第26話 腐女子先生と男装騎士
◾️ディアブロ(バームベルク侯爵)
屋敷に来た侵入者(美女限定)を罠やモンスターを使って捕獲を楽しむ。悪魔伯爵と恐れられているが前世はオタク趣味のサラリーマン。表向きは隣で善良な領主をしている。
●エルザ
アシスタント兼ツッコミ。ディアブロの命を狙う刺客だったが、捕縛され悪趣味な遊びに付き合わされている可哀想な女性。金髪巨乳でお姉様系美女。
今日は町一番の書店に出向くことにした。
領内でも屈指のスポットとして有名な店である。
普通の領地では、宗教や領主への遠慮から出版がガチガチに規制されている。だから書店といってもこぢんまりとしたものになるか、下手すれば裏ルートで怪しい書物を売買するくらいだ。
ところが、我がバームベルク領は違う。
規制がやたらと緩いので、犯罪指南書みたいな極端なものさえ避ければ、基本的に何でも出版可能。
そのため、エロ本だろうが、官能小説だろうが、BLだろうが、レズ本だろうが――堂々と書店の店頭に並んでいるのだ。
……個人的には、そういうのは家でこっそり読むべきものだと思うんだけどな。
ここの領民は羞恥心をどこかに忘れてきたらしい。今レズ本を手に取ったオッチャンよ、貴方もそう思わない?
そんな書店の一角で、やたらと人だかりができていた。
「何かイベントですか?」
僕が尋ねると、店主が嬉しそうに答えた。
「ええ。今日は今人気の女流作家、フー・ジョシ先生のサイン会なんですよ」
「ふーん。どんな作品を書いてるんです?」
気軽に聞いてみた僕に、店主はニコニコしながら数冊取り出してきた。
『禁断の主従〜我が剣は主の尻に〜』
『禁断の鍛治屋〜親方!僕のハンマーを鍛えてください!〜』
『禁断の料理人〜ボクの体に盛り付けて〜』
『禁断の告解室〜司祭様!おいらの秘密を見てください〜』
……やっぱりな。BL本じゃねーか。
「中でも『禁断の告解室』は教会関係者の人気がすごくて――」
「へぇ〜、そーなんですねぇ〜」
僕は引きつった笑みを浮かべつつ、心の中で謝罪した。
――ごめん。あんまり興味ないんだ。
「すごい人気なんですね」
僕が呟くと、隣の店主が妙に熱っぽく語り出した。
「いやぁ、あのフー・ジョシ先生の作品はリアルなんですよ。私は最初、この手の分野には全く興味がなかったんですがね……読んでみると、場面がまるで目の前に繰り広げられるようで!」
何それ?大丈夫かこの人。
実際に作家本人を見てみる。
――ほう、美人だ。意外と言っては失礼だが、スタイリッシュで都会的な雰囲気の女性だった。
サインを求めるファンに笑顔で応じる姿は、もはやアイドルの握手会そのもの。ファンも腐女子っぽい女性ばかりかと思ったら、男性ファンも多い。
こっそりチートスキル【鑑定】を発動する。
――職業:作家
――特技:幻術、BLスコープ
なるほど、そういうことか。
読者の脳内に幻術でビジュアルを流し込むから、シーンがリアルに感じられるのだろうか?
……BLスコープって何だよ。
「しかし、すごい人気ですね」
「ええ。おかげさまで、BL本の売り上げも鰻登りです!今までそれほど売れる分野ではなかったんですが、今やベストセラーを生み出すメジャーな市場に!」
店主は感極まったように語る。
けどさ……さっきから思ってるんだけど……。
――こういうのって、こっそり楽しむもんじゃないの?
ーーーー
サイン会が終わったあと、店主が気を利かせて作家先生と話す機会を作ってくれた。
……いや、別にファンってわけじゃないんだけどな。なんか気になったから、ちょうどいい。
「ようこそバームベルクへ。領主のハインリヒ・フォン・バームベルクです」
「作家をしています、フー・ジョシと申します。お目にかかれて光栄ですわ」
丁寧な挨拶を返してくるあたり、やっぱり都会的で洗練された雰囲気だ。
しかし……この人があの「禁断シリーズ」の作者か。ギャップがすごい。
「先生の作品は、なかなかリアリティあふれる描写が売りのようですね。何か秘密でも?」
「お恥ずかしい限りです。読者の方によって感じ方は様々なのですが……私の文章は、皆さんの想像力を自然と引き出す仕組みになっているようでして」
なるほど、やっぱりただの筆力じゃなかったか。
……いや、ちょっと待て。仕組みって何?
「作品はその……どうやって生み出されるのです?」
「その……失礼でなければ、実演しても?」
今さら創作活動を目の前で見せられても困るんだが。でも試しだ。
「ええ。構いませんよ」
「それでは……『BLスコープ!』」
フー・ジョシは指で眼鏡のような形を作り、こちらを覗き込んできた。
直後、すごい勢いでペンを走らせる。
「はぁ、はぁ、はぁ……できました!」
一瞬で、一話分を書き上げたらしい。
内容をのぞき込んだ僕は、思わず絶句した。
「こ、これは……!?」
そこには、僕と書店主の――まさかのBL愛が描かれていた。
「タイトルは『禁断の図書室〜私のページをめくってくれないか?〜』です」
おいおいおいおい。
目の前の人間を題材にBLを作るんじゃないよ!
“失礼でなければ”ってわざわざ断ったのは、このためだったのか!? 本当に失礼すぎるだろ!
