第22話 姿なき密偵 我が名はプリンプリンプリティ!
◾️ディアブロ(バームベルク侯爵)
屋敷に来た侵入者(美女限定)を罠やモンスターを使って捕獲を楽しむ。悪魔伯爵と恐れられているが前世はオタク趣味のサラリーマン。表向きは隣で善良な領主をしている。
●エルザ
アシスタント兼ツッコミ。ディアブロの命を狙う刺客だったが、捕縛され悪趣味な遊びに付き合わされている可哀想な女性。金髪巨乳でお姉様系美女。
エルザ達の“殺友会”から会食に誘われた。
……いや、名前の響きが物騒すぎるんだけど、実態はただの女子会である。
前世でボッチだった僕にとって、女性との会食なんてそれだけでご褒美イベント。けど、女子会に混ざるっていう状況は……なんとも複雑な気分だ。
まずは取り留めのない話題がぽつぽつと飛び交う。
やがて、皇宮のゴシップが出てきた。
「第1皇子が婚約破棄をしたって話、聞いた?」
ギルドマスターのカタリナが、ワイングラスを傾けながら切り出した。
「……あー、やっぱり別れたんだ」
思わず僕の本音が口から漏れる。
「婚約者の方から『お笑いの道に進みます』と宣言したらしいわね」
「え?」
思わず二度見した。
エルザと顔を見合わせる。あれ、冗談じゃなかったのか。
「ほら、あのお嬢様。偉そうな態度してたでしょ? だからお笑いには向いてないと思ったんだけど――“悪役令嬢芸”として南方の都市国家で売れてるらしいわ」
受付嬢のピエラが、パンをちぎりながら肩をすくめる。
……まじかよ。
この世界、芸能界の門戸広すぎだろ。
「その……漫才、というものですよね? ご主人様と私がやったあの掛け合い。正直、恥ずかしかったのですが……やった甲斐があったのかもしれません」
エルザが、ほんの少しだけ照れながら言う。
カタリナがふとグラスを置き、声を潜めた。
「そういえば……宮廷にスパイがいるって話題になっていたわね」
「スパイ?」
僕は肩をすくめる。
「そんなの珍しくもないだろ。帝国の宮廷なんて、世界中からスパイが集まる温床だし。メイドも従者も大半は諸侯から送り込まれたやつらなんだから、全員スパイみたいなもんだ」
「そうなんだけど――今回のは“存在を一切感じさせない”タイプらしいのよね」
「存在を感じさせない……?」
僕が首をかしげると、ピエラがストローを噛みながら口を挟んだ。
「私も隠密術には自信あるけど、そこまで極端には無理かな。そのスパイ、人が出入りできるはずのない場所も平気で通り抜けるって噂よ」
ギャルっぽい格好をしているが、大学で“隠密学トップ”だったピエラが言うならそうなのか。
「ふーん……でもさ、もし気配すら残さないなら、どうやって“入られた”ってわかるんだ?」
僕の疑問に、エルザは例えを出してきた。
「例えば、ご主人様が狭い一人部屋で……その、エッチな本を読んでたとして――」
「おい」
「で、その本の内容を次の日、別の誰かに言われたら……びっくりしません?」
「……それは驚くわ。誰にも知られたくないからこそ、一人でこっそり見てるんだから」
「でしょ? そうやって仕入れた情報を元に、恐喝している勢力がいるって噂なの」
カタリナが静かに付け加える。
僕は息を呑んだ。
「……それが大公派か」
「そういうことね」
カタリナの目が一瞬だけ鋭く光った。
エルザが静かに口を開く。
「以前から噂にはなっていました。これまでは“都市伝説”扱いだったのですが……ここまで活動が活発化すると、実在しているのかもしれません」
「闇の世界では――霧のように現れては消える存在。“ミスト”と呼ばれています」
「ミスト、ね……」
僕は腕を組み、顎に手を当てる。
