもよって赤ん坊の格好で――哺乳瓶を抱え、床に座りながら「バブバブ」と声を上げていた。
しかも数人の女性が交代で彼らを抱っこしたり、優しく頭を撫でたりしている。
男たちは頬を紅潮させ、恍惚の表情であやされていた。
「バ、バブー」
いや、ちょっと待て。
(おい……あいつ、うちの騎士だぞ!?)
屈強で髭面の中年騎士が、ピンクのよだれ掛けを着けてバブバブ言っている。
あまりの光景に、脳が一瞬でフリーズした。
これが“保育室”の意味だったのか……?
――さっきの占い師の質問。
「孤独ですか」「愛情に飢えていますか」「秘密を守れますか」。
全部このための前振りだったわけか。
確かに、ここでの出来事を“秘密”にできる奴しか残らない。社会的に死ぬ。
僕は看板の文字を思い出した。
「……もしかして、この館の名前は“バームベルクのママ”……?」
そう呟くと、隣の占い師――いや、“ママ”は、やわらかい笑みを浮かべた。
そして、赤ちゃん言葉で言い放った。
「よくわかりまちたねぇ~。ここは“ママの館”でちゅよ~」
慈愛に満ちた瞳。だが僕には、それがどうしても魔王軍の手先か何かにしか見えない。
「さあ、僕ちゃんも……存分に甘えるのでちゅよ~」
彼女は僕に手を伸ばしてきた。
――やばい。
このままじゃ、“ママの虜”にされる!
反射的に先日手に入れたばかりの高級魔道具、《部屋転移》。
「きゃっ!?」
女たちの声が響く中、ディアブロ邸へ転移させる
次の瞬間――“保育室”がディアブロ邸の中庭に出現した。
保育室には哺乳瓶を抱えてポカンとする男たちと、“ママ”が立ち尽くしている。
僕はこの混乱の隙に部屋から抜け出した。
エルザが冷静に報告する。
「……ご主人様。とりあえず部屋を閉鎖し監禁に成功しました」
「フハハハハハ! 我が名は悪魔伯爵ディアブロだッ!今日は“悪魔保育園”によくぞ来た!」
――と、僕は高らかに宣言した。
屋敷の中庭に突如転移してきた“ママの館”の面々。
招待(?)された連中は、まだ状況を理解していないらしい。
「出よッ! 我が園の優秀な保育士たちよ!」
僕の号令に応じ、屈強なオークたちが現れる。
筋骨隆々、しかしどこか優しい瞳。
そう――うちのオークは戦闘より保育向きだ。
「ウガ~!」
その巨大な腕で赤ん坊姿の男たちを容赦なく抱き上げ、勢いよくあやす。
そして知らないうちに、女性たちも赤ちゃんコスチュームに着替えさせられていた。
可愛いスタイ、ふわふわ帽子、そしてオークの腕の中。
「や、やめてぇぇぇ!」
涙目の大合唱が中庭に響き渡った。
僕は腕を組み、低い声で言う。
「さて……貴様ら、どこの手の者だ? 男たちを“赤ちゃん化”させるなど、まさか魔王軍の工作か?」
しかし、リーダー格と思しきあの占い師――いや、“ママ”が慌てて叫んだ。
「ち、違います! 私たちは本当にただの占い師なんです! 保育室は……オプションで始めたら……いつの間にか評判になって……!」
……は?
鑑定スキルを発動してみる。
――《職業:占い師》。
嘘じゃない。本当にただの占い師だ。
つまり純粋に“サービス”の延長?
「……人の趣味をとやかく言うつもりはないけど……人数多くない?」
僕は頭を抱えた。
エルザが静かに歩み寄り、頭を下げる。
「ご主人様……私の早とちりでした。申し訳ありません」
「まあ、誰にでもあるさ。勘違いってやつがね」
僕はオークたちに解放を指示した。
中庭には、放心状態の男たちと泣き疲れた“ママ”たち。
全員がどこか遠くを見つめている。
こうして――バームベルクを騒がせた“ママ騒動”は、まさかの勘違いオチで幕を閉じた。
こんなくだらない物を読んでくださってありがとうございます。
とても暇な方ですか?どうせ暇なら、ついでに感想など聞かせてください♪