「すんばらしい!これを早速出版しましょう!」
「店主……失礼。その…恥ずかしいからやめていただけないだろうか」
僕は慌てて原稿を取り上げ、なんとか書籍化を阻止したのだった。
ーーーー
屋敷に戻ると、エルザが待ち構えていた。
「フー・ジョシ先生と会ったんですか?……私も会いたかった」
「え?今日は用事があるって言ってただろ」
「……今日はその、サイン会に行ってまして」
……いたのかよ。サイン会に。
「エルザがBLに興味あったとはね」
「フー・ジョシ先生はBL作家として有名ですが、文章そのものが素敵なんですよ。私はBLというよりも、彼女の文体のファンです」
「そうなのか」
「タイトルは……まあ、正直どうかと思いますけど」
どうやらエルザ的にも『禁断のハンマー』とか『尻に剣』とかはアウトらしい。
しかし……エルザが文学に興味を持っていたとは意外だ。
「ああ、そうそう。先生に一話分、即興で書いてもらったんだ」
僕が生原稿を取り出した瞬間、エルザは文字通りひったくるように奪い取り、夢中で読みふける。
「これは……ご主人様の目の前で書いたのですか?」
エルザさん、目が怖い。
「そ、そうだよ。ほんの一瞬で書き上げてた」
「なんということ……!私は有給休暇をとってサイン会に行ったのに……普通にご主人様のお供をしていれば!」
エルザが本気でがっかりしている。
そこまでか。
僕はちょっとしたアイデアを閃いた。
「……そこまでいうなら、ディアブロ邸にご招待しようか?」
「は?」
「いや、変なことするんじゃなくてさ。役者パペットを使って、いろんなカップリングを再現してみるんだよ。創作活動の支援をしようじゃないか」
「ご主人様ぁ……」
なんだよ、その可愛い声。急に甘えモードか。
こうして、僕とエルザは――なぜかBL作家の創作活動を全面サポートすることになった。
ーーーー
ディアブロ伯爵の名で招待状を出した。
内容は――「当家には劇団があるので、あなたの創作活動に役立ててほしい」――そんな文面だ。
迎えに行くのはエルザ。
ただし今日は男装して騎士“エドガー”と名乗らせることにした。
バームベルク近辺の住人なら、悪名高きディアブロ伯爵邸に呼ばれた時点で警戒するはず。
……だが、フー・ジョシ先生は違った。
作家魂か、それとも単なる好奇心か。むしろ大喜びでやって来てくれた。
「これはこれは、名高いフー・ジョシ先生にお越しいただけるとは光栄です」
僕は普段の“高笑い悪魔伯爵スタイル”を封印し、丁寧に出迎えた。
「伯爵様自らのお出迎え、ありがとうございます。それに――こちらの素敵な騎士様にエスコートしていただき、光栄ですわ」
……素敵な騎士ねえ
いや、それ男装中のエルザだからな。内心で笑いをこらえる。
「では、当家の劇団ディアブロをお目にかけよう!」
カーテンが開くと、舞台にずらりと並ぶ役者パペットたち。
本当は人形型モンスターなのだが、本物の人間にしか見えない精巧さだ。
「これはすごい……!よろしいのですか?」
フー・ジョシ先生の目が輝く。
「もちろんです。どんなカップリングでも先生の思いのままに」
……エルザさん、なんでそんなノリノリなんですかね。
「じゃ、じゃあ……」
フー・ジョシは早速、演技指導を始めた。
パペットたち芝居を演じ始める。
その瞬間――
「BLスコープ!」
腐女子先生が大声で特技を発動。
エルザがビクッと肩を跳ねさせた。見るのは初めてだから驚いたらしい。
こうしてパペット芝居と幻術を合わせた即興劇が次々と誕生し、BL先生は怒涛の勢いで原稿を仕上げていったのだった。
BL作家先生はいくつも作品を書き上げた。
だが、どこか納得していない様子だった。
「先生……出来はどうですか?」
エルザが心配そうに尋ねる。
「何というか……登場人物に魂が入らないのです」
そりゃまあ、モデルが人形パペットだからな。魂どころか血も涙もない。
「その……失礼でなければ、貴方と伯爵をモデルにしたいのですが。駄目でしょうか?」
は? 駄目に決まって――
「良いです」
はい!?
「もちろんです。煮るなり焼くなり掘るなり、好きにしてください」
勝手に答えるなエルザ!
(ちょっと! 嫌だよ!)
(たまには私のわがままに付き合ってください!)
ぐっ……そんな目で言われると断れないじゃないか。
「では参ります……『BLスコープ!』」
先生が叫んだ瞬間、筆が爆速で走り出す。
「こ、これは! なるほど! そうか!」
なんか一人で勝手に納得してるけど大丈夫か?
そして完成した原稿のタイトルは――
『禁断の愛〜変態伯爵と男装騎士〜』
……って、ここまで協力してやったのに変態はないだろ!
「あのー先生?これは……」
抗議しようとした僕をよそに、先に読み終えたエルザは頬を紅潮させていた。
「素晴らしいです。先生初の純愛官能小説ですね!」
なんだよ純愛官能って。矛盾だらけじゃねえか。
「私のBLスコープが、貴方の男装を見抜きました」
BLスコープ万能すぎる。
でも……僕とエルザの“純愛エロ小説”って……ちょっとだけ読みたい自分がいる。悔しい。
こうしてフー・ジョシ先生は、新たな分野「純愛官能」を開拓して帰っていった。
なお、小説内で濃密に絡み合った僕とエルザが、しばらく顔を合わせるたびに気まずくなったのは言うまでもない。
こんなくだらない物を読んでくださってありがとうございます。
とても暇な方ですか?どうせ暇なら、ついでに感想など聞かせてください♪