「男か女かもわからないんだよな」
「ご主人様……」
横からエルザのジト目が突き刺さる。
「あっ、ちがっ……! 一切の情報がない、って意味で言っただけだから!」
慌てて言い訳する。けど――心の中で女子かどうかを最優先事項なのだよ。
「実在するかどうかすら確証はありません」
ピエラがフォローしてくれる。
「幸いなことに、秘密を抜かれる以外の暗殺や破壊工作といった被害は確認されていません」
エルザが補足する。
「なるほど……つまり“いるかも”って話だけか」
僕はそう結論づける。
……そしてその時の僕はまだ、“ミスト”がもし女だったら最高だな、なんて呑気に考えていたのだった。
ーーーーー
殺友会との女子会の次の日。
僕は第2話で対決したあの義賊団が働く孤児院へ視察に出かけていた。
「侯爵! 芋食べってってよ、芋!」
もうすぐ収穫祭。スタッフ――いや、正体は元・義賊団の娘たち――が、焼き立ての芋を両手いっぱいに差し出してくる。
最近、僕は「投資」という名目で孤児院に無利子・無期限で資金を貸し付けていた。その資金を元手に経営が安定し、子供たちの顔色もよくなっている。
貧乳義賊団も今は活動休止中。
「まあ、何よりだな」
つい笑みが漏れる。……ただし、芋はつい食べすぎたかもしれない。
ーーーー
――その日の夜。
ディアブロ邸に戻った僕は、温泉に浸かろうとそのまま宿泊することにした。
湯上がりに館の中でくつろいでいると――
「ウイーオン!ウイーオン!ウイーオン!」
甲高い警報アラームが鳴り響いた。
「……誤報か?」
眉をひそめる僕に、エルザが警戒する体勢を取った。
「いえ。例の“ミスト”の可能性もあります。ご主人様、迎撃の準備を」
いつもならアラームが鳴る前に、エルザの気配察知で侵入者は炙り出される。
その彼女が本気で構えるとなると……今回は相当やばい。
慌てて屋敷のシステム――レベルアップで追加された新しい防衛アイテムを確認する。
――アイテム:掃除機
説明:液体・気体状の敵を吸引することができる。
「……なるほど。前世で観た“お化け退治映画”みたいなやつだな」
僕はにやりと笑う。
今回はこれで迎撃だ。
ーーーーー
来訪者の姿は一向に見えない。
僕は転生者チートの「サーチ」を使った。
何もない空中を示す小さなアイコンが、ぴたりと一点を指している。
「いた。なになに?」
画面に表示された情報は一行。ピクシー。特技は“体を気体化すること”。
なるほど。これは確かに肉眼では見えないわけだ。
気合いを入れて名乗る。。
「フハハハハ! よく来たな! 我が名はディアブロ! 悪魔伯爵ディアブロだ!」
──と、堂々と名乗ったら、隣でエルザが冷えた瞳で僕を見る。
「あの、ご主人様? 突然何もない方に向かって名乗りを上げて……何かお疲れですか?」
(いや、あそこにいるんだよ。ピクシーが)
(え、どこですか?)
(今は目線に気づいて柱の裏に隠れた)
説明しても信じてもらえない。小さな妖精が、空気のように存在していることを口で言っても、たぶん滑稽にしか聞こえないのだろう。
「来訪者よ。歓迎しよう。姿を見せてくれないか?」
と僕が問いかけると、返事はない。静寂――シーン。
「やっぱり気のせいですよ」
「いるんだって。あそこに!」
くそっ、僕が変な人みたいじゃないか。
ピクシーが姿を見せないと、エルザにますます変人認定されるしまう。
「姿を見せないのであれば、ディアブロ流の歓迎方法で歓迎しよう!」
僕は掃除機をピクシーがいそうな方向に向け、スイッチを入れた。
掃除機の強烈な吸引が始まる。そしてかすかな声が聞こえた。
「や、やめてぇ……」
女の子の声だ!
だがその瞬間、僕の腹がググッと鳴った。昨日の孤児院で食べた芋のせいだ。
「あ、昼に食べた芋のせいで……」
ブフォッ!
――まさかの大噴射。勢いよく放たれたおならが、見事に掃除機の吸引流に乗る。
「く、くさいぃ…」
ピクシーは抵抗虚しく、吸引の流れに引きずり込まれてしまった。掃除機のカップをのぞくと、確かに小さく縮こまった妖精の姿が見える。同時に猛烈な悪臭まで閉じ込めてしまったらしい。
「早く出して! くさい! 出してってば!」
ピクシーは怒りまじりに叫ぶ。可愛い小さな拳がカップの内側を叩いている。
「ご、ごめん……!」
僕は慌てて掃除機を止め、拘束魔法のバインドでピクシーを拘束する。
エルザが掃除機のカップを外し、中からピクシーを取り出す。ピクシーは鼻をつまみながら睨みをきかせている。
「うう、ひどい。悪臭と一緒に閉じ込められたなんて最悪!」
半べそをかくピクシー。
「うむ。すまなかった」
さすがにちょっと悪いことをした感がある。
そこへエルザが鋭い視線で問いかけた。
「あなたが――伝説の密偵ミストなのですか?」
「はあ? そんなダサい名前じゃないもん!」
ピクシーはぷりぷり怒って、胸を張った。
「私の名前は『プリンプリンプリティ』! 間違えないで!」
……なぜか怒られた。
「う、うむ。では尋ねよう。プリプリプリティよ」
「プリンプリンプリティよ!」
「プリンプリンプリティ?」
「そう! 間違えないでね! 誰が呼んだのか知らないけど、“ミスト”なんて可愛くない名前は大嫌いなんだから!」
どうやら、異常に可愛さにこだわりがあるらしい。
「プリンプリンプリティよ! なぜ我が屋敷に参った?」
僕が問うと、彼女は胸を反らして答えた。
「それは……スパイとしての仕事よ!」
「やはり……となれば相当な報酬が動いているのか?」
「そうよ。大公っておっちゃんから、超高額で雇われてるんだからね! 報酬は聞いて驚くなよ!」
プリンプリンプリティは両手を広げて宣言した。
「バケツプリンよ!」
「え?」
「だから、バケツでプリンを丸ごと食べさせてもらえるの!」
「……それだけ?」
「そ、そうよ!」
……。
「プリンプリンプリティよ」
「な、なによ?」
「密偵をやめないか?」
だってさ、エロ本を覗かれるかもしれないなんて、そんな恐怖と戦いたくない。
「もしやめてくれたら……タライプリンを食わせてやる」
「タライプリン?」
未知の巨大スイーツの響きに、ピクシーの耳がぴくっと動いた。
「そうだ。タライいっぱいのプリンだ」
「もし密偵を続けるなら……我のオナラと一緒にビンに閉じ込めるぞ」
「ぐぅ……!」
ピクシーは青ざめ、さっきの悪夢を思い出したのか震えだす。
「……わかった。あれだけはもうイヤだから、密偵やめる!」
……そんなに臭かった?
「では後日、貴様のためにプリンパーティを開くとしよう!」
こうしてミストと呼ばれた伝説の密偵ことプリンプリンプリティは帰っていった。
ーーーーー
「なんか……ミストって闇社会では伝説級の密偵で、私も憧れていたんですよね」
エルザが力なくつぶやく。
「まあ、伝説なんてそんなものさ。噂が一人歩きしたりするしね……」
エルザの憧れの正体が残念ピクシーだったなんて。僕は、慰めにならない言葉しかかけられなかった。
こんなくだらない物を読んでくださってありがとうございます。
とても暇な方ですか?どうせ暇なら、ついでに感想など聞かせてください♪




